11.通報されるわよ
ふと、どこから手を付けたものかと考えながら、あたしは思わずつぶやいた。
「……それにしてもあたし、学生なのにこんなネタに関わるとは思わなかったよ」
「ん? んー……学生なのに、か」
そう呟いてジャニスはあたしをじっと見つめた。
「なあお前。いま自分が学生だって言ったな」
「そうね」
淡々と告げるジャニスに応える。
「あーしも花屋で働いてる。まあそれはいい。――お前さ、なんで自分が学生なんだと思ってる?」
「え? 学校で勉強してるから、かな」
「ああ。そんなら学校を出たら学生か?」
「違うんじゃないかな」
「そうだ。そんでな、ちぃーっとだけ考えてみ。学校にいること、花屋で働くこと、他の何でもいい、鍛冶屋でも、八百屋でも、ギルドでも、騎士団でも、王宮でもいい」
「えーと……?」
「そこでそうやって過ごす奴らはさ、それぞれの持ち場とか縄張りで毎日生きてるわけだ」
「うん」
「でもな、そういう持ち場とか縄張りって、王国や王都がいまの形で動いてるから決まってるわけだ。それが存在しない状態とか想像したことはあるか?」
「無い、かな」
「何もない状態でも、お前はお前だ。あーしも花屋が無くなったとしてもあーしのままだ」
「それは分かるわ」
「学生だからお前がいるわけじゃあねえわけ。あーしも同じだ。それをまず考えてみ」
「それは、その通りだね」
「そうなったお前でも、今回の依頼は受けるか?」
「……受けると思う」
「なぜだ?」
「大切な仲間とかマブダチに、トラブルが無いようにかな」
「それっておまえが学生だからとかは関係ねえな」
「関係無いよね。当たり前じゃん?」
迷わずにあたしがそう告げると、ジャニスは花がほころぶように笑った。
「大丈夫、お前はやれるよ。――がんばれよ」
そう言ってからジャニスはあたしに顔を近づけて、頬にキスをしてからベンチを立った。
「またな、お嬢!」
ジャニスはそう告げてその場から去って行った。
「何か試されたのかな」
あたしは思わず呟いていた。
午後の授業を受けて放課後になった。
あたしはキャリルとサラとジューンとで部活棟に向かった。
キャリルは今日は歴史研究会に出るようで、他の二人もそれぞれの部室に向かった。
予定通り、あたしは薬草薬品研究会、通称薬薬研の部室に移動した。
「こんにちわー」
「あ、こんにちわ! さっそく来てくれたんだね!」
そう言って笑うのは、カレン・キーティングという女子生徒だ。
見学に来た時も対応してくれたのだけど、あたしの二歳上の先輩になる。
「ええ。他の研究会にも兼部しましたけど、いちおう薬薬研をメインに考えてます」
「そうなんだ! 改めてよろしくね! 座って。ハーブティーを淹れるよ!」
「あたしも手伝いますよ。もう部員ですし」
学院での部活動と研究会の活動は境い目が曖昧なので、研究会でも部員とか部室という単語でみんな通じてしまう。
「そっか。じゃあ、どこに何があるか説明しながらお茶にしよう!」
「ありがとうございます」
あたしたちが手を動かしている間にも他の部員がやってくる。
ここは男女比については、どちらかといえば女子生徒の方が多い研究会かも知れない。
学院では初等部も高等部も同じ部活や研究会に入れるから、薬薬研も初等部と高等部の生徒が混ざっているようだ。
「それで、あたしなにかやらなくちゃいけないことありますかね?」
「義務とかは特にないかな。部員で分担することがあったらその時に部長がみんなに割り振る感じなの!」
「そうなんですね」
「だからウィンちゃんも好きなことをしてていいよ。本を読んでても、薬草をいじってもいいし……。あ、でもそうか。薬品を使うときは高等部の先輩に声をかけてね!」
「分かりました」
「あとそうだなあ……。ウィンちゃんは【
「母さんに一応習ってます」
「そうなんだ! 薬草とか薬品を使うのに便利だから、みんな最初に覚えるの!」
「なるほどー。……まあ、入学が決まってから無理やり詰め込まれたんで、そんなに使い込んでないですけどね」
「あはは、ちょうどいいと思うよ。うちで薬草を鑑定してれば直ぐに上達すると思う」
あたしが当時の母さんによるトレーニングを思い出して遠い目をしていると、カレンに笑われてしまった。
その後、薬薬研の施設の話になった。
いまいる部室はあたしたちが授業を受けている教室と同じくらいの広さだ。
部室の隣には薬薬研が管理する実験室があって、教室二つ分くらいの広さがある。
そこでは薬草の鉢植えとか水耕栽培をしたり、薬品を使った実験を行うそうだ。
「ほかには薬草園があるわ。学院の附属研究所の向こうに附属農場があって、そこは学院の専任の職員が管理してるのね。その一部が薬草園になってるの!」
