04.上でもなく下でも無く
「よお、キャリルにウィン。久しぶりだな、元気だったか?」
「おはようございます
聞いたことがある声に視線を移せば、そこにはディンラント王国第三王子のレノックス様がいた。
キャリルが挨拶を返しているが、名をレノと呼んでいるぞ。
「おはようございます、レノ様」
「様は要らないって言ってるだろ。大した家でも無いんだ」
第三王子殿下がそういうことを言ってはダメだろ。
「……相変わらずねレノ」
そう言ってから思わずため息が出た。
あたしの受け答えに満足したのか、微笑んでいる。
「それで、こいつらは知り合いか? オレにも紹介してくれ」
「ええと、こちらがカリオで、そちらがコウですわ」
「そうか、オレはレノ・ウォードだ。宜しくな」
レノックス様はそう告げて、カリオとコウに順番に握手した。
名前に関してはこのまま伏せて過ごすつもりなのだろうか。
「カリオ・カルツォラーリだ。よろしく頼むよ」
「ボクはコウ・クズリュウだよ、はじめまして
「様はやめてくれ」
「はいはい」
でも、微妙に隠せてないような気もするけど。
コウとかニヤニヤしてるけど、あれは気づいてるんじゃないだろうか。
レノックス様に対して分かってて初対面であの態度なら、多少滑ってるような軟派な態度とかも全部計算ずくかも知れないな。
他にもレノックス様が名乗った後に、明らかに視線を向けたクラスメートが何人かいた。
しばらく経つと教室に大人の女性が入ってきた。
あたしの母さんよりも若そうだ。
女性は教壇に立って、しばらくあたしたちを観察して何か手元にメモしてから口を開いた。
「はい皆さん! これから今日の説明をするので、自分の席に着いてください」
あたしたちが席に着くと、女性は「おはようございます」と言ってから話を始めた。
「ワタシはディナ・プロクターといいます。皆さんのクラス担任をします。これからよろしくお願いします!」
『よろしくお願いします』
「うん、いい返事ね。今日の予定ですが、これから入学式を行い、その後にこの教室に戻ってホームルームを行います。それが終わったら今日は解散になります。入学式は体育館で行いますが、入場の仕方を説明しますね――」
あたしたちの教室での席順は名前順になっているらしい。
先生は入退場の手順を説明してから質問が無いかを確認したけれど、特に誰も手を上げなかった。
「それじゃあ今から十五分ほど休憩にします。休憩の間にトイレを必ず済ませておいてください。その後入学式が始まります。はいそれじゃあ皆さん休憩!」
そう言ってからディナ先生は教壇を降りた。
「コウ・クズリュウ君、ちょっといいかしら」
「はい、なんでしょう先生」
「事前に頼んであった件で――」
コウは何やら先生に呼び出されて話し込んでいた。
入学式は無事に進んでいる。
最初に学長の挨拶があった。
拡声の魔法が使われているのだろう、体育館のステージから声が通っていく。
「みなさんこんにちは。学長のマーヴィン・ヴィンセント・テルフォードです。新入生の皆さんの入学を歓迎します。さて、この王立ルークスケイル記念学院はその名前の通り、王家が運営母体となっている学校です――」
マーヴィン学長は、この学校は王家の財源で運営されているけど元々は税金だと話し始めた。
税金は皆が払っているから、学院の生徒になったからには国のためになるように勉強してほしい。
でも国のためといっても、誰かのために何かをなすときには、学生諸君は身内とか親しい友人とか大切なひとの顔を思い出すはずだ。
だから君たちは、この先なぜ勉強するのかと思ったときは、大切な人の顔を思い出して欲しい。
それが君たちの力になるはずだ――。
そういった内容のことを、落ち着いた口調で話していた。
その後新入生代表の挨拶になって、コウが呼び出された。
こういう代表の挨拶って主席がやるんだろうけど、コウが主席なのか?
