10.身近な問題かも
アルラ姉さんとロレッタが歴史研究会の部室にいて、皆にお茶を出してくれた。
サラとジューンは、すでにロレッタとアルラ姉さんを互いに紹介済みだ。
「それで、面白そうな部活や研究会はみつかったかしら?」
ロレッタが訊くと、サラが口を開く。
「はい。まず、ウチとジューンが二人とも食品研究会と魔道具研究会を兼部やろ」
「そうですね。あとはウィンが薬草薬品研究会に入りましたね」
「ほかですとわたくしとウィンが広域魔法研究会と武術研究会に入りましたわ」
「その二つはあたしはまずは名前だけだよ。キャリルが行く時付き合う感じで、メインは薬薬研が面白そうかなって思ってる」
「ハーブティごちそうになって釣られたんちゃうん?」
「否定はしないかなっ!」
「武術研ではクラスメートのコウとカリオも見かけましたの」
「その辺は姉さんたちは面識ないよね。同じく面識ないだろうけど、プリシラが回復魔法研究会で見かけて、パトリックが筋肉競争部とかいう謎の部で見かけたかな」
「他のクラスメートはゴールボール部やプレートボール部、料理研究会で見かけた気がします」
「それで、あなたたちはどうするの?
ロレッタが問うので、あたしたちはキャリルに視線を向ける。
「わたくしが入りますわ。研究会の蔵書がなかなかマニアックで気に入りましたの」
「あたしはやめとくよ。歴史は授業の範囲で充分かな」
「ウチも遠慮するわ」
「私も遠慮します」
「そうか? オレもこの研究会は面白いと思うぞ。……この戦術史の本とか街の書店などではまず見かけないし、他にも文化史とか数学史とか……幅広く資料が揃ってるな」
聞いた声だと思って振り向くとレノックス様がいた。
「興味があるなら研究会の活動を説明しますよ」
アルラ姉さんがレノックス様に声をかける。
「手間をかけるがお願いしたい」
「わたくしも詳しく聞きたいですわ」
「なら説明しますね」
「あたしたちは他を見に行くから、キャリルはレノと一緒に話を聞いてきなよ」
あたしはそう告げて、彼らから見えない角度でサラとジューンにウィンクを送った。
「そうやね。ちゃんと話聞くんやで」
「それじゃあ、私たちは行きましょうか」
サラとジューンはウィンクに気づいてくれたらしく、あたしたちは歴史研究会の部室を退散した。
「あのお二人、何かあるんですか?」
「ん、何も無いんじゃないかな、
「ふーん、
「
あたしたちは互いに生暖かく納得しつつ部活棟を出た。
「そんで、二人ともどないする? 寮の門限とかにはまだ大分時間あるけど」
「そうね。部活棟は大体見ちゃったんだよね」
「あとは部活用の体育館と運動場がありますね」
「カヌー部もあったし、どこかに練習用の水路なり池とかもあるかも知れんね」
そんなことを話していると、あたしたちの傍らにストンという音とともに何かが転がった。
「何やこれ?」
「合図に使うような旗ですかね」
そう言いながらジューンが近づいて、足元の旗を拾い上げる。
手旗信号に使うようなタイプの赤い旗だ。
「いま上から降ってきたんじ……」
その時たしかにあたしは反応が遅れた。
彼らが悪意とか害意を持っていなかったこともあったのだけど、想定していなかった集団が現れた。
彼らははちきれんばかりの筋肉をしており、上半身裸でそれをアピールしている。
ズボンはツヤツヤの革製ハーフパンツで、足にはブーツを履いていた。
約三十人ほどの筋肉集団が部活棟の向こう側から回り込んで現れると、あたしたちの前に集まってポーズを取り始めた。
「やあッ! きみたちはッ! 新入生かいッ! 我々のフラッグをッ! 拾ってくれてッ! 感謝するッ!」
いちいち叫びながら集団でセリフを繋ぎ、ポーズを変えて彼らは告げた。
「い……いやああああっ!?」
だがジューンは情報認識の許容量を超えてしまっていたようで、彼らが来たのとは反対方向の初等部の方へとダッシュを始めた。
――旗をしっかりと握りしめたまま。
あわててあたしたちもジューンを追いかけると、後ろから筋肉集団がムキムキッと妙なポーズを取りながら追いかけてきた。
「待ちたまえッ! ふむッ! だがこれもッ! いい趣向とッ! 言えまいかッ!」
「いやああああっ!!」
あたしはパニック状態でダッシュするジューンに追いつくと、彼女に叫んだ。
「ジューン! その旗をあたしに渡して! 今すぐっ!」
「……」
ジューンはおびえた表情を浮かべながら、並走するあたしに旗を差し出した。
あたしは旗を受け取ると、後ろを走る集団に叫んだ。
「あんたたち! 旗はあたしが預かったわよ! ついて来れるならついてきなさい!」
あたしはゆるく身体強化を発動して、ジューンから離れるようにダッシュを続ける。
