03.玉の輿は狙ってない
八月になって今年で二回目になる聖塩の祝祭も終わり、王都に向かう日になった。
今回も父さんと母さんと三人で向かう。
幼なじみやら地元の知り合いとか、伯爵邸の使用人のみんななんかには挨拶は済んでいる。
挨拶に行ったらデニスからは餞別でお手製の本棚を貰ったので、引っ越し荷物と一緒にマジックバッグに入れてある。
エリートになって稼ぐようになったらメシをおごってくれとか言われた。
カイルからは移動中に食べろとイチゴを貰った。
王都で農家に興味がある女の子がいたら紹介してくれとか言っていた。
居るのか?
リタからはシルバーのブローチを貰った。
デザインはハーブを運ぶハトだったが、流行っているらしい。
当日は朝早くの出発だったが、リタとビリーさんが見送りに来てくれた。
「元気でね。王都でヘンな男と付き合っちゃダメよ」
そう言ってリタがハグしてくれた。
「リタはあたしのオカンかい。まあ、ありがとう、リタも元気でね」
「学校とか王都とかが面倒になったら、いつでもこの街に戻ってくればいいわい」
「ありがとう、ビリーさん。あんまりお酒飲んじゃダメだよ」
「うむ、分かっておるよ」
信用できないけど、何となく笑ってしまった。
「それじゃあ行ってきます!」
「「行ってらっしゃい」」
そしてあたしたちは乗合い馬車に乗って王都に出かけた。
数日かけて王都のお爺ちゃんの家に着くと、お爺ちゃんと伯父さん夫婦以外はみんな揃っていた。
この国では学生よりは短いけど、八月は勤め人も夏休みを取る。
それでも騎士団や王国の文官は時期を分散させて休むようだ。
まあ、なにか非常事態があったときに、騎士団とかが全員夏休みだったとか笑えないよね。
従兄のバートは七月で卒業して最後の夏休み中らしいが、九月から予定通り光竜騎士団に入隊するとのことだ。
ほかの身内の子どもたちは、あたしを含めて全員王都で学生になった。
「なあウィン、あんた第三王子殿下と同級生みたいだけど、もう見かけたりしたかい?」
「え、
旅装を解いてリビングで休んでいると、従姉のリンジーに話しかけられた。
「別に? あんたのことだから王子に勝負かけて玉の輿ねらってるのかと思ってさ」
「待てやこら。……どこからツッコもうかそれ。まずね、あたしは玉の輿は狙ってないの」
「ほう、そうなんだ?」
「そうよ。あと、負けず嫌いの自覚はあるけど、自分から殴りこむような武闘派じゃ無いの」
「……そうだったか?」
「だれと間違えてんのよ! あと、王子とか貴族とかは友人で付き合いがある分にはいいけど、恋愛対象には重過ぎるでしょ。リンジー姉さんもそう思わない?」
「うん、すげぇ同意できる。貴族とかめんどくさいわ」
「でしょ? ……っていうか学校で身分差の序列とかあるの?」
「序列、は無いわな。“平民は貴族に従え”なんて言いだす前時代的なバカが貴族にいたら、そいつは実家から外に出されないよ。これは学園はもちろん学院でも同じだ。――何でかって言えば、根本的にこの国の王宮は“実力主義”なんだよ」
そこまで喋ってからリンジーはホットのハーブティーを一口飲む。
「実力主義?」
「ああ、内政も外交も軍事も国の仕事は甘くない。貴族でも実力主義に放り込まれる」
「じゃあ、貴族が貴族なのは領地を持ってるってこと?」
「正確にいえばディンラント王国の貴族は、領地を持つ者はその税収や経済活動で国をささえて、領地が無いものは本人の知恵やチカラで国をささえるのが義務ってことよね。責任と言ってもいいかも知れないわ」
あたしとリンジーの会話にアルラ姉さんが横から入ってくる。
「その代わり、領地からの収入が大きかったら懐に入るお金が増えるし、領地が無いひとは歳を取ったら国が面倒をみてくれるのね。それが自分にとって割に合うなら、貴族はいい商売かもね」
さらにイエナ姉さんが商売という視点で貴族を語る。
実際にはそこに、国を支えているという誇りなんかが絡んできそうだけれど。
「そこまで聞いたら、ますます第三王子殿下なり貴族様に言い寄る気が霧散するわよ」
「よし! それでこそウィンだ!」
「……リンジー姉、それあたしを褒めてるの?」
「もちろんさっ! ははははは」
微妙にバカにされた気がしたが、そもそも初めに玉の輿とか言っていたのはリンジーだった気がする。
「まあ、貴族や王族が背負ってる責任に対して、庶民が敬意を示すのはマナーなんだってのは分かってるわよ」
「そうだな。……なあ、それでも第三王子殿下がイケメンだったら色々裏情報を流してくれよ」
「リンジー姉こそ狙ってるんじゃないの?」
やっぱり王子様と聞くと女子的には気になるものなんだろうかと思いつつ、あたしは以前会ったレノックス様のことを思い出していた。
あたしの王立ルークスケイル記念学院入学式の日は、いい天気になった。
ディンラント王国のあるこの大陸では、学校への入学では入学式があるのが一般的らしい。
あたしのなかの地球の記憶では、日本のように入学式があるのは世界でも少数派だったはずだ。