彼は前に出るとゆっくりと礼をし、気負った様子も見せずに話始めた。
「皆さんこんにちは。ボクはコウ・クズリュウと申します。ボクたち新入生は入学の日を迎えましたが、これでようやくスタートラインに立ったと思っています。ボクはやりたいことがあったから、学院に来たのです。その半分は、友だちをつくることです。特に先輩がた、女の子たちと友だちになるいい方法があったら是非教えてください!」
そこまで言ってから式場を見渡して一瞬タメを作ると、在校生の席から笑い声や『俺にも教えろ~』といった声が複数上がる。
「そう、そして残りの半分は強く賢くなるためです。なぜなら、その方がモテるから!」
そこで再びコウはタメを作るが今度は保護者もふくめて笑い声が上がり、女子の先輩から『ガンバレ~』などという声が上がる。
「ボク程度が考えているのはその位のことなんです。勉強ができるから偉いワケでもないでしょう! たとえば農家のおじさんは学院の先生に魔法や教養で勝てないかも知れませんが、今日食べる小麦を作ってくれています!」
コウは式場をゆっくりと見渡してみせるが、今度は声を上げる者はいなかった。
「自分の中に成し遂げたいなにかがある。そのためにみんな、学院で勉強をしているんだとボクは思う! だから新入生のみんな、上でもなく下でも無くて、前を見よう! 成し遂げたい何かのために前に進もう! そして願わくば先生がたと先輩がた! どうかボクたちが前に進めるようお手伝いください! よろしくお願いいたします!」
そこまで喋ってからコウは、ゆっくりと礼をしたあと、拍手の中を席に戻るとき
その様子を見たんだろう、また笑い声や女子の先輩の『カワイイ~』といった声が上がった。
途中で止められることも無かったから、学院側としてはセーフなんだろう。
事前には、ライバルと言われる王都ブライアーズ学園が自由を至上とすると聞いていた。
だから王立ルークスケイル記念学院はけっこう規律とかうるさいのかと思ったが、必ずしもそうではないのかも知れない。
あと、あたし的には少しばかりコウの評価がアップした。
うん、あれは天然とかじゃ無い。
内容も態度も反応も効果も、すべて計算ずくでやった挨拶だったよね。
そういう目から見れば、ちょっと面白かった。
入学式も無事に終わって教室に戻り、ホームルームが始まった。
「それでは、改めてこれからよろしくお願いします。このホームルームでは簡単な連絡事項を伝えて、今日はそれで解散になります。明日以降授業が始まりますが、教科書や文房具は忘れず持ってきてください。よろしいですか?」
『はい』
「ふふ、いい返事ね。そういう返事、先生は大切だと思います。さて、これから一週間の時間割をくばるので――」
そんな感じでホームルームは進み、あっさり解散となった。
受け取った資料を【
「ウィンはこのあとどうしますの?」
「あたし? えっと、父さんと母さんに合流してお昼に行こうかなって思ってるわよ」
「でしたらわたくしたちと一緒にお昼に参りませんか?」
「別にいいわよ。父さんたちも何も言ってなかったし」
そうしてあたしたちは講義棟を出て待ち合わせ場所の講堂前の広場に向かった。
父さんと母さんの他に、ウォーレン様とシャーリィ様が居た。
あとはお付きの人が二人か。
「やあウィン、改めて入学おめでとう。キャリルやロレッタと、これからも仲良くしてやって欲しい」
「ウォーレン様、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
「うん。それでウィン、キャリルに聞いているかも知れないけど、この後みんなで昼食に行こう。いい店を用意してあるんだ」
「ありがとうございます」
「いいんだ。――正装をしているブラッドとジナなんて珍しくてね。こんな時でも無ければいっしょに行けないからさ」
「あはは、そうかも知れませんね」
そしてあたしたちはティルグレース伯爵家の馬車で、商業地区の高級料理店に向かった。
店に到着すると、そのまま個室に案内される。
地球の料理でいえばフレンチに近い料理のフルコースが準備されていたが、ディンラント王国の南の国、フサルーナ王国の料理らしい。
「それでキャリル、クラスに面白そうな子は居たかい?」
乾杯もそこそこに、シャーリィ様が口を開いた。
「事前に分かっていたとはいえ、レノックス殿下がおりましたわ」
「“レノ・ウォード”って名乗ってましたね。しかも“レノ様”って呼ぶと『様は取れ』とか言ってましたよ」
あたしがキャリルの言葉に補足する。
「ああ、そのあたりの話は我が家にも来ていたんだ。ねえあなた」
「警備上の理由だとかご本人の希望だとか、色々ひっくるめてそうなったらしいよ」
シャーリィ様にウォーレン様がうなずく。
「そういうことなんですね」
でも分かる人にはわかると思うんだけどな。
「入学式の新入生挨拶にしても、主席で挨拶するのを次席に譲ったみたいだし、顔を出したくないみたいだ」
「王家の気質かしらね。他国の昔の史学者が“金持ち喧嘩せず”と評したことがある家なのよねぇ」
ウォーレン様からの情報に、母さんが妙に納得した表情を浮かべる。
「え、じゃあコウ・クズリュウ君は次席入学者だったんですか? 同じクラスですけど」
「なかなかあいつは見所があるよな。クズリュウ家っていえば王国南部の高名な鍛冶屋の家だが、挨拶は面白かった」
「しかもあの挨拶、計算ずくっぽいのが太いわよねー」
父さんの言葉に思わず本音が漏れるが、みんなには笑われてしまった。
「それにしても主席と次席が同じクラスなのね」
「ウィン、学院は試験の成績順でクラスが決まるんだ。君だってお仲間なんだよ」
「そうですわよ。わたくしとウィンはここからさらに伸びていくんですわ」
「ウィン……手を抜くのはダメよ? 分かってるわね?」
シャーリィ様とキャリルの言葉に加え、母さんからのプレッシャーも混ぜられた。
やばい、またやぶ蛇だったのか?
あたしは話題を逸らそうとする。
「ええと、クラスメートに獣人の子が何人か居たんですけど、その子たちも入試の成績が良かったんですかね?」
「恐らくその獣人の子たちは親が何らかの形で王国に縁があるんだろう。共和国の政治家や外交官、商人、いずれにせよ名家の子供だと思う」
ウォーレン様が説明してくれたが、まさかカリオはどこかのお坊ちゃんだったのか。
微妙にあたしのなかでモヤモヤ感が増しながら、みんなで昼食を味わった。
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