09.願いを込めていまここに叫べ


 光神様を奉じると自称した連中が、揃って魔法を使った。


 あたしが知らない魔法だったが、発動直後にまばゆい光線が広場中央の舞台へと発射された。


 だが、ステージは半透明の半球で覆われ、それに防がれて光線が中央まで通らない。


「ちょっと、この状況で魔法攻撃とかヤバくない?」


「ウィン落ちつけ。あの防御魔法は竜魔法だ」


 父さんが落ち着いた様子で告げる。


「竜魔法?」


「ディンラント王家の血を引くものは貴族を含めて“竜の因子”を持つそうだ。その血が濃い者は竜魔法という特殊な魔法を使うんだ」


「王家の血……」


「一見派手だけど、光属性魔法を使った連中も本気の攻撃じゃなさそうね」


「ああ、見た目重視で光を収束させてない。まあ、見物していよう」


 割と冷静な表情で母さんが告げると、父さんがうなずいてみせた。


 あたしは広場の出来事に見入った。




 程なく光属性の魔法による光線は収まり、それに伴って竜魔法による防御の半球も姿を消した。


「双方そこに直れ。王家の名において命ずる、この広場に集まった者のこの場での攻撃魔法の使用を禁ずる。また、広場に居る者は“警備の者を含めて全員”その場を動くな。これは王命と等しいと思え」


 少年の声が拡声魔法で広場に満ちる。


 彼は王室の公式行事用のローブを羽織っている。


 その姿は気品を感じさせ、やや青みがかったプラチナブロンドとサファイアを思わせる青い瞳が美しさと峻厳さを人々に感じさせた。


「私はディンラント王国第三王子レノックス・アーロン・ルークウォードだ。王の名代としてこの場にいる。祝祭開始の宣言式の手順もすっ飛ばして、いい大人たちが何をやってるんだお前らは……。はー、えーとあれだ、名も分からんがそこのお前」


 そう告げてレノックス王子は、教皇相手に叫んでいた男に言葉を掛ける。


 男は固まって直立不動になっている。


「はいっ」


「お前を含め、この場にて魔法を放った者たちよ。祝祭というハレの日であることや、薬神様およびお前たちが奉ずる光神様のご威光に免じて、一度だけはこちらに攻撃魔法を放ったことを完全に赦す。……一度だけだからな」


「は、はいっ」


「さて、王家でも国教会が調べた内容は時間をかけて詳しく調べた。その結果、ディンラント王家として、今回の奇跡が薬神様によるものと決定している。だから、お前の異議はこの国としては認められない」


「はい……」


「ただな、教皇よハトがスペアミントを会議に持ち込んだのだったか?」


「そうでございますな、殿下」


「高位の鑑定で“薬神に祝福された薬草”と確認されたものが、奇跡と聖地の認定会議にもちこまれた。この意味をよく考えるべきだ、この前のめり野郎」


「は、はい」


「私は説法など難しいことは分からん。だが、神はたしかに私たちを見ているんだ。お前らが熱心に信じる光神様も、お前たちを見ていると私は思う」


「……」


「だから今は、光神様が世に光をもたらすごとく、広い心を皆に示せ」


 そう言ってレノックス王子は男に微笑んだ。


 それを受けて、男はうなずいて口を開く。


「分かりました殿下!」


「とりあえずこの頭でっかち共は、各地の教会で現場に立たせて徹底的に叩きなおすかの……徹底的に……」


 男が返事した直後に教皇が呟いた言葉が広場に流れた。


 教皇の呟きを聞いていたのか居なかったのか、レノックス王子が口を開く。


「さて、王家の名において、引き続きこの場での警備以外の攻撃魔法の使用を禁ずる。だが、広場での自由な移動は再開することを許す。――教皇よ、続けてくれ」


「見事な差配にございました殿下。――それでは、少々派手な異議申し立てがあったが、他にはミスティモントを聖地とすることに異議がある者は居るであろうか」


 そして、広場には長い沈黙が満ちる。


 重苦しささえ感じるその静けさに、教皇はひとつ頷いた。


「沈黙を以て異議はないと判断された。殿下、お願いいたします」


「分かった。改めて名乗るが、私はディンラント王国第三王子レノックス・アーロン・ルークウォードだ。王の名代として告げる。ミスティモントは薬神様による奇跡が成されたと判断され、これによりミスティモントは聖地と認定された」


