12.少し疲れちゃったの
季節はどんどん移っていく。
暦の上では十月に収穫祭があってミスティモントの街は喧騒に包まれたりしたけれど、基本的には穏やかで平和な時間が過ぎていった。
そして十二月の後半になった。
風の中に時おり雪が舞うが、それほど積もってはいない。
ディンラント王国でも年末年始は仕事を休む商家が多く、学校も年をまたいで冬休みになったりする。
かつてあたしが日本で経験したような年末年始とは少し違うけれど、年越しの時期は家族で静かに集まって過ごす家が多い。
それでも今回の年越しはアルラ姉さんの受験が新年早々にあったので、十二月のうちから王都を目指した。
移動には父さんが同行することになっていたけど、数年後にはあたしも受験するので付いていくことになった。
受験するのは姉さんがロレッタと約束した、王立ルークスケイル記念学院の特待生試験だ。
「それじゃあ行ってきます」
「「がんばってね!」」
「気をつけてね。気楽にやりなさい」
アルラ姉さんと、イエナ姉さん、ジェストン兄さん、そして母さんとのそんなやり取りがあった。
「お爺ちゃんたちによろしくね、ウィン」
「分かってるよ」
あたしにも母さんが声をかけた。お爺ちゃん――父さんのお父さんは、王都で騎士をしている。
話によれば伯父さん――父さんの兄さんの家族も同じ家に住んでいるようだ。
他に父方の親戚には父さんの姉さんがいるのだが、王国の南部に嫁に出ているそうだ。
「じゃあ行ってくる。留守の間は頼んだ」
「ええ、行ってらっしゃい」
そしてあたしたちは幌付きの乗合い馬車を使い、領都まで二日、そこからさらに西に四日かけて王都に向かった。
幸い立ち寄る街では宿に泊まることができた。
雪原の中を伸びる街道を進む道すがら、王都が近くなったところで御者があたしたち乗客に声をかけた。
「お客さんがた、ディンアクアの石碑が見えてきたよ」
「お前たち、他の客の邪魔にならないように見てこい」
せっかくなのでかわりばんこに前の方に行って見せてもらった。
雪原の中に王都らしきものが小さく見えている。
その向かって左手の南の方に、地球でいえば高層ビルのような柱のようなものが大地から伸びているのが見えた。
「柱のようなものが見えたか? あれは“竜の石碑”とか“ディンアクアの石碑”と呼ばれる巨大な石の柱なんだ」
「はー、あれが」
「童話の“竜とお姫様”でも出てくる石碑ね」
「そうだ。石碑の根元にはディンアクアという街があって、湖に面してる」
「その湖が聖地サンクトカエルレアスだけど、ウィンは知ってるかしら」
「名前は憶えてるよ。竜の伝承と縁が深い聖地だったよね。あと、ディンアクアと王都は歩きだと半日くらいの距離よね」
そんなことを話しつつ、乗合い馬車は王都ディンルークにたどり着いた。
とくに止められることもなく乗合い馬車に乗ったまま王都の門をくぐり、あたしたちは停留所にたどりついた。
そこから王都の舗装路の上を歩くが、聞いていた通りその街並みとミスティモントの新市街の街並みは似ている造りになっていた。
そのまま商業地区を歩き、王都の北の王城の方を目指す。
王都の区画の身分による住み分けは、法律上は無いらしい。
それでもざっくり言って北に王城だとか行政機関、騎士団の施設などがある。
その南に、行政機関などに行く機会が多い貴族や文官や騎士が済む地区がある。
そこから南へと、王立国教会と各ギルドがある商業地区、平民が多く住む地区、そして学校が立ち並ぶ地区というふうに自然と別れているようだ。
「なんか戸建ての屋敷が増えてきたね」
「ああ、この辺りから城とかに勤める連中が住む地区になるんだ」
「父さんの実家がこの辺りにあるってことは、父さんて子供のころはお坊ちゃんだったのかねぇ」
あたしが呟くとアルラ姉さんは笑い、父さんは苦笑していた。
「お坊ちゃんていうよりは、その辺りの水路にぼっちゃんって感じの子供だったけどな」
「どんな子供だったのよお父さん」
「ははは、察してくれ」
軽口を叩きながら三人で歩く。
空は曇っているけれど、幸い雪は降っていない。
やがて、一軒の屋敷の前で父さんは足を止めた。
「さて、着いたな。寒いしとっとと入ろう」
「ちょっと、ここ豪邸じゃない?」
石の塀と、両開きの木の門扉の向こうには、三階建ての石造りの屋敷が立っている。
門扉には常緑樹の枝を使った新年の飾りつけがついているが、それを開きながら父さんが告げる。
「そうか? ミスティモントの家の敷地と比べたら多少広いくらいだぞ」
「多少? でも三階建てじゃん。うちは二階だし」
「王都で騎士団の役付きの家はこんなもんだよ。三世代で複数家族が暮らしたりするし」
「はー……」
「この家は使用人がいないから、まだそれほどの大きさでも無いさ。……さあ、玄関前で話し込んでないで、中に入ろう」
玄関扉の前に立って父さんがドアノッカーを叩くと、しばらく待ってから中から年配の女性が出てきた。
「母さんただいま。ほら、アルラとウィンを連れてきたぞ。お前らお婆ちゃんに挨拶しろよ」
