09.資料が少なくて


 ディンラント王国の王城にほど近い貴族の屋敷が多い地区、その一角にプロシリア共和国大使館があった。


 大使館の会議室の一室で、カリオは二人の青年と対面している。


 カリオは彼らと入試の際に顔合わせを済ませていた。


「カリオ殿、クラスには馴染めそうだろうか」


「同じクラスに月転流ムーンフェイズを使う子がいるんだろう? もう手合わせとかしたのかい?」


 椅子はあるが、三人は立ち話をしている。


 一人は駐在武官のフレディ・ヴァレンティーノだ。


 こうして何気なく立ち話をしているだけでもその姿に隙が無く、風牙流ザンネデルヴェントの師範代の凄みをカリオは肌で感じた。


 その隣に立つのは狼獣人のニコラス・サルタレッリで、フレディの部下だ。


 ニコラスも風牙流を修めているが、風牙流宗家の親戚筋らしい。


 立ち姿にたしかに隙は無いのだが、ズボン背部のしっぽ穴から出した尻尾がなぜかブンブン動いている。


「いえ、まだ試合とかはしてませんよ。クラスは馴染めそうです。実習で組んだ班でレノックス殿下と同じ班になりました。レノ・ウォードと名乗ってます」


「ええっ? まだ試合してないの? 月転流と試合したら仲良くなってトモダチになってくれないかな?」


「え? ええと……」


「こいつのことは気にしなくていい。この歳で初等部の生徒に迫ったら事案だということは何度も言ってこの状態だ。もう、こいつの血にしみ込んだ記憶なんだろう」


「はあ……」


「前回会ったときはほとんど話せなかったな。困ったことがあったら何でも相談してくれ」


「ありがとうございます」


「特に、ティルグレース伯爵家には我が国として貸しがある。ご令嬢の警護という面倒なことを君に頼んで済まないと思っている」


「ウィンも居ますし、キャリルはよほどのことが無い限り大丈夫と思いますが、気を配ります」


「獣人閥の流儀に中立閥の子息を巻き込んだ上に、風漸流ヴェントトルトゥオーソの皆伝取得を急がせたことも詫びよう。その代わり、何かあったら我々がバックアップする」


「分かりました」


 カリオはゆっくりと頷いた。


「それでさ、お昼まではまだ時間があるし、僕らと稽古していかないかい?」


「ふむ、お前にしてはいい案だ。小官も多少は風漸流を嗜んでいる」


「ホントですか? ……分かりました。せっかくなんでお願いします」


 そういえば自身が身に付けた技を使う機会が、このところ無かったとカリオは想起した。


 そうして三人は会議室を出ていった。




 夕方近くになって学院まで戻り、あたしたちは女子寮の前で解散した。


 男子寮に向かおうとしたコウが、通りがかった女子生徒に「入学式の挨拶をした子よ」とか言われていた。


 それにあざとく手を振ってから帰っていったのを、あたしたち三人は苦笑して見送った。


 夕食はキャリルの他にアルラ姉さんとロレッタの四人で食べた。


 サラは別の子と食べたみたいだ。


 女子寮の食事が出る時間はだいたい決まっているけど、全員で一斉に食べるということは無いようだ。


 今日の出来事を話していたのだけど、週明けの放課後に部活や研究会を見学に行く話になった。


「前にも聞いたかもしれないけど、キャリルもウィンも広域魔法研究会に入るつもりは無いかしら?」


「研究会や部活は、兼部も名前だけ置いておくことも許されるのですわね。わたくしとしては入会するつもりですわ」


「あたしも入会だけはしておこうかな……。なにか制限があるんですよね?」


 ロレッタの質問にあたしとキャリルが応える。


「ウィンとキャリルは資格があるわ。安全保障上の理由から、主な制限が二つあるの。一つはディンラント王国の国籍を持つこと。もう一つは魔神を信奉していないこと」


 あたしの質問にはアルラ姉さんが応えてくれた。


 広域魔法とは戦術魔法とか戦略魔法と呼ばれる大規模魔法で、竜魔法を研究して出来上がった魔法体系らしい。


 軍事機密を含むので、学生の練習内容にも制限があるし、そもそもの研究会参加者も制限されているそうだ。


 それにしても魔神か。


 どこかで聞いた気がするけど、どこで聞いたのだったか。


「国籍はわかるけど、魔神てなに?」


「各国の教会からは神として認定されていない存在だけど、大元は共和国の魔族の一部が信仰していた神らしいわ。精霊信仰とも関わっているらしいけど、詳しくは分かっていないの」


