12.信じる確信を得るために


 その夜は寮で食事を済ませ、自室に戻って鍵をかけ宿題を大急ぎで済ませた。


 寮の部屋は個室で、一人一室与えられている。


 日本での記憶にあるビジネスホテルくらいの広さしかないけど、シャワーは寮で共用のものがあるのでその分は広さがある。


 それでも貴族家の生徒には狭く感じる子が結構いるらしいが、だいたいみんな直ぐに慣れるらしい。


 あたしは実家で狩りのときに使っていた服装に着替え、濃い色のスカーフで口元を覆った。


「それじゃあ、行ってみるかな」


 まず、見ることに意識を向けて魔力を循環させ、暗視のスキルを発動させる。


 窓を開け、身体強化や気配遮断などを発動したうえで、夜の学院構内へとあたしは飛び出した。


 窓のひさしを足場にして地面に降り、気配を消しつつ構内を走る。


 あたしは部活棟にたどり着くと、身体強化した状態で窓のひさしなどを足場にして屋上に登った。


 調査はまず、あたしにとって身近な生活圏で薬物が関連するところということで、薬草薬品研究会から行うことにした。


 いままで知り合った薬薬研の先輩たちはみんなマジメで、そういうものに手を出すとは考えられない。


 だから、彼らを信じる確信を得るために、身近なところから調べる。


 そもそも薬薬研への入部は依頼を受ける前だ。


 部活棟を見学する中で活動を知り、以前のソフィエンタの言葉が頭によぎった。


 薬神の巫女をする以上、薬草とかに関わったら本体が喜ぶだろうかと考えてしまったのだ。


 本体はもう一人のあたしだし、そんなの好きにすればいいと言うだろうことは分かってるのだけれど。


「普通のカギだね」


 屋上と下のフロアをつなぐ階段への扉は施錠されている。


 あたしは自分の魔力をカギに伸ばし、構造を確かめるように動かして開錠した。


 このあたりのノウハウはダンジョンなどでも使うので、母さんから仕込まれている。


 あたしは皮手袋をつけた手でそのドアを開けた。




 その夜の調査は幸いにも空振りだった。


 まず、実験室にある薬品棚や栽培されている薬草を、【鑑定アプレイザル】を使いながら調べた。


 書棚や実験記録などについては、『違法薬物に関する情報があるものを含む書棚か』などを意識して鑑定魔法を使った。


 その他、戸棚や引き出しのある机に関しても同様に調べた。


 何も出てこないので、薬薬研と関連がある学内の附属研究所などの教師や研究者の情報を鑑定魔法で見つけ、所属と名前のメモを取る。


 あたしは固有スキルで瞬間記憶はもっているみたいだけど、情報の抜けとがか怖いので手を動かす。


 そのあと、現在所属している部員の学年と名前のメモを取ったけど、これがいちばん時間がかかった。


 学院は兼部が普通なので、結構な人数が記録されていた。


「これじゃあ時間がかかるよね……。コピー機ほしいなあー……。魔道具か魔法とか無いのかな……。ジューンに聞いてみるか……。あ、リンダ伯母さんに聞いてもいいのか、文官だし……。イエナ姉さんも商業科だから書類は使うよね……」


