08.どんな美学だよ


 キャリルとサラが掲示板を覗いたり話し込んで時間をつぶしていると、三人組の男に話しかけられた。


「ようお嬢ちゃんたち、ギルドは初めてかい? なんだったら俺様たちが色々と教えてやってもいいぜ」


 キャリルが視線を向けると、髪をオールバックにした男がいた。


 年齢的には十代後半と言ったところだろうか。


 革製の防具に身を包んでいるが、顔つきからして粗野な印象が感じられる。


「お心遣いだけで結構ですの。わたくしたち、仲間を待っておりますし、案内は不要ですわ」


「まあまあそう言わずに、どこかでゆっくりお話ししようぜ」


「そうだぜ。おれらは王都の裏道も知ってるからよ、気持ちよーくなれる色んなこと教えられるんだけどな」


 オールバックの仲間らしい鼻ピアスの男と、耳ピアスの男が喋り出すが、口調や表情も相まって典型的なチンピラにしか見えない。


 周囲の冒険者たちは鬱陶しそうな視線を浮かべるが、特に口をはさんでくる様子はなかった。


 冒険者ギルドにいる以上、当人同士のトラブルは自己責任だとでも考えているのかも知れない。


 その冒険者たちの間を縫って、静かに少年が歩いていく。


 彼は腰に刀を佩いていた。


「何やあんたらしつこい連中やな。ウチらはほっといてくれへん? 冒険者やったらサクッと出かけて稼いで来たらええやん。そんな甲斐性も無いんか?」


 サラがキャリルの前に立って口を開いた。


「出かける? そうだなあ、せっかく出かけるならお嬢ちゃんたちが居た方が俺様たちもハッピーなんだよね。どうよ? な?」


「ダメだなあ、お兄さんたちレディの扱いが全くなってない自覚あるかな? 王都だとそういうのがナンパだったりするの?」


 背後から声を掛けられ男たちが振り返ると、そこにはクセ毛の赤髪をした少年が立っていた。


 コウの姿がそこにあった。


 彼はややタレ目をした顔に、呆れたような表情を浮かべながら笑っていた。


「なんだ小僧、今いいとこなんだからよ、口出しすんじゃねえよ」


 鼻ピアスの男が口を開くが、コウは表情を崩すことは無い。


「そもそもさあ、お兄さんたち――ウザいんだよね」


 三人組が彼の言葉の意味を理解して声を上げようとした瞬間に、剣気が奔った。


 直後に男たちは自分たち三人が袈裟斬りにされたと錯覚し、その場に同じタイミングでよろめく。


 その間もコウは酷薄そうに微笑んだままだったが、腰の刀は一度も抜かれていない。


 彼らを横目で見ていた冒険者の何人かは、感心したような視線を彼に向けた。


 やがて自分たちが斬られていないことを認識して、男たちは口を開いた。


「そうか、てめえ王都で肉になるか? 出荷してやるぞこら」


 オールバックの男がそう告げるが、コウは薄く笑ったままだった。


「おーいコウ、あんた何絡まれてるの?」


 男たちが視線を向けると、ウィンとデイブが近づいてきていた。




 あたしが一階に向かうと、キャリルとサラの側に三人組の冒険者の格好をしたチンピラが居て、そいつらにコウが向き合っていた。


 チンピラたちはあたしの後ろから歩いてくるデイブの顔を見て、焦った表情を浮かべている。


「なあ、絡まれてるのはお嬢のツレか?」


「ええ、同級生です」


「分かった。おいお前ら」


 デイブはチンピラたちに声をかけた。


「相談役! ちがうんです。おれらはこいつらを誘って冒険者の流儀を教えようとおもって……」


 耳にピアスをつけた男が何か言っている。


 というかこれ、日本で生きていた時の記憶でいわゆるテンプレって奴なのかもしれないと脳裏によぎる。


「コウ、この連中は?」


「このお兄さんたちは、キャリルとサラをナンパだか拉致だか分からないような口調でここから連れ出そうとしてたんだ」


「へー。ぶっ潰そうか、とりあえず」


 あたしが狩りで獣を狩るときの視線をチンピラたちに向けると、連中は一瞬ひるむ。


「あー、お嬢、ちょっと待ってくれ。そうだな、お前らツラ貸せや。あとお嬢、お仲間と一緒にこいつらに稽古をつけてやってくれねえか?」


「いいわよ。時間かけないけど構わないわよね?」


 そうしてあたしたちは冒険者ギルドの中庭にある訓練場に向かった。


 あたしが耳ピアスと、コウがオールバックと、キャリルが鼻ピアスと立会った。


 あたしとコウは素手で向かい、キャリルは練習用の戦槌ウォーハンマーを使った。


 結果だけいうと、耳ピアスはみぞおちに魔力を込めない四撃一打を食らって失神した。


 オールバックはコウの拳をこめかみに喰らって失神した。


 鼻ピアスは全身に打撃を食らい、しりもちをついたところに太ももの間の地面に戦槌が落ちて失神した。


「お嬢、こいつらはよけとくから帰ってくれていいぞ。受付で登録証を受取ってくれ」


「わかったわ。デイブさんありがとう」


「さんは要らねえよ」


「うん。今度お店に行くよ」


 そう告げてからあたしたちは冒険者登録証を手に入れ、冒険者ギルドを離れた。


 コウに聞いてみると、王都に来る前に地元ですでに冒険者登録してあるとのことだった。




 中央広場に出たあたしたちは、サラの希望で近くにある商業ギルドに向かった。


