10.あたしたちは友達だ


 キャリルとレノックス様が二人そろって仲良く屋台での買い食いを提案してきたので、あたしたちは市場の方に向かった。


 祭りも三日目なので、竜の木像への粉かけをうまく回避しながら市場にたどり着き、屋台が並んでいる区画に向かった。


「それで、おすすめの屋台メシはなにがある?」


「ええと、そうです……そうね。やっぱりティルグレース領はハーブの産地だから、肉類は香草焼きにしてあってどれもおすすめだわ」


「甘いものでしたら、クレープがおすすめですわね」


「肉料理なら食べやすさを含めていえば、肉巻きパンがあたしは好きかな」


 肉巻きパンというのは、地球で言うケバブサンドとか肉巻クレープに近い食べ物だ。


「よし。なら両方食べるぞ」


「賛成ですのよ」


「ちょっといいかな。二人とも、……毒見とか大丈夫?」


 あたしは二人に顔を近づけて小声で訊いた。


「大丈夫だ。そういう時は“偶然商人が通りかかって鑑定して痛んでるとアドバイスをくれる”ことになってるからな」


「分かったわ。食べよう。――どっちからにする?」


「肉巻きパンからだろ?」


「クレープですわ?」


「はいはい、めんどくさいから二人でジャンケンして。あたしはどっちでもいいわ」


 けっきょくジャンケンすることなく、クレープに決まった。


 レノックス様が折れたのだ。


「何ていうか、キャリルを立てるとか、レノって紳士だね」


「いやっ? 別に紳士でも無いぞっ?。決してそんなことは無いのだ。いや、キャリルを粗略に扱っているという意味では無くてだな。あー、そうだ、食べ物の恨みは云々というだろ」


「わたくしは食べ物のことで恨んだりはしませんですのよ」


「そうか。……何にせよ、クレープが旨いからいいだろう」


 そんなことを話しながら、屋台の近くのベンチに並んで座ってもきゅもきゅと三人で食べた。


 あたしはそれでおなかが膨れたが、キャリルとレノックス様は肉巻きパンも食べていた。


「「ウィンはもっと食べた方がいいのでは」なくて?」


 二人に揃ってそんなことを言われたが、あたしは遠慮とかじゃなくて食べられなかった。


 その後は三人で新市街を歩いて回った。


 広場とか、公開されている地竜の塩の像の保管施設に行かなくていいのか聞いたけど、二人ともすでに行っているからいいと言われた。


 生活雑貨の店だとか、花屋や書店、肉屋や八百屋、乾物屋などの庶民の生活に関わる店で、祭りでも営業しているところを訪ねた。


 あたしたちの服は微妙に粉を被っていたが、こういう祭りなので店員から何か言われることは無かった。


 夕方も近くなって、キャリルとレノックス様はティルグレース伯爵邸に戻ることになった。


 あたしは送ろうとしたのだが、二人からは断られた。


「別に送ってくれなくても構わん。それよりもウィン、今日はありがとう」


「わたくしからも感謝を申しますわ。付き合ってくれてありがとう、ウィン」


「何よ二人とも、改まって」


 人通りの多い新市街の街角で、あたしたちは話し込む。


「正直に言えばな、オレはしがらみはあるが婚約者にはそれほど困らん。だがな、ふつうの友人はオレには得難いんだ。……キャリルも分かるだろう」


「そうですわね。ウィンがマブダチでいてくれるのは、わたくしの心の支えなのだわ」


「二人とも大げさだな。でも分かったわ。こちらこそありがとう」


 そう応えてあたしは笑った。


「こういう時は、こぶしを合わせるといいのですわ」


 そう告げてからキャリルは右拳をこちらに差し出した。


 ちょっとまて。


 誰から教わったんだそれ。


 個人的に伯爵令嬢がグータッチをするのはどうかと一瞬思ったが、友情の証という意味と自分を納得させて、あたしも右拳を出した。


 そしてレノックス様も右拳を出して、あたしたちはグータッチをした。


「オレたちはずっと友だ」


「分かっておりますわ」


「分かったけど、あんがいレノはひょいっとキャリルと結婚しちゃったりしてね」


「な、何を言ってるんだウィン! オレとキャリルが結婚するとは限らんだろう。――あ、いや、もちろんキャリルが嫁にふさわしくないとかそういう意味では無くてだな」


「分かってるよレノ、キャリル。あたしたちは友達だ」


 あたしは笑いながらそう告げて、手を振って二人を見送った。


 その後、新市街の広場に向かい、【風のやまびこウィンドエコー】を使って家族に合流して、みんなで竜の木像を燃やすのを見てから家に帰った。




 神々の街の自宅リビングで、光の神格であるハクティニウスはソファに座って空中に浮かぶモニターを眺めていた。


 モニターには惑星ライラのミスティモントの街で、新市街の広場を使って木像を燃やしている映像が流れている。


 広場は祭りらしい喧騒がみられたが、その中の聖職者たちの一団には、ふだん自分を贔屓にしてくれている者たちの姿があった。


 ただし、祭りの初日にあった彼らの髪は剃り上げられ、全員スキンヘッドになっていたが。


 眠そうな表情のまま少年の姿で膝を組んで眺める様子は、ある種無関心そうに映像を観察しているだけのようにも見えた。


 だが――


「ひどいことにならなくて良かった。……そうだなあ……たまにはぼくを推してくれてる子たちのためにも、ちょっとは調べ物、、、を進めようか……」


 彼がそう呟くと、空いたソファには七人の分身が現れた。


 ハクティニウスは自分の眼前のモニターを空中から消して呟く。


「せっかくだし……あの子たちの情報を使おうか」


「「「「「「「うん」」」」」」」


「それじゃあ、あの子たちのコーザル体からカルマベクトルを解析して……。この前の光量子演算をモナド界の疑似領域でサンドボックス化したうえで実行ね……。それに並行して、あの子たちの上位霊体の九次元換算した数値情報を今から渡す関数で神体鍵に変換して解析結果と統合してくれるかな……」