 そんなことをブツブツ呟きながら急いでメモをした。


 気配は常時探っているから誰も居ないのは分かっているので、おもわず口に出てしまった。


 都度、開錠した戸棚は施錠しなおしているけど、最後にもう一度全部施錠を確認して、あたしは部室から撤収した。


 その後、侵入した経路で屋上に出て扉を施錠して、あたしは自室に向かった。


 窓から部屋に戻って今日の調査結果をまとめ直す。


「附属研究所の先生とかはまた調べるとして、附属農場は調べた方がいいなあ……。薬品だと附属病院も気になるけど、病院よりは学生が優先かなぁ……」


 まとめ直した資料を【収納ストレージ】で仕舞って、その日の調査を完了した。




 翌日も同じようにして過ごし、夜には調査を行った。


 薬薬研の部室を調べた時と同じような流れで調べたが、ほぼ何も出てこなかった。


 薬薬研をバックアップしている先生とか研究者は、栽培や品種改良などの農学を専門とする人たちばかりだったのだ。


 違法薬物については、農薬が数種類引っ掛かった。


 農薬の毒性と環境への影響を調べている研究者がいたためで、念のため研究者の名前と薬品の名前を控えた。


「つぎは農場かねぇ……」


 調査結果をまとめながら、そんなことを呟いた。


 さらに次の日、朝のホームルームが始まる前にサラが話しかけてきた。


 今日はたまたまキャリルよりも寮を出るのが早かった。


「おはようウィンちゃん。なあ、ジューンちゃんから魔道具みせてもらった?」


「おはよう。魔道具って?」


「なんや、まだなんか。ちょっと待っててな」


 そう言ってサラは席を立つとジューンを呼んできた。


 ジューンは手の中にクマの人形を持っていた。


 多少デフォルメされたデザインで、なかなか可愛らしいかも知れない。


「おはようジューン。魔道具とかサラが言ってたけど」


「おはようございますウィン。研究会でさっそく試作してみたんです!」


 そう言ってジューンは両手で人形を掲げる。


「どんな魔道具なの?」


「うごく人形です。おもちゃですね」


「まあ、ウチらまだ始めたばっかやし、カンタンな奴からやね」


「へぇー。動かしてもらっていい?」


「いいですよ!」


 三人で教室の後ろの方に移動すると、話を聞いていたのか他のクラスメートも遠巻きに見守っている。


 ジューンは教室の床にクマの人形を背中がこちらに見えるように横倒しで置くと、背中に手を向けて魔力を放出する。


「まず、この子の動力は、毎回魔力を込めて補充します」


 程なく人形の背中にあるボタンが淡く光り始める。


「ボタンが光ったら準備完了です。つぎにボタンを押します」


 ジューンがボタンを押すと、一拍おいてから横倒しのクマの人形が四つ足でその場に立つ。


「おお、立った」


「ここから歩きます!」


 人形はあたしの大股で二歩分くらいの距離をまっすぐ四つ足で進み、停止する。


「二足で立ちます!」


 人形は停止した位置で数回、二足で立つのと四つ足立ちを繰り返す。


「ターンして戻ります!」


 クマの人形は四つ足の状態で、その場で歩いてきた方向へと回れ右して、同じ距離だけ前進して停止した。


「以上です!」


『おお~』


 あたしを含めてジューンの人形を見ていたクラスメートたちが拍手した。


「けっこう面白いね」


「研究会の先輩に教えてもらいながら作ったんですけどね、意外と簡単に出来ましたよ?」


 そう言ってジューンは人形を両手で抱える。


 人形が動くのを見ていた女子が「クマの人形かわいいね」などとジューンに話しかけていた。


「クマか、地元で何度も狩ってるけど、けっこう肉が取れるしそれなりの稼ぎになるのよねー」


 あたしが何気なく言うと、サラ以外の女子生徒がザッとあたしから一歩距離を取る。


「クマを狩ったことがあるの?」


 クラスメートの一人が当惑しつつ声をかけてくる。


「うん、群れないからオオカミよりはカンタンかな」


「あーウィンちゃんの実家は狩人みたいなんや。その手伝いで仕留めとるらしいよ」


「そうなんだね……」


 サラがクラスメートに説明を入れてくれた。


 ひとりでクマとか狩れるのは言わない方がいいかも、とあたしは考えていた。


 『クマ殺し』とかあだ名がついても微妙だし。


「ジューンさん、人形ならどういうものでも動かせるのですか?」


 鈴の音のような声だった。


 自己紹介のときにも耳にしているけれど、プリシラの声だ。


 決して大きな声量でも無いけど、ふしぎと喧騒の中でも届いてくる。


 声がする方を見ると、プリシラは地球の表現でいえばアルカイックスマイルと言えばいいのか、柔らかく微笑んでクマの人形に視線を向けていた。


「動きについては魔法がモジュール化されているみたいで、この大陸では一般的になった技術みたいです」


「そうですか」


「動かす人形を見ないと何とも言えないですけど、先輩の説明ですとかなり柔軟な動きができそうでした」


「プリシラちゃん、興味があるんやったら魔道具研究会に来てみたらええとおもうよ」


 サラがそう告げると、彼女は一瞬だけ困ったように微笑んだ。


「そうですね。すこし考えてみます。――ありがとうございました」


 そしてプリシラはスッとその場を離れ、自分の席に向かった。


 いつもプリシラと話している女子生徒のホリーが、それを見て苦笑いしながら彼女を追いかけた。


 程なくしてキャリルが来て、やがて先生も来たので朝のホームルームが始まった。




 昼休みに実習班のいつものメンバーで昼食を食べて話していると、クラスメートのホリーがあたしたちの席のところにやってきた。


「やあ、ちょっといいかな」


「あら、ホリーじゃない。どうしたの?」


 彼女は食堂では話しかけてきたことは無かったけれど、何かあるのだろうか。


「朝のことでちょっと話をしたかったの」


「朝のことって何ですの?」


 あたしたちはキャリルにジューンの魔道具の話をする。


「そんなことがありましたの。わたくしも早めにこれば良かったですわね」


「それでね、プリシラのことなんだけど、ジューンちゃんたちが気にしてなければいいなって思ったのよ」


「ええと、別になにも気になるようなことは無かったと思いますよ」


「そうやね。もうちょっと魔道具研究会をアピールしとけばよかったとは思ったけど」


「そういえば彼女、魔道具研の名前を出したら、一瞬だけ困ったように笑ってた気がするわね」


「……それなんだけどプリシラはね、貴族の派閥のことをちょっと重く考えすぎてる気がするのよ」


 そう言ってホリーはため息をつく。


「どういうことですの?」


「彼女のお爺様の侯爵様は北部貴族の重鎮なのだけれど、派閥の扱いについて神経質な方らしいの」


「ふむふむ」


「その関係で、プリシラのお父様もディンラント王国の貴族の派閥を気にする方らしくてね。わたしが見る限り、それが彼女を縛ってる気がするの」


「……縛ってるって?」


「魔道具研究会はわたしもプリシラと見学に行ったのだけど、部長さんが南部貴族の家の方だったの。それを知って彼女は入部をあきらめたかも知れないのよ」


 そこまで重いものだろうか、と個人的には思う。


 キャリルを見れば目を閉じて何かを考えていたようだった。


 だが、すぐに目を開いてホリーに告げる。


「いちど、プリシラと話をしたいですわね。ホリー、彼女が居そうなところに案内して下さいませんこと?」


 そのときキャリルの目は、何かを手に入れようとする者の目をしていた。

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