 いまサラはキャリルと二人で、掲示板に貼られたアルバイト募集の張り紙を見比べている。


「いつまで尾行してくるかと思ってたわよ」


「ああ、やっぱりウィンはボクに気が付いてたんだね」


「まあね。――その刀、なかなか似合ってるじゃない。刃は付いてるのよね?」


「ありがとう。これは二番目の兄さんが入学祝いで打ってくれた刀でね、ちゃんと武器として使えるよ。煌囀こうてんという銘が入ってる。ボクのお気に入りなんだ」


「へぇ、コウテンか。……キャリルとサラを護ってくれてありがとうね」


「どういたしまして。実は登場するタイミングを探してたんだ」


「そうかも知れないとは一瞬思ったわよ、まったく」


「ボクの美学だよ」


 どんな美学だよ。


 サラは結局、今日は下見ということでバイトに応募することは無かった。


 そのあとあたしたちは王立国教会の建物に向かった。


 教会では礼拝堂でミサが行われていた。


 みんなは建物内を見学するという。


 特に予約制というわけでも無さそうだったので、あたしは少しだけミサに参加してくると言ってみんなと別れた。


 空いている椅子に座って胸の前で指を組み、目を閉じてソフィエンタに呼びかけるとすぐに返事があった。


 今回は神域に呼び出すわけでは無いようだ。


『ソフィエンタ、いまちょっといいかしら?』


『あらウィン、どうしたの?』


『ええと、確認しておきたいんだけど、あたしの魂の記憶で地球とか日本の記憶ってバグってたりしないかな?』


『え、ちょっと待ちなさいね』


『……』


『特に問題無いと思うわよ』


『そうなんだ、分かった。ありがとうね』


『いえいえ、どういたしまして』


 バグでは無かったとしたら、『キャリルのドリル』とは何だったのだろう。


 そのうちまた思い出すこともあるか、と思ってあたしはミサを離れ、みんなに合流した。


 国教会本部の見学をしたあと、寮母さんのアドバイスに従って中央広場から商業地区を南に向かった。


 散策をしながら手ごろそうなお店を見つけて、みんなで早めのお昼を食べた。


「この時期だとキノコ類が旬なんだね」


 あたしの目の前にはキノコとエビのアヒージョがあった。


 この大陸では南の方の料理らしい。


 ガーリックの香ばしさにエビとキノコの食感をオリーブオイルが包むようにまとめて、鷹の爪の辛みが味に深みを与えてくれている。


 これはパンと合わせて黙々と食べてしまいそうだ。


「あーウィンちゃんの料理もおいしそうやん。ウチもそれにしとけば良かったかな」


 そう言ってサラは白身魚とキノコとそら豆のクリームリゾットを食べ始めている。


「サラの料理もコメを使ってるのかい? おいしそうだね。取り皿をもらって少しボクのと交換しないかい?」


 そういうコウは、キノコとひき肉とピーマンを使ったパエリアが目の前にある。


「間接キスになるからそういうんはもっと早く言って欲しいわ。これはリゾットいう料理やから、こんど頼んだらええとおもう」


「そうですわね。コウは言質をとったとか姑息なことはし無さそうですけど、気づいたら外堀を埋めてそうですわ」


 キャリルはそんなことを言いながら、キノコのクリームソースがかかった鶏肉のソテーを食べている。


「はは、ボクは女の子が嫌がることはしないよ」


「まあ、そういう態度だけは認めるわ」


 でもキャリルが言った通り、妙なところでコウは計算して動いてそうだよな。


 気のせいかもしれないけど。




 王宮内の庭の一つで、レノックスがマーヴィンに見守られながら細剣を振るっている。


 本日分の打ち合いの稽古はすでに済ませた。


 レノックスは時おり出される指示に従い、自身が習っている流派の技を繰り返し行っていた。


 傍から見れば細剣による刺突技か、もしくは刺突に近い斬撃を延々と繰り返している。


 実際には魔力の込め方を変えながら行っているのだが。


 武器に由来する動作として基本動作がシンプルなため、魔力の充填を高威力化しやすい。


 熟達者は戦術魔法を込めることができ、無詠唱と併用することでその場に局所的災害のような効果の攻撃力を示す。


「そこまで。――本日の鍛錬はこのあたりまでにしましょう」


「分かった。マーヴィン学長、休日なのに手間をかける」


「同門の後輩を指導するのは先輩の義務です。お気になさらず」


「同門の後輩、か。……時おり思うのだ、オレは果たしてマーヴィン学長やティルグレース伯爵にまで届くのだろうかと」


「問題ございません。朱櫟流イフルージュは基礎で学ぶことは他流派よりも少ないのです。その分、早期に実戦で高めていけます」


「だといいのだが。先ほどの打合せでも、結局マーヴィン学長に王家の責務を頼むことになってしまった」


「いまは第二王子殿下やティルグレース伯爵閣下がマホロバ自治領方面に対応して下さっております。最速で動けるのは私だと陛下が判断されたのでしょう」


「手間をかける」


「滅相もございません」


 そう告げてマーヴィンが微笑むと、レノックスは困ったような笑顔を浮かべた。

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