07.退屈だって思っただけ


 その日の夕食のときにシャーリィ様からの斥候の話を相談してみた。


「いいんじゃないか、やってみれば」


「えー、めんどくさい」


 割とあっさりと父さんが賛成に回るが、いちおう抵抗してみる。


「そうねえ。戦場での斥候という話ならちょっと考えるところだけど……」


 母さんは何やら考え込む。


「そもそもなんでフレディさんