10.先ず数を減らすわ


「よし、そういうことなら先ず案をあたしが出すわ。その上で問題点を指摘して」


 そう言ってからあたしはギャビンに視線を向ける。


「ギャビン、あんたは現地からの通信担当にします」


「へい」


「始まってから、あんたの仲間やあたしたちが出てくるまでこの場を動かないこと。そして、あたしからの作戦開始の指示を仲間に連絡する。ここまではいい?」


「わかりやした」


「ここから倉庫の入り口を見張って、数分おきにブルーノに報告しなさい。変化が無かったら『変化なし』って必ず言う。敵の増援や騎士団が来たとかも、ブルーノに直ぐ報告。ここまでいいかしら?」


「大丈夫でさあ」


「あと、いまあたしが言った内容をすぐブルーノに伝えてから、ギャビンからの連絡が途絶えたら応援を寄こすよう言われたってのもブルーノに伝えて。ここまでの連絡が終わったらとりあえず待機」


「承知しやした。ブルーノ店長ちょっとよろしいでやすか――」


 つぎにあたしはキャリルとお爺ちゃんを交互に見てから口を開く。


「キャリルとお爺ちゃんとあたしは、ギャビンの仲間が突入してから三十秒後に突入します。お爺ちゃんはまず攫われた人たちの捜索と安全確保。可能なら逃亡をさせて、無理そうならその場を死守して」


「分かったよ」


 お爺ちゃんはニコニコと微笑んだ。


「キャリルは庭師さんたちと連携しながら敵勢力の無力化です。先行突入組が戦っているはずなので、トドメとかはいいから一秒でも早く敵のケガ人を増やして」


「分かりましたの」


 キャリルは深くうなずいた。


「あたしもキャリルと同じ動きをします。可能な限り敵の重傷者を量産させるように動いて回るから。――ここまでいいかしら? 特にキャリル、なし崩し的に突入に巻き込んでいるけど、ここで待機してくれてもいいのよ?」


「冗談でしょうウィン。あなたの先輩が攫われたのに、わたくしが動かない訳には行かないですわ。それに、まだハーブの露店の案内は途中でしたもの。何より、賊程度に後れを取るなど我が家では許されませんわ」


 そう言って不敵に笑うキャリルにあたしは頷く。


 傍らに立つお付きの庭師二人に視線を合わせるが、彼らもまたこちらに頷いてみせた。


 たぶん、キャリルが告げたことがティルグレース伯爵家の流儀として正解なのだろう。


八重睡蓮やえすいれん様、ブルーノ経由で青松ブルーパイン様より伝言がございました」


 デイブからか、何だろう。


「『情報収集のために可能な限り殺すな』、『怪しい書類や魔道具を見かけたら月転流ムーンフェイズで回収を』とのことでさあ」


「了解した旨を伝えて。あと、あたしたちはギャビンの仲間が突入してから三十秒後に突入することを伝えて頂戴」


「分かりやした――」


 ギャビンはすぐに通信を完了した。


「八重睡蓮様、うちの手勢は仲間と分かるように全員左手の上腕に黄色い布を結んでありやす。そいつらは味方です」


「分かったわ、みんなも分かったわね?」


 その様子を見ていたキャリルが口を開く。


「わたくしからも宜しいですかギャビンさん」


「へい」


「お仲間さんたちにこう伝えてくださいませ。『普段何をしていたとしても、今この場この時では、あなた達の心根は騎士に並んでいます。“竜殺し”の孫が認めますので、存分に戦いなさい』と」


「分かりやした。もったいねえ言葉でさぁ――」


 そして、あたしたちは道端で武装をし始めた。




「ウィン。わたくし、この戦いでは全開放しますわ」


「……キャリル。学院では雷陣らいじんを使わないことにしたんじゃなかったの?」


 雷陣というのは雷霆流サンダーストームの魔力操作技法だ。


 彼女の流派では、初心者は風属性魔力を身体に循環させて身体強化などを行い、中級者では火属性魔力を用いる。


 そして熟練した者は風と火属性魔力を元に雷の性質を持つ魔力を生み出しそれを身体強化に用いるが、この技法を雷陣という。


 使用者は武器を含めて帯電状態になり、身体強化や反射増強、疑似思考加速を単一属性使用時より強化して発動させる。


 中距離からの雷撃による放電攻撃も可能になるので、高速移動と併用すると戦場に雷の嵐が生まれたような状態になるのだ。


 ミスティモントのスパーリングで使われたときは、その対処に奥義の連発で雷撃を斬るしかなくて大変だった記憶がある。


「基本動作を疎かにしないため自ら制限しているだけですわ。そもそもここは学院の外です。住民の皆さんが命をかけるときに、貴族が出し惜しみをするわけには参りませんの。それに……」