たまたまこの大陸とかこの世界が逆転しているのか、それともかすかに残っていると思っていた地球の記憶が怪しくなっているのか、ふと考えこんでしまった。
いま実害は無いし、何かのついでのときにでもソフィエンタに確認しておこうか。
ともあれあたしは新品の制服に袖を通し、父さんと母さんと学院に向かった。
移動には王都内を走る乗合い馬車を使い、すぐに到着する。
構内に入り、事前に郵送されてきた案内状に従って、受付のある講義棟に向かった。
「ウィン・ヒースアイルさん、Aクラスですね。そこの階段を使ってこの建物の二階にある二〇一教室に向かってください。それから、保護者の方は案内の矢印に従って体育館に向かってください」
「分かりました。それじゃあ父さん、母さん、行ってくるよ」
「ああ」
「行ってらっしゃい」
あたしは二人に手を振ってから教室に向かった。
歴史を感じさせる講義棟の中を進むと、直ぐに目的の教室にたどり着いた。
すでに来ていた生徒の中には知った顔は見当たらなかった。
机の数を見れば一人一つの机がタテに五列に並び、それがうしろに四つ続いているので一クラス二十人だ。
黒板を見れば自分の名札の付いた席に座ることと、今日の予定が書いてある。
あたしは歩いて自分の席を見つけて座る。
そういえばキャリルは別のクラスだろうかなどと考えていると、本人が教室に入ってきた。
あたしを見つけるとまっすぐに席のところに来た。
「おはようございますウィン。同じクラスになりましたのね。これからもよろしくですの」
そう告げるキャリルの髪には微妙な変化が確認できた。
彼女はその淡いゴールデンブロンドの髪を、高めのサイドポニーにしていることが多い。
だが半月ぶりくらいに会ったキャリルの髪にはドリルが装備されていた。
もとい、高めのサイドポニーのテール部分に縦ロールが入っていた。
キャリルはドリルをそうびした。こうかはばつぐんだ。
なぜかあたしの魂に紐づく日本人だったときの微かな記憶が、そんな情報を脳に送ってきた。
いよいよ魂の記憶がバグってきたのだろうか。
もしかしたら早めにソフィエンタに相談したほうがいいのかも知れないと、脳裏によぎった。
ともあれ、キャリルの新しい髪形はとても似合っている。
「おはようキャリル。A組なんだ? これからもよろしく」
あたしは立ち上がってそう告げた。
「そういえば髪型、少し変えたんだね。似合ってるじゃない」
「ありがとうございます。この髪型には決意を込めたんですの」
そう言ってキャリルは微笑んだ。
その後互いに王都についてから何をしていたかを話していたが、そうしている間にも同級生が教室に入ってくる。
やがて、そのうちのひとりの少年があたしたちのところに歩いてきた。
「ここで会えるとは思えなかった。俺はカリオ・カルツォラーリという。その節は君に大変不快な思いをさせてしまった。改めてこの場で謝罪する。済まなかった」
カリオはそう言って頭を下げた。
「そういうあんたはあたしの臭いを嗅いで尾行してきた変態じゃない?!」
名前と顔つきとその猫耳であの時のことを思い出し、思わず大きな声が出た。
直後にあたしの言葉を聞いた教室内の主に女子の視線がザッとカリオに集中したが、その多くがゴミを見つけたときのような冷たいものだった。
「騎士団の任務で要人警護をしているとき、君を要監視対象と誤認してしまった。申し訳ない」
そう告げるカリオの耳がしなしなと前に倒れた。
カリオの言葉を聞いて、クラスの女子たちの視線が和らいだ。
「分かったわよ。そこまで言うならあの時のことは許すわ。これじゃああたしの方が悪役みたいだし」
それを聞いたカリオの耳が垂れた状態から元に戻る。
「ありがとう……」
「あなたも同級生なのね。よろしくね」
あたしはそう言って右手を差し出した。
カリオも右手を出し、あたしたちは握手した。
「やあ、すばらしい和解だったね。ボクがこの和解の立会人になろう!」
「あなたは!」
突然あたしたちの傍らに立っていた赤毛の少年に気づく。
カリオに気を取られていたとはいえ、この距離まで接近を気取らせなかった時点で、この少年も相当
「ほら、また会えたね。ボクはコウ・クズリュウ。これからヨロシクね!」
コウは多少の暑苦しさを含んだイケメンスマイルをこちらに向けた。
「ウィン・ヒースアイルよ。あなたの言ったとおりになったわね。よろしくね。ところで……」
「どうしたんだい?」
「コウ、あなたジンさんていうお兄さんが居なかったかしら」
「キミは……ジン兄と知り合いなのかい?」
なぜかコウの顔色が突然悪くなる。
「いちど働いてるときに話したことがあるだけよ」
それを聞いてコウが安堵の表情を浮かべた。
「ジン兄はちょっとだけ厳しい人でね。ボクの一番上の兄さんだよ。優しい人なんだけどね」
「そうなんだ?」
そんなことを話していると、アイスプラチナブロンドの髪をした少年が教室に入ってきた。
そしてサファイアブルーの瞳で教室を見渡すと、あたしたちの方に歩いてきた。
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