「魔族とはいわゆる古エルフ族やエルフ族ですわね」


「そうね。長命で賢いから彼らが記した学術書は多いし多岐に渡るわ。でも、彼らは人口が少なくて、種族特性として広域魔法を使えないと言われているの」


 あたしとキャリルにアルラ姉さんが応じる。


「タブー視されているわけでは無いけど、王国では資料が少なくて魔族に関する歴史の研究は進んでいないわね。……私とアルラは歴史研究会の方がメインだから、興味があるならそっちもいかが?」


「ふむふむ、……面白そうですわね」


 ロレッタに誘われてキャリルが考え込んでいる。


 一緒に受験勉強したから知ってるんだけど、キャリルは意外と歴史なんかにも興味があるんだよな。


 そんなことを思いながら、自分はどうするか考えつつ夕食を済ませた。




 週が明けて授業を受け、昼休みになった。


 先週のように実習班のメンバーで学食でお昼を食べて、食堂を出てからベンチで話し込んでいると魔法で連絡があった。


 冒険者ギルドで会ったデイブからの連絡だった。


「お嬢、昼どきに悪いな、いまちょっといいか?」


「え、うん。大丈夫よ。……ちょっと連絡があったから話してくるわ。……それでデイブ、何かあったの?」


 あたしはみんなに一言告げて少し離れる。


「すまねえ。突然わるいんだが、冒険者としてのお嬢に依頼したいことがある。一言でいえば学院内の学生の動向調査だ」


「調査依頼ね、それで?」


「詳しいことは二日後の同じくらいの時間に連絡役を送るから、受ける受けない含めてそいつから聞いてくれ」


「特に予定はないわ。分かった」


「連絡役はジャニス・ベンソンて女だ。ジャニスの特徴と待ち合せ場所はまた連絡する。以上だ」


「はーい」


 みんなのところに戻ると、サラが尋ねてきた。


「ウィンちゃんなんかあったん?」


「うん。みんなで冒険者ギルドに行ったとき、母さんの弟弟子と会った話はしたわよね?」


「冒険者ギルドの相談役をしたはるんやったな」


「そう。その人が冒険者としてのあたしに何か仕事を頼みたいみたいなの」


「おお、いきなりバイトなん?」


「まだ受けるか分からないわ。調査依頼っていってたから、守秘義務とかあったら詳しいことは言えないかも知れない」


「ウィン、面倒ごとになるようならわたくしたちに相談するんですのよ?」


「うん、ありがとう」


 そのあとジューンに、休みの日にあったことをみんなで話した。


「コウって遊び慣れてそうですよね」


 そんなことをジューンが呟いていた。




 放課後になったので、みんなで部活や研究会の見学に向かった。


 学院の初等部の区画と高等部の区画の中間あたりに、部活棟と呼ばれる区画がある。


 王立ルークスケイル記念学院の部活や研究会活動は、初等部と高等部の生徒が混ざって行うことになっていた。


 外見は講義棟と変わらないが、内部には部室や研究会の研究室が並んでいる。


「ジューンが魔道具研究会を見たいんだったよね?」


「そうですね。ほかにも面白そうなところがあったら兼部しますけど」


「サラはどこか興味があるんですの?」


「ウチは食品研究会に興味があるんやわ」


「料理とか作る研究会なの?」


「料理研究会は別にあるみたいなんやけど、食品研は加工食品をつくる研究会みたいなんや」


「加工食品ですか?」


「んー……。チーズとか漬物とか、発酵食品が多いみたいやけどな。保存方法まで含めていろいろやっとるみたいなんや」


「へぇそれは面白そうだね」


「私も興味があります!」


「それならまずは食品研究会から向かうのだわ」


「「「はーい」」」


 あたしたちが部活棟に入ると、玄関では色んな部や研究会が呼び込みをしていた。


 チラシを配ったり楽器を吹いている生徒たちもいるけど、こういうところでは異様なものがどうしても視線を集めてしまう。


 ここにも合格発表のときにいた上半身裸の生徒が筋肉をさらしていたが、できるだけ気づかなかったふりをして目的の研究会を探す。


「おお、それやったら一階の奥に研究会の部屋があるんですね」


 サラの話し声が聞こえたので視線を向けると、白衣を着た学生からチラシを受け取っていた。


 あたしたちが集まると、どうやら目的の食品研究会だったようだ。


 そのまま研究会の部室に向かうと他に新入生は居らず、あたしたちは歓迎された。


 研究会で作ったというチーズを使ったチーズトーストを頂いたときは、思わず釣られそうになってしまった。


 結局サラは予定通り食品研究会に入部したが、ジューンも勢いで入部してしまった。


 その後あたしたちは一通り部活棟の中を見て周り、いまは歴史研究会の部室にいた。

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