「それに?」


「母上からは、『本気の戦いでは全力でブチかませ!』と言われておりますわ」


 そう告げてキャリルは爽やかな笑顔を浮かべた。


 物騒な発言内容に反比例して、まるで好物のスイーツでお茶を頂いたときのような笑顔だ。


 あたしはその笑顔の向こうに、得意げにサムズアップして微笑んでいるシャーリィ様の姿が見えた気がした。


「……まあいいわ。救出対象を巻き込まないことだけは気をつけなさい」


 キャリルの武装は庭師の男性が【収納ストレージ】の魔法から取り出して、女性の庭師がスケイルメイルなどの装着を手伝っていた。


 あたしの方も黒い戦闘服のロングコートを取り出して羽織り、靴をブーツに変えて蒼月そうげつ蒼嘴そうしを装備した。


 お爺ちゃんの方を見ると、旅装のまま素手で行くようだ。


「さっそく使う機会が訪れたかの」


「そうね。先輩の救出で使うことになるとは思わなかったけど」


 あたしがそう言ってため息をつくと、お爺ちゃんは頭を撫でてくれた。


「この場に居る人は全員準備完了かしら?」


 あたしがそう言って見渡すと、みんな頷き返した。


「みんな、右こぶしを出しなさい」


 あたしが仕切ってその場にいる面々でグータッチをした。


 みな気合の乗ったいい表情をしている。


 お爺ちゃんは終始リラックスしてるけど。


 そしてあたしは口を開く。


「情報が欲しいの。ギャビン、突入組に可能な限り殺さず無力化するよう伝えて」


「了解でさあ――」


 ギャビンが連絡を終えたことを告げたので、あたしは宣言した。


「それじゃあギャビン、作戦開始を伝えなさい!」


「へい! ――野郎ども、作戦開始だ!」




 建物正面からと裏口から先行組が突入し、倉庫はすぐ騒がしくなった。


 ウィンは内在魔力を循環させ、身体強化や反射速度強化を発動する。


 キャリルは雷陣を発動させ、武器を含めて全身が仄かに光る。


 やがてウィンは脳内で三十秒を数え終えると、右手で倉庫入り口を指さし告げる。


「突入!」


 直後にゴッドフリーの姿がその場から消え、キャリルと庭師二人が通行人の間を縫って倉庫入り口に飛び込む。


 ウィンも思考加速と隠形を発動させつつ、次いで倉庫入り口に飛び込んだ。


 飛び込んで直ぐに逃げてきたらしい賊二名にキャリルたちが対処していた。


 キャリルが手前の賊の股間を刺突に近い軌道の打撃で潰す。


 雷霆流サンダーストーム雷炙らいしゃという技だ。


 元々は槍を突き出して斬撃を繰り出す技だが、戦槌の場合は出の速い打撃技となっている。


 高速で加えた攻撃により賊が痛みを認識するよりも前に、随伴する女性の庭師が追撃する。


 魔力を込めて相手の右肩へと螺旋運動を加えたパンチを叩き込んだ。


 これは蒼蛇流セレストスネーク曲影撃きょくえいげきという技で、ヒットの瞬間に相手の右肩が爆ぜた。


 ほぼ同時に男性の庭師が、蹴りによる曲影撃を隣の賊の足に叩き込んだ。


 ヒット面が爆ぜるのと同時に姿勢が崩れ始めるので、拳を賊の右肩にあてた状態で魔力を乗せたゼロ距離打撃を加えるとその箇所が爆ぜた。


 これは蒼蛇流の無影撃むえいげきという打撃技で、手のみではなく足でも出せる技だ。




 それを横目にウィンは倉庫の建物入口に突入すると、左手に黄色い布を結んだ味方二名が賊四名を相手に戦っているのが視界に入る。


 倉庫内部は、商材を入れるためと思しき大きな木箱が並んでおり天井が高い。


 木箱の合間が通路のようになっており、そこで戦闘が行われているようだった。