「薬草園の手入れは部員がやるんですか?」
「職員さんがやってくれてるの! でも、手入れしたかったらいつでも参加できるのよ!」
「見に行ってみたいです」
「意外と広いのよ。でも先に、部室と実験室の説明を新入生全員にした方がいいかもね!」
「そうですね」
そのあとあたしは部室にあった薬草図鑑を眺めて過ごした。
薬草の知識はほとんど無かったので、意外と興味深く読めた。
でも、薬草の効き目とかを考え始めると、医学の知識とかもあったほうがいいのかも知れないと考え始める。
部室の本棚を見てみるが、どちらかといえば農学寄りの本が多く並んでいる。
「いちどリンジー姉に、医学の入門書とか聞いてみてもいいかも知れないかな」
従姉のリンジーは王都ブライアーズ学園の医学科に進んでいるし、薬品の勉強の仕方を知ってるかもと思ったのだ。
図鑑を読んでいたが、薬薬研にはその間にも見学や兼部で名前を書いていくだけの新入生が来ていた。
よく顔を出す新入部員が確定するには、もう少し時間がかかるのかも知れない。
その後、寮の門限まではだいぶ時間はあったけれど、適当なところでカレンに声をかけて部室を離れた。
そういえばまだキャリルは歴史研究会の部室だろうかと思い、そちらに移動する。
だが、歴史研の部室の近くまで来たところで、柱の陰に隠れて入口を観察する生徒がいるのに気が付いた。
本人は姿を隠しているつもりなのかもしれないが、不審者ムーブをしているカリオがいた。
一瞬だけ顔を出したり、顔の一部だけを柱の陰からのぞかせてみたりしているが、何か監視でもしているつもりなんだろうか。
あたし的には帰ってきた変態野郎である。
とりあえず近づいてみるか。
内在魔力の循環で気配を遮断しつつ、母さんから習った風属性の魔力操作で自身の臭いを周囲にごまかす。
その上で近づいて、どこで気付かれるだろう。
――結論をいえば、殴れる位置まで来ても気づかなかった。
こいつは色々含めて大丈夫なんだろうかと思いつつ、片手をカリオの肩に置いてみる。
「おーい変態。不審者ムーブでなにをやってるのよ、カリオ?」
直後にビクッと毛を逆立ててから、あたしの方に振り向き、何かの記憶を思い出したのかフルフルと首を振りながら涙目になりつつあった。
仕方が無いので、あたしは【
「ほら、魔法で防音にしたよ。何してたのよあんたは。また通報されるわよ」
「いや、そうだな。……ウィンには言っておいた方がいいかも知れないな」
「どうしたの?」
「俺、ディンラント王国への留学が正式に決まったとき、国から依頼があったんだ。キャリルには闇ギルドの件で迷惑をかけてるから、それとなく護衛するようにってさ」
「えーと……『それとなく』って、なに? すごく、変態です。本当にありがとうございました」
「どういたしまして…………あれ? …………というかウィン、瞬間移動でもしてきたのか?」
「あたし? そんな魔法は使えないわよ。ふつうに気配を消して近づいただけだし」
「ホントか? ……実戦なら俺死んでる奴じゃんそれ」
「そうだねー」
あたしは努めて爽やかな笑顔を浮かべてみたが、カリオの顔色がさらに悪くなった。
例外的にキャリルに気配察知と気配遮断を教えたことはあるけど、シャーリィ様に母さんが頼まれたんだよなあれ。
「しかたないなあ。……獣人族だったら
「そうなのか!? それはいいことを聞いたぞ! ありがとうウィン!」
「はいはい。気配の察知と遮断は稽古をつけてもらいなさい」
「ああ!」
「それでどうするの? 不審者ムーブをするくらいならとっとと中に入って入部したほうがいいと思うわよ?」
「でもそれをやると、際限なくキャリルとおなじ部活に参加することにならないか?」
「ああ、それならたぶん大丈夫よ。キャリルは歴史研究会がメインで、他は武術研究会はカリオも見学してたんじゃないの?」
「ああ、武術研は入部したぞ」
「うん。キャリルは広域魔法研究会と武術研にも兼部してるけど、これはあたしと誘い合っていくことになってるの」
「そういうことか」
「カリオが歴史研に入れば、あたしが薬草薬品研究会に出てるときにそっちの役目ができるんじゃないかな」
「助かったよ! それで行こう!」
「じゃあ行こうか。いまキャリルは歴史研に居るんでしょ? あたしも合流するよ。カリオはたまたまここで会ったことにする」
「分かったぞ!」
さっきまでのへこみ具合が嘘みたいに元気になったな、カリオ。
あたしはレノックス様のこととかは事前情報を出さないことにした。
カリオって本人が気を使うつもりで失敗するタイプじゃないかなと思った訳で。
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