 先走った者が拍手を始めるが、レノックス王子は手を上げてそれを制する。


「ミスティモントが聖地となったことで、この地に住まう者やディンラント王国の全ての民に末永く幸いをもたらされることを願う」


 また拍手があるが、レノックス王子が挙手で制する。


「ミスティモントを聖地と認める者よ! この地と王国の永き繁栄を願う者よ! その全ての願いを込めていまここに叫べ! 神々に感謝を!」


 『神々に感謝を!』


 新市街の広場には群衆の叫びがとどろき、あとは拍手と喝さいと足元を踏み鳴らす音が響いた。


 そして、聖塩の祝祭が始まった。




「あれであたしやキャリルと同い年なの? すごいしゃべり慣れてるよね」


 あたしがレノックス様に感心して思わず呟くと、父さんが応じた。


「王家は三人男子が続いてるけど、全員が聡明だって言われてるな」


「あれはヘタな大人よりも人間ができてるとあたしは思うけど」


「殿下をあれ呼ばわりしちゃダメよウィン。この国では不敬だと騒ぐ人はほとんどいないけど、マナーがなって無いってバカにされるから覚えておきなさい」


「う……、はい」


 やがて聖塩騎士団が隊列を組んで道を作り、貴人の集団は広場の中央の舞台から離れていった。


 この後はミスティモントの街で、聖塩の祝祭が行われる。


 具体的には、街の色々な場所に荷車に乗せた地竜の木像を引く市民が現れる。


 それに向けて、塩や小麦やパンくずなど白い粉末と卵を投げつける祭りを、三日間行うことになっている。


 最終日の夕方には地竜の木像を新市街の広場で燃やして、祭りの締めにするらしい。


 あたしは家族と共に広場から新市街の市場に並ぶ屋台へと買い食いに移動したのだけれど、早々に粉かけの集団に遭遇した。


 アルラ姉さんが迂回しようと言ったのだが、父さんが祭りだからとそのまま集団に突っ込み、家族一同粉まみれになった。


 街の行く先々で粉と卵の投げ合いがあり、ミスティモントの街は笑い声で満ちた。




 祭りの二日目は、あたしはリタたちと街をうろついて過ごした。


 二日目になっても壮絶な粉のかけあいが繰り広げられた。


 街なかを引かれる竜の木像の近くでは誰かれ構わず粉がかけられたが、汚れていない人は粉を塗りこまれるように重点的に狙われた。


 適当なところでデニスとカイルが他の悪ガキどもと集団になって街に消えたので、あたしはリタと屋台巡りをして過ごした。


 さすがに屋台の営業を邪魔をするのは暗黙のルール的に避けられたので、屋台の近くで過ごせば安全だという理由もあった。


 それでも移動中に巻き込まれたけど。


 そして祭りは三日目の最終日になった。


 父さんも母さんも付き合いで出かけ、あたし以外姉さんたちもそれぞれの友だちと遊びに行ってしまった。


 どうしたものかと思いつつ街なかを歩く。


 三日目ともなると粉かけの勢いは多少は落ち着いている。


 それでも服には粉をかぶってしまった。


 多分これで【洗浄クリーン】など使ったら、重点的に狙われるのは分かっているのでそのままにしているが。


 ふと祭りの締めに木像を燃やすという新市街の広場が今どうなっているか気になったので足を向ける。


 そして道すがら、知り合いに声を掛けられた。


「あらウィン、こんにちは。祭りを楽しんでおりまして?」


 そこにはキャリルがいた。


 お忍びのときに羽織るみすぼらしい色のローブに、盛大に小麦粉をぶっかけて汚してある。


「キャリルじゃない。こんにちは。こんなに人が多いのにお忍び大丈夫?」


 あたしは顔を寄せて小声で話しかける。


「だいじょうぶですわ。お客様の希望もあって、街を案内しておりましたの」


「お客様?」


 視線を傍らに移すと、あたしたちより少し背が高めの人物が粉で汚した濃い色のローブを羽織り、フードを被っている。


「よお、お前がキャリルのマブダチっていうウィンか。オレのことはいまはレノって呼んでくれ」


「ちょ……」


 フードの奥のサファイアブルーの瞳に、フードから少しばかり伸びるアイスプラチナブロンド、何よりその声が先日広場で聞いたレノックス王子のものだった。


 反射的に周囲の気配を探るが、護衛の気配は感じられなかった。


 ただ、伯爵邸で見かけたことがあった人が何人か路上に散らばっていて目礼してきたので、こちらも軽くうなずく。


 あたしは一瞬眉間をおさえた後に再起動し、口を開く。


「こんにちはレノ様」


「レノだ。様を取れ」


「レノ、こんにちは。ウィン・ヒースアイルです」


「ああ、よろしくな」


 そう告げてレノックス様は鷹揚に握手を求めてきたのでその手を握り返した。


「よし、お前は合格だ」


「どういう意味です?」


「色々と空気を読めるのはいいことだ」


「はぁ」


「それでウィン、あなた一人で歩いていますが今日のご予定はありますの?」


「いや、特になくて広場の様子でも見に行こうかと思ってたのよ」


「オレも初回の祝祭の街なかを見ておきたくてな。せっかくだから一緒に来ないか?」


「いいんですか?」


「ウィンなら歓迎ですわよ」


「じゃあ決まりだな」


 そしてあたしは、何となく買い付けられた子牛の気分で二人に付いて歩くことになった。


 いやまあ、気さくそうな王子だから礼儀作法とかは正直気にしていない。


 それはいいのだがキャリルもいるし、祭りの人混みの中で万一襲われた場合どう護ったらいいものかと一瞬考えてしまっただけだ。


 あたしも脳筋になりつつあるのだろうか。


 その可能性に気づいて、思わずため息が漏れたのは秘密である。

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