11.ポイってしたくなったら
聖塩の祝祭が終わると、魔法を使ってあっというまに街の中はキレイになった。
それからしばらくの間は聖地への巡礼という名目の観光客が来ていたが、十日ほどして妙なことが起きた。
光神様の石像や木像などで、一晩にして変化があった。
像の額の部分に、謎のマークが勝手に彫られていたのだ。
マークの形はあたしの日本での記憶の中にある巴紋に似ていたが、三つの勾玉ではなく四つの勾玉からなっているので四つ巴紋だろうか。
「教会の石像だけならいたずらの可能性もありましたが、調べてみたらどうやら街なかの全ての石像や木像に突然刻まれていたらしいんですの」
「なんだかブキミね」
キャリルの言葉にあたしが応じる。
「そうですわね。お父様も領内の情報を集めていますが、各所で起きているみたいですわ」
「勝手に現れたのが誰が起こしたかによって話が変わりそうね」
「人間にこれだけの範囲で同時に狙って起こせるのかといえば、あやしいですわね」
「そうなのよね」
久方ぶりに伯爵邸でキャリルの側仕え補佐に行って応接室で過ごしているとき、そんな話をした。
夕食のときにそれを話題にすると、父さんが口を開いた。
「どうにもこの国だけの話じゃないみたいだぞ」
「大陸全体で起きてるってことなの?」
「冒険者ギルドが自前の魔導通信網を使って情報を整理しているみたいなんだが、ヘタをしたら海を越えた別の大陸でも起きてるかもしれないそうだ」
「それって大丈夫なの?」
「お母さんもちょっと直ぐには思い出せないのだけど、数百年前に似たような出来事が起きた記録があったはずよ。どの本で読んだのだったか覚えていないけど」
あたしと父さんのやり取りに母さんが横から入ってきた。
書籍収集が趣味なだけあって妙な知識を持ってるな。
「お母さんが直ぐには思い出せないってことは、恐らくは危険な出来事では無かったんじゃないかしら。あくまでも私がそう思うだけだけれど」
アルラ姉さんが微笑んで告げた。
確かに母さんなら、ヤバい出来事だったならもう少し情報をおさえている気はする。
「冒険者ギルドや国もそうだけど、何より国教会が動くのじゃ無いかしら。なにせ自分たちの商売を行う店先で起きたようなことじゃない?」
そう言ってイエナ姉さんが笑った。
姉さんの言葉に家族みんなが妙に納得していた。
あたしは次の日の午後、時間ができたので教会に行ってみた。
ソフィエンタと連絡が取れれば何か分かるかも知れないと思ったのだ。
祭壇の前に立って胸の前で指を組み、あたしがソフィエンタに呼びかけるとすぐに返事があった。
「ウィン、こんにちは。あなたが来た理由はだいたい察しがついてるわ」
「ソフィエンタ、こんにちは。光神様の像に妙なマークが出てきたんだけど」
目を開けるとそこは白い空間で神域だと分かる。
あたしの前に立つソフィエンタは薄い色のスキニージーンズにワークブーツを履き、上はTシャツにスカジャンをユルく羽織っている。
Tシャツの正面には、漢字で“自縄自縛”という四字熟語の墨書きをペイントしてあった。
なにかのヒントなんだろうか。
一瞬そのラフな格好に、女神のドレスコードとかこれでいいのかと思うが、気にしないことにする。
「そうね。結論からいえば何も問題ありません」
「そうなんだ」
「ちょっと神々の問題でね、詳しいことは伝えられないの。――でも安心して、直ぐに教会から布告があると思うから」
「どういうこと?」
「あなたが暮らす時代から約八百年前に地神に似たようなマークが出たの。その時はむしろ結果的に人類にいい影響が出たわ」
「ふーん?」
「それよりも、……ついでだけど、ウィンには言っておきたいことがあったの」
「なに?」
「ミスティモントの街で奇跡が起きて、それをきっかけにあなたは貴族と縁を得たわ。そのことでこの先めんどうなことに巻き込まれるかも知れない」
「……そうなの?」
「未来は確定していないけれどね。それで、覚えておいて欲しいけど、全部投げ出してポイってしたくなったら、あなたは一旦故郷に戻りなさい」
「それは命令?」
「ただの忠告というか、おせっかいよ。正直にいえばあなたは結局どんなことでも何とかするでしょうけど、頭の片隅に置いておきなさい」
「分かったわ」
「教会や聖地なんかはセーブポイントとはいかないけど、あたしとの秘匿回線が開く場所よ。悩み事があったら迷わず来なさい」
「ありがとう」
「現実に戻すから、目を閉じなさい」
「はーい」
「それじゃあね」
ソフィエンタの言葉にあたしが手を振って目を閉じると、他の参拝者の足音などが聞こえてきたので目を開く。
「薬神様の駆け込み寺、ってわけでもないだろうけど……」
何となくソフィエンタの言葉を思い出しながら、あたしはまだ確定していないという未来へと想いを馳せた。
それから数日後にディンラント王立国教会が動いた。
周辺諸国の教会組織と連名で、今回の現象を光神様の奇跡だと異例の速さで認定した。
ソフィエンタからの説明の通り、八百年ほど前に世界中の地神の像の額に同様の紋様が突然現れたそうだ。
それから百年ほどは地神の加護を持つ者の魔力が増し、世界の発展に寄与したらしい。
ただ、その期間は地神の加護持ちが非常に少なくなった記録もあったようだ。
「“光神様の活動期”ねぇ。冬眠あけのクマじゃ無いんだから、もうちょっと名前を考えればいいのに」
「でもさ、天変地異とか魔神の復活の前兆とかじゃなくて良かったよ」
今日あたしはまたリタの家の屋台を手伝っている。
祝祭は終わってしまったが巡礼客はそれなりの人手が続いているのだ。
「魔神の復活? ってなに?」
「外国の古いおとぎ話みたいだよ。父ちゃんがお客さんから聞いたみたい」
「ふーん。そんな神様いるのかねぇ」
「分かんないけどね」
そしてあたしはリタと肉串を焼いて過ごした。
季節も進んで秋になった。
いまあたしは家の庭でアルラ姉さんと向き合って立っている。
互いに手を伸ばせば手のひらが触れる距離だ。
「それじゃあ二人とも構えて」
少し離れた位置から母さんの指示が入る。
あたしと姉さんは少し膝を曲げて腰を落とし、互いに右手を伸ばして軽くヒジを曲げた状態で手のひらを合わせた。
空いている左手は拳を握りこまずに左の腰に添えている。
「今日は最初の攻め手はアルラからにするわ。始めなさい」
姉さんはまずあたしの顔の前に左の手の平を打ち出すが、立ち位置は変えない。
打ちこむ位置は決まっていない。
攻め手の気配を読んで、受け手が手の平で受けるトレーニングだ。
あたしは姉さんの出された手に合わせて自分の左手を打ち出し、あたしたちの中間地点で二人の手のひらがぶつかってパンッと音を立てる。
直後に姉さんは右手のひらを腰のあたりに向けて伸ばすが、あたしも右手の平を伸ばして当たり、再びパンッと音がする。
初めはゆっくりと、だが次第に速度を上げる。
やがてリズムを変えたりしながら、姉さんとあたしは手の平を打ちあわせ続ける。
「はい、攻め手をウィンに交代ね」
数分経ってから、母さんの指示が飛ぶ。
「いつも通り、強さではなく速さを意識しなさい」
こんどはあたしがアルラ姉さんに手の平を打ち出す。
先ほどと似たような流れで、あたしたちは手の平を打ち合う。
さらに数分経ってから足元に地属性の魔法である【
「はい、攻め手をアルラに交代して、いつものように円を出ないように二人で左方向に回転しながら続けなさい」
そしてあたしたちは手の平を打合せながら円の中の立ち位置を移動させる。
リズムと速度を変えつつ続け、攻め手を交代した後に逆方向でも同じように回転しながら行った。
いつもの朝のように休憩せず半時間過ぎる程度行ってから、母さんがやめるよう指示を出した。
同時に母さんは【
「アルラ、疲労度はどうかしら?」
「まだ回復しなくてもやれると思うわ」
母さんが訊いてくるけれど、確かにあたしも姉さんも呼吸の乱れはない。
姉さんは去年の秋ごろから始めたから、そろそろ一年になるか。
「姉さんも初めに比べて逞しくなったよね」
「試験対策だから仕方ないのよ。体力を付けないと」
「そうね。姉さんのばあい魔力制御があたしと比べて段違いだし、基礎体力をどんどんつければ身体強化ですごいことになるよ」
「うふふ、ありがとう」
「じゃあ、お母さんはアルラの
杖術というのは杖を使った近接戦闘術だ。
一般人のあいだでは護身武術として知られていて、姉さんはロレッタと一緒に領兵から基本動作や型を学び、二人でスパーリングをしている。
だが通常の杖術でも槍や剣などを捌く技があり、魔力を込めれば打撃・斬撃・刺突技を高威力で出せる。
このことから、魔力が高い人が習う武器としてはポピュラーなものとされているみたいだ。
そして母さんは、自分の目でアルラ姉さんの仕上がり具合をチェックしている。
「薪は何本使おうか?」
「もう三本までは回せるから、四本をやってみなさい。まだ無理そうなら三本で練習ね」
「分かったわ」
あたしは倉庫の端から細めの薪を探して四本取ってくる。
そして内在魔力を制御して全身に行きわたらせた後、両手に二本ずつ持った薪に魔力を通わせる。
その状態でジャグリングよろしく薪を回転させながら四本同時に自分の前面上空に放り投げた。
魔力の繋がりを絶やさないようにそのまま薪を覆う魔力を補充して、空中での回転を維持する。
「よーし、ここまでは順調」
ここまでは、まだ本数を増やしてもできるんだよ。
あたしは魔力を制御して、回転しながら宙に浮かぶ四本の薪を、縦方向の円の軌道で大きく移動させはじめた。
「ぐぬぬぬ……」
かなりゆっくりではあるが、回転する薪は円の軌道で空中を移動していく。
自転する薪がタテ方向の軌道で公転するようなかんじというか。
とりあえず、かなり遅い速度でならこの状態は維持できそうだった。
「ウィン、りきんでやるのはダメよ。そうなるくらいなら三本でやりなさい」
「……だいじょう、ぶ」
そうしてあたしとアルラ姉さんは、いつもの朝のように母さんにトレーニングをつけて貰いながら午前中を過ごした。
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