 ハクティニウスがそう呟くと、分身たちの目の前に白い光の珠が出現し、分身たちの眉間に吸い込まれた。


 分身たちはそれぞれ異なった姿勢でだるそうにソファに座っていたが、それぞれの目の間の空中にモニターが現れた。


 モニターではスキンヘッドの人物が映し出されたが、七人全員別の者を担当しているようだ。


 画面はすぐに変化し、人物はモニターの中で光る人物像に変わった。


 そしてその頭部から九本の糸が螺旋を描きながらモニターの中で伸びていき、人物像は全て糸に変わり、直ぐに画面は光の螺旋が揺らめく画像に変化した。


 それほど時間も経たずにモニターの中で光は収束し、その中央には鍵が表示される。


 すると分身たちは無造作にモニターに手を突っ込んでそのカギを握って取り出し、ハクティニウス本体へと放り投げた。


 それはほぼ同時だったが、七本のカギは本体の前の空中に並んで浮かんでいた。


 直後に分身たちは本体へと手を振ったりサムズアップしながら虚空に姿を消す。


 ハクティニウスは指先に白い光の珠を作ると、その中に七本のカギは吸い込まれた。


「これでどこまでいけるかな……」


 そう呟くと改めて自分の前にモニターを出現させた。


 その中には線画で描いたブラックホールのような、内部に向かって空間が落ち込んでいく画像が表示される。


 ハクティニウスは人差し指を微妙に動かすと光の珠がモニターに飛び込み光点として表示され、それが線画で描かれた穴の奥へと向かっていく。


 モニターの右下あたりにパーセンテージ表示で数値が示され、その値は増加していく。


 やがてその数値が百パーセントになると、モニターの中で光点は線画の穴の底を通り抜けた位置で明滅していた。


「ありゃ……こんなにあっさり通過するとはね……。ようやく正解を引いたか……」


 ハクティニウスがモニターをじっと眺めると表示が切り替わり、広大な図書館の内部の映像が示された。


「アカシックレコードまではこれで入れるようになったね……。正規の管理鍵を複製しておこうかな……」


「なかなか慣れた手並みじゃったのハクティニウス。じゃが不正アクセスは認められんのう」


 ソファの後ろからよく知った声がしたので、ハクティニウスはぎぎぎと錆びついた音がしそうな様子でゆっくりと振り返った。


「創造神様……」


 彼の後ろには白いスーツを着た、白髪に白髭の創造神が立っていた。


 その姿は穏やかに白く光っている。


 創造神を前にして、ハクティニウスは滝のような汗を浮かべながら、ぷるぷると震え始めた。


「余罪やお主と邪神群の関連などを調べねばならぬし、動機やもろもろを聞きだす必要がある。ちょっと付き合ってもらうぞ」


「はい…………」


 そして二柱の神はハクティニウスの自宅から移動した。




 そういった出来事があったことを、あたし――ソフィエンタは神々の街の喫茶店で聞いていた。


 その場に居るのはあたしと、最近の女神会の固定メンバーになりつつある三柱の女神たちだ。


「そういう訳で、ハクティニウスにはペナルティが発生しました」


「けっこう重い処分だったりします?」


 タジーリャ様にクリステロミリアが問う。


「手は足りないので担当は変わりませんが、封神紋により業務に関係ない百万年分の記憶を封印されることになりました。期間は百年です」


「「「あー……」」」


 過去には同僚だと地の神格のテラリシアスが、他の宇宙担当の神に誘われて“宇宙筋肉祭り”とかいう謎のバトルイベントに参加して大暴れし、連座で封神紋を刻まれたことがあった。


「加えて、ハクティニウスには相対時間で十万年分の違反者研修を実施済みです」


 それを聞いてあたしたちはごくりと唾を飲んだ。


 ここでいう違反者研修というのは、特殊な空間で行われる神としてのトレーニングみたいなものだ。


 現実時間では時間経過が無いが、内部では任意の時間を過ごせる特殊な空間で行われる。


「そ、それでも意外と軽いペナルティでしたね」


 ビオフィーニアが告げるが、タジーリャ様の表情はすぐれない。


「初犯ということで軽い処分になりました。でも私も監督者責任ということで巻き込まれたんですよ」


「「「あー……」」」


「そ、そういえば、封神紋って通例だと眉間に付けられますよね」


 あたしは気になったことがあったので、この場で聞いてしまうことにする。


「そうですね。今回は私とゼフィーナスタ、アタリシオス、ウィーナシリアが封に立会いました。通例の四柱の神格なので、四つ巴の紋が眉間に刻まれています」


「それ、因果律の関係で惑星ライラにも影響が出ますけど、どうしますか?」


「うーん……知らないふ……ゲフフン、確かにハクティニウスの石像などに変化が出てしまいますが、その辺はもうそれぞれの現場担当の神の判断に任せましょう」


「あ、分かりました」


 知らないふりって言おうとした気がするが、いちおう空気を読む。


 同時にあたしは、こいつ現場にぶん投げやがったななどと考えていた。

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