08.はじめて聖地を祝った日のことを


 あたしはまた、リタの屋台の手伝いで肉串を焼いている。


 祝祭が近づいてきて、客足はさらに増えてきているようだ。


「それじゃあウィンはほんとうに偵察だけなんだね」


「兵隊さんがいるのに、あたしみたいな子供をガサ入れとかに駆り出すわけないでしょ」


「ウィンのことだし、意外と大暴れして評判になったりするかなって思うけど」


 リタの中ではあたしはどういう評価になっているんだろうか。


「イヤだよ。どういう評判なのよそれ。あたしは故郷に黒歴史を作るつもりはないわよ」


「黒歴史? よく分かんないけど、いいと思うけどな」


 そんな感じで口を動かしながら、あたしたちは手を動かして目の前の肉串をどんどん焼いていく。


 もうすぐお昼の時間帯だ、焼いた端から肉の串焼きは売れていく。


「話を聞く限り、そこまでヘンな人はいないんだね」


「そうね。あからさまにヤバい人とかは兵隊さんがしょっ引いているんだと思うよ」


「そうか……。この街、大きくなってるけど貧民街みたいなのは無いもんね」


 先のことは分からないけれど、今のところミスティモントの街には貧民街は無い。


 聖地認定されたことで巡礼客は絶えないし、何かしら商売のタネがあるんだと思う。


「王都なんかにはあるみたいだけどね。ああでも……」


「どうしたの?」


「あたし的に目につく連中は居るんだけどね」


「そうなの?」


「うん。宗教関係っていうか、今月に入って新市街で光神様の信者? みたいな人が熱心に路上で説法をしてる」


「説法か。むずかしそう」


「長ったらしい話だけど、言ってることは単純よ。奇跡は薬神様ではなく光神様が起こした、それをまちがって認定した国教会は堕落した集団だ、とか」


「よく分かんないや」


「あたしもよく分かんないけど、むずかしい言葉のわりには内容は子供のケンカと差が無いような気がしてさ」


「その人たちが怪しいの?」


「うーん……。微妙に路上で説法してる人が増えてる気がするのよ」


「気のせいじゃない?」


「だといいんだけどね」


 いまリタに話した内容は領兵に報告を出してある。


 要監視と判断されたようで、引き続き見かけた場所をまとめるように言われた。


 自分で仕事を増やしたような気はするが、気になったものは仕方がないのでメモは取っている。




 八月に入ってすぐにロレッタのお見合いがあった。


 たまたまあたしが伯爵邸にうかがう日に重なって、キャリルが応接室に向かった。


 ロレッタの妹として挨拶するので側仕え補佐ということで部屋まで付いて歩く。


 キャリルを含めてウォーレン様一家が応接室に入るのを廊下で見送った。


 あたしは廊下の壁際で待機する。


 見合い相手の護衛だろうか、隣にいる帯剣した二十歳くらいの青年に視線を移す。


 そしてあたしは、青年の佩いている剣に視線が奪われた。


 カタナだ。


 一般的な片手剣よりも細く、柄は長く反りを持つ刀身が鞘に収まっている。


 あたしの視線を感じたのか、赤髪の青年が小声で語る。


「刀が珍しいですか、お嬢さん」


「カタナ……」


「わたしはフラムプルーマ伯爵家に仕えるジン・クズリュウと申します。父祖がフサルーナ王国のマホロバ自治領からの移民でして、マホロバで広く使われている剣なのです」


「キャリル様に仕えるウィン・ヒースアイルと申します。刀は初めて拝見いたしました」


「ヒースアイル……あなたが……。キャリル様にお仕えしているということは、王都の学院に行かれるのですか?」


「はい、キャリル様と同い年ですので。――あくまでも予定ですが」


「そうでしたか。……私の末の弟がコウ・クズリュウと申しますが、キャリル様と同い年になります。粗忽者ゆえ学院でご迷惑をおかけするかも知れませんが、宜しくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 小声でジンさんとそんなやり取りをした。


 学院への入学はまだ予定だけれど、こんな紳士的な人の弟ならこちらが世話になるかも知れない。


 そんなことを考えていた。


 後日分かったけれど、この時の見合いは成立しなかった


 相手はロレッタの五歳年上だったが、十四歳にしてはかなりのマジメくんだったらしい。


 真面目ならいいとおもうのだけど、ロレッタによればプライベートスペースが役所になりそうな予感がしたとのことだった。


 貴族の見合いとはいえ、こればっかりは本人の印象も働くだろう。


 むずかしいよなと思った。


 そういえばジンさんも紳士然としていたし、そういう家だったのかも知れない。




 そして時は過ぎて、聖塩の祝祭が始まった。


 今日から三日間はミスティモントの街はお祭り騒ぎをすることになっている。


 いまあたしを含めて家族のみんなは、新市街の広場に居た。


 広場の端っこに木で作られた観客席がぐるりと用意されたので、座って眺めている。


 あたしたちは見物のために早めに家を出てきたけれど、広場は人混みでごった返している。


 お昼になったらディンラント王立国教会の教皇様が、広場中央に特設された円形のステージで祝祭の開始宣言を行うらしい。


 あとは、今年は初回ということで王家から第三王子が来て話をするらしい。


 あたしは教皇様も王子様も見たことがなかった。


 広場のまわりの民家の屋根の上にもかなりの人数が集まっているが、あれは警備上大丈夫なんだろうか。


「すごい人混みになったね」


「全くだ。聖地認定なんてそうそうあることじゃ無いし、みんな見物したいんだろ」


 あたしの言葉に父さんが応えた。


「そういえば兄さんはよく休みがとれたね」


「あはは。『聖塩騎士団の従者は私服に着替えて、各員自己判断で自宅より直行直帰にて街の警戒をせよ』とか言われたんだよ」


 あたしが訊くと、ジェストン兄さんが内情を教えてくれた。


「それって、ほとんど休みよね。甘いわよねー」


「イエナ姉さんが働いている商会も似たようなものなのでしょう?」


「そう言われたらそうだけど」


「甘いというか、私たち子どもが大きくなっても、はじめて聖地を祝った日のことを覚えていてほしいと考えた大人が多かったのかも知れないわよ」


 アルラ姉さんの分析はあたし的にはしっくりきた。


「あら、そろそろ始まるみたいね」


 母さんが告げると、広場の西側から完全武装の聖塩騎士団が現れ、隊列を組んで道を作る。


 その道を偉い人たちの集団がゆっくりと進み、広場中央の円形ステージにあがって集まった。


 キャリルの姿は無かったが、ウォーレン様とシャーリィ様もその中に居た。




 椅子などは置かれていないので、全員が立って場を進行するのだろう。


 やがて隊列で道を作っていた聖塩騎士団の団員が、ステージを警護するようにぐるりと外向きに円陣を組んだ。


 広場はざわざわしていたが、やがてステージの上で高位聖職者の法衣を着た男性が手を上げると、次第に群衆のざわめきは収まり、広場には静寂が訪れる。


 手を上げていた男が何か魔法を使ってから喋り始めるが、どうやら拡声のたぐいの声を届ける魔法だったようだ。


「歴史の立会人になられる皆様、よくお集まり下さいました。わたくしはディンラント王立国教会の枢機卿で、テレンス・キャンベル・イグレシアスと申します。本日は魔法を用い、こちらの舞台からの声を皆様にお届けさせて頂きます」


 枢機卿が頭を下げると、群衆から拍手が鳴り響いた。


 拍手が鳴りやんだタイミングで、枢機卿はこの場の進行を始める。


「それでは先ず、ディンラント王立国教会の教皇、フレデリック・グリフィン・フェルトンよりお話がございます」


 教皇は拍手を受けてから口を開く。


「先ず初めに、これより吾輩が述べることは全て事実じゃ。しばし待つので、興味がある者は挙手したうえで真偽確認の魔法を使ってくれて構わぬ。――なに、審問の類いを後からすることは無いと神々に誓うぞ」


 他国の聖職者か、国教会と意匠の異なる法衣を着た者が幾らか手を上げて魔法を使った。


 しばらく待ってから教皇は話し始めた。


 ミスティモントが昨年春にスタンピードと地竜に襲われたこと。


 地竜の討ち漏らしが迫ったとき膨大な魔力が降り注ぎ、地竜を塩の像に変えたこと。


 王都の国教会本部で奇跡が行われたのが観測できたこと。


 過去の文献や領内の住民の調査や様々な検討から、薬神様の奇跡と考えられたこと。


 薬神様が魔獣の命を奪ったのは、人間を護るために害虫などに薬を使うのと同じと判断されたこと。


 以上の検討会議中に、薬神様の祝福を受けた虫除けの薬草がハトによって持ち込まれたこと。


「検討されたすべての証跡、それに関連する過去の記録、それらから判断してディンラント王立国教会はミスティモントを聖地と認定すべきだと判断した。これに異議ある者は居るであろうか」


 広場には沈黙が広がっている。


 このまま沈黙を以て聖地認定されるのだろう。


 群衆のほとんどがそう考えているとき、叫ぶ者があった。


「「「「「「「異議あり!」」」」」」」


 七名の者が声を上げた。


 全員国教会の法衣を着ているので、聖職者たちであることは理解できた。


「聖地を認定するのに手違いがあってはならぬのう。異議を述べてくれぬか」


 教皇が男たちに告げた。


 叫んだ者の一人が拡声魔法を使ったのだろう、広場に声が広がっていく。


「宜しい。異議を述べよう。我らはこの国にて光神様を奉じる者だ。この街にて奇跡が成されたことには異議は無い。しかし、薬神様ではなく、光神様の奇跡とすべきである。論拠は奇跡が成された時間であり、朝の光が降り注いだゆえと考える。聖典でも同様の記述が見られ、我らの判断は三度論文として国教会に送付している。これを黙殺し続けるのは、国教会の堕落であろう」


「ふむ。お主らの論文は吾輩も拝読しておるよ。なかなか面白い知見も多く気合が入っておったわ。――じゃが、聖典しか見ておらぬ内容じゃった。そもそもお主らはティルグレース伯爵領での薬神様の加護の保有者割合など調べておらぬじゃろう。他の地方が一割程度といったところじゃが、ティルグレース伯爵領では七割強居るのじゃ。総じて、お主らは事実を見ておらぬ」


「やはり詭弁に逃れるか教皇よ。“事実”と申すならば御身が述べる事実は、我らが示す光神様の御力をどのように受け止めると申すか!」


 次の瞬間魔力の感知を訓練している者には、異議を叫んだ七人が光属性の魔力を集めているのが感じられた。


「やっぱりこうなるのかのう」


 教皇はそう呟きながら、無詠唱で水属性の防御魔法を展開しようと意識を集中し始めた。


 だがそれとほぼ同時に、ステージ上で魔法を静かに発動した者が居た。


「【竜鱗ドラゴンスケイル】」

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