「もちろんだッ! 君がッ! 先導をしてッ! くれるのかいッ!」
どうやらこの旗は、あの筋肉集団を集合させるためのものだったようだ。
彼らがジューンを怯えさせたことに若干怒りつつあたしは走り続け、初等部の講義棟の一つまでたどり着く。
目的の部屋の窓が開いていることはすぐに確認できた。
そして筋肉集団に見えるように旗を大きく振った後で、その空いた窓へと旗を放り込んで叫んだ。
「旗はあそこの
するとあたしを追走していた筋肉集団はあたしの直前で直角に曲がった。
彼らは「とうッ!」とか「ふんッ!」とか「せいやッ!」とか大声で叫びながら
なぜかは微塵も理解できないけど、ガラスをブチ破って飛び込んでいるやつらも何人かいた。
「あとは先生たちが何とかしてくれるよね……」
あたしは気配を消してダッシュで逃げた。
そのあとジューンとサラに合流し、ジューンをいたわりながら三人で食堂に行ってスイーツを食べてから寮に帰った。
後日、部活棟入口のところに三十名ほどの生徒の名前が張り出された。
対象の生徒は、一か月の筋肉競争部での活動禁止の旨がそこには記されていた。
次の日授業を受け、いつもの面々でお昼を食べてからあたしは別行動をとった。
学院の附属研究所の建物が集まる区画で、デイブから指定された待合場所のベンチに座っていると若い女性が現れた。
「お前がウィン・ヒースアイルだな?」
「あなたがジャニス・ベンソンさんですね」
ジャニスは薄い茶髪で全身を日焼けしていて、年代は十代後半くらいに見えた。
何気ない所作も隙が無く、何となくあたしは母さんの立ち姿を思い出した。
「あーしはジャニスだ。普段は花屋で働いてて、デニスの兄いのパシリをやってる。よろしく」
そう告げて右手を差し出すので、あたしも立ち上がって握手する。
「よろしくお願いします」
彼女の服装はショートパンツにヒザが隠れるロングブーツを履き、上は大きめのサイズのニットを着ていた。
話し方も相まって、日本の記憶で彼女がギャルっぽく思えてしまった。
「ま、座って話そうや」
そう言ってからジャニスは【
デニスがやっていたように盗聴対策なんだろうと思いながら、あたしも隣に座った。
「調査依頼って聞いてますけど」
「そうだ。……あーしにゃ敬語とかいらねえから。なんかむず痒くなってくるからよ」
そう告げてジャニスは笑った。
「うん」
「そんでだ、お前に頼みたかった仕事は三つだ。元々二つあったんだが、急ぎの話が入ってよ」
「そうなんだ」
「まずばっと話すと、学院内の薬物汚染の調査依頼、これが急ぎだ。残りは学院内の貴族派閥の調査依頼と魔神信奉者の調査依頼だ」
「いきなりヤバそうなんだけど」
「ああ、だからヤクのネタは急ぎだ――」
ジャニスの話をまとめると、以下のような内容だった。
・今年になって王都内で二種類の違法薬物の流通が確認された。
・一つは多好感を増す薬物で、もう一つは筋肉を増強させる薬物。
・共に依存性があり、長期の使用で脳を含めた内臓にダメージが生じる。
「国でも動き出してるしギルドでも情報を集めてるが、いまんとこ全体像が見えねえらしい」
「それで学院でも調査か」
「あくまでも情報収集だ。お前は説得だの教師への相談だのはいっさいやるな。水漏れも面倒だからな」
「分かった」
「ヤクのネタは取り敢えず今月いっぱいやって、その段階で報告しろ。んでも急ぎの話はあーしでもデニスの兄いにでもすぐ投げろ。相談もオーケーだ」
「うん」
「おし。……そんで他のネタは貴族の派閥と魔神の信奉者だ。こっちは年内の三か月をメドにやってくれ。当然適宜報告な。……んで、貴族派閥調査をほかの調査の隠れみのにしろ」
「三つ調べてるのを、派閥を調べてるだけってフリで動くんだね」
「そうだ。ハナシが早くてラクだわ。ヤクにしろ魔神ネタにしろ、火が付くとヤバいからな」
「なるほどね」
魔神信奉者の情報も危ないネタなのか。
「そんでどうする? 受けるなら報告に対してそれぞれに報酬が出て、冒険者ランク査定に加算される」
「そうだなあ……」
薬物については身近な問題かもしれないと思う。
キャリルをはじめとした仲間たちが手を出すとは思えないが、あたし的にはその周囲に影響が出るのは見過ごせない。
貴族の派閥にしても、プリシラの件でウォーレン様からクギを刺されている。
それらを調べる過程で魔神の信奉者の情報も得られるかもしれない。
そこまであたしは脳内でソロバンをはじいた。
「受けるよ」
「そうか。……気楽にとはいえねえけど、調査だ。今回は切った張ったじゃねえし、そういう意味ではリラックスしていいんじゃね?」
「うん」
その後あたしはジャニスと【
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