 建物入り口付近の戦闘の傍らを移動しながら、月転流ムーンフェイズの技である四閃月冥しせんつくよみの裏を連続で叩き込み、賊四人ぞれぞれの片足を膝付近で斬り落とす。


 ここまでで賊六人を負傷させた。


 直後にキャリルが傍らを通過して右手に進み、すぐに賊四名と味方三名が戦っている場所に踏み込む。


 キャリルがここでも執拗に賊二名の股間を打撃技で破壊し、庭師二名がそれぞれ賊の片足膝付近を爆砕させた。


 キャリルたちはそのままの勢いで先に進む。


 ウィンは木箱の一つに上り、倉庫内の配置を確認した。


「馬車用の入り口がキャリルが行った右手方向で、集団戦闘二か所。裏口が入り口から見て奥の左手かしら、人数が集まってる戦闘が一か所。手前左手は静かだけど人が集まってる気配がある」


 救出対象が手前左手だろうかとウィンの脳裏によぎり、カレンの顔を確認に向かいたい衝動が浮かぶ。


 だがそれを意志の力で抑え込み、裏口とみられる戦闘へと移動する。


 その場では味方が三名倒れているが、傷の深さはウィンには判別できなかった。


 賊六名に対し立っている味方は三名だが、味方は今にも押し切られそうなところを踏ん張っているようだ。


「手練れか。先ず数を減らすわ」


 ウィンはそう呟いた。


 賊の中に片手剣と盾で戦っている者が一名おり、そいつに戦局を押されているようだった。


 竜芯流ドラゴンコアが一名いる可能性を脳内にメモしつつ、ウィンは重傷者を増やす作業に入る。


 賊三名の後ろから四閃月冥しせんつくよみの裏でそれぞれの片膝から下を斬り飛ばす。


 そしてウィンが四人目に掛かろうとしたところを盾で殴られたので、ウィンはその衝撃を殺さずに飛んで距離を取る。


「騎士崩れか何か? 無様な人生ね」


 そう告げて挑発すると、盾持ちはウィンを標的に定めたようで殺意を込めた視線を送る。


 その直後盾持ちは、高速移動をしつつ魔力を乗せた盾による突進技を使った。


 竜芯流ドラゴンコア竜芯撃りゅうしんげきという技だったが、発動のタイミングと方向が分かっていたためウィンは円の動きで回避する。


 回避と同時にウィンは絶技・月爻げっこうの斬撃を全て敵の盾を持つ手の同一箇所に集束して叩き込んだ。


 風属性魔力と地属性魔力を纏った四撃一斬を、左右の手それぞれで繰り出す。


 同時に風属性魔力による刃を使った四撃一斬を二発、、、全て同じ位置に繰り出した。


 ヒットの瞬間の刹那の間だけ、相手の魔力による身体強化で刃が立たない感触があったが、集束することでその強化も破って盾持ちの腕を斬り落とすことに成功した。


 その直後、敵の死角からキャリルが叫びながら雷を纏った戦槌ウォーハンマーで縦の打撃を繰り出した。


「往生あそばせ!!」


 そう叫ぶキャリルの顔には、肉食獣が獲物を仕留めるときのような獰猛さを秘めた笑みが浮かんでいる。


 雷霆流の雷落としかみなりおとしという技だが、身にまとった雷の性質の魔力によって光る軌道を描きながら、敵の腰部付近にヒットした。


 竜芯流を使っていた者は、その一撃で腰から下を不自然な形で潰され、その衝撃で床にクレーターが出来ていた。


 それと同時に庭師二名が残りの賊に重傷を負わせていた。


「キャリル、向こうに人の気配!」


「了解ですわ!」


 そしてウィンはキャリルたちを連れて、先ほど当たりをつけた救出対象が集まっている場所に急いだ。

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