「おかえりなさいブラッド。まあまあ! アルラもウィンも大きくなったわねぇー」
「「こんにちは、お婆ちゃん」」
「こんにちは。――さあ、中に入りなさい」
「「おじゃましまーす」」
内装には落ち着いた壁紙が使われていて、華美では無いが所々に絵画が飾られていたりする。
あたしたちは廊下からすぐに大きな部屋に移動した。
大きな暖炉や飾り気のない大きいテーブルがあるからリビングだと思う。
「父さんと兄さんと義姉さんは仕事だよな?」
「そうよ。あと、子供たちは上に居るから、そのうち降りてくると思うわ」
「ああ」
「アルラ、ウィン、あらためてようこそ。わたしはコニーよ。ブラッドのお母さんになるわ。久しぶりだから分からないと思うけどよろしくね」
お婆ちゃんはそう言って、順番にあたしたちをハグした。
よく観察すれば目元とかが父さんとそっくりで、あたしは妙に安心していた。
そのあと
姉さんの試験とその結果発表までは、あたしたちはお爺ちゃんの家で過ごすことになっている。
年明けは父さんの実家にいるみんなで祝って、それからあたしは父さんに王都を案内して貰ったりしていた。
ちなみに姉さんは屋敷に籠って教科書を眺めて過ごしていた。
あたしはいちど学院を訪ねたが、小学校とか中学校というよりは、敷地内の雰囲気は日本でいう所の大学のような感じで建物が分かれていた。
案内してくれた父さんからは「驚かないんだな」などと言われたけれど、「冬休みで学生がいないからイメージが湧かないのよ」と言ってごまかした。
そして、アルラ姉さんの試験の日になった。
父さんが馬を借りてきて、試験期間は姉さんを会場近くまで送っていった。
試験は三日間で、二日目までは筆記試験があり、三日目が実技試験を行ったらしい。
実技試験は魔法とか戦闘技法や体力の測定が行われたみたいだ。
試験期間中、屋敷に帰ってくる姉さんの表情を観察していたけれど、三日間とも普段通りだった。
最終日が終わって戻ってきたアルラ姉さんに声をかけてみた。
「姉さん三日間お疲れさま! 試験は長かった?」
「あっという間だったわよ。筆記は手ごたえがあったし、実技の方も大きな失敗はしていないと思うわ」
「そうなんだ。――そういえばロレッタには会えたの?」
「うん、会ったわよ。最終日の試験が終わった後に少し話したけれど、私と同じような感じみたい」
「そっか。……それならあとは、合格発表まで待つだけだね。待ってる間、王都でおみやげ探しに行かない?」
「いいけど、一日だけのんびりさせて。なんだか少し疲れちゃったの」
「あはは。分かったわ」
数日後の合格発表までは、父さんを案内役にして伯母さんや従兄姉たちから聞いた店を巡ったりして過ごした。
そして姉さんとロレッタの合格発表の日が来た。
姉さんと父さんと三人で学院に向かった。
門をくぐり、合格者の掲示がある大講堂前の広場に向かう。
学院行内には先日訪れた時と違って在学生たちだろう、制服を着た子供たちの姿が多くみられる。
学生たちは魔法を使って紙吹雪を撒いていたり、フルートのような管楽器を吹いている者も居る。
ちょっとしたお祭り騒ぎになっていて、多分合格者なんだろう、中には胴上げされている子供もいる。
幾つか胴上げをしている集団の中には上半身裸になってムキムキの筋肉をアピールしながら祝っている学生たちもいた。
学生だよね?
今日は初等部の合格発表だけだったはずだが、体格などからみて明らかに成人に近いような者たちもいる。
たぶん高等部の在学生なども混じって騒いでいることがうかがえた。
「ロレッタと二人で見に行こうって決めているの」
「ああ、みんなで行こう」
姉さんはそう言って、あたしたちを連れて待ち合わせ場所の講義棟の前へと向かった。
そこにはロレッタとシャーリィ様がお供を二人連れて待っていた。
「お待たせして申し訳無かった」
「ああ、気にしないで欲しい。私も楽しみにしていたんだ」
二人の姿を見つけると、父さんがシャーリィ様とやりとりをしていた。
「それじゃあアルラ、結果を見に行くわよ。覚悟はいいかしら」
「ええ、きっとどんな結果でも大丈夫よ。行きましょう」
そしてあたしたちは掲示板の前に進み、受験番号を確認した。
最初に口を開いたのはロレッタだった。
「やったわ、合格よ! アルラは?!」
あたしたちが視線を向けると姉さんは茫然とした表情をしていたが、すぐに微笑んで口を開く。
「――合格したわ。やったわ! おめでとうロレッタ! 私たち二人で合格した!!」
「「よっしゃー!!」」
あたしと父さんはそろって右拳を突き上げて叫び、シャーリィ様は当然と言った表情で頷き、お供の人たちと拍手をしていた。
あたしたちの様子を見て楽器を持った学生が数名取り囲み、トランペットで祝いの曲を吹いてくれた。
冬空の雲の隙間から陽の光が差し、あたしたちを穏やかに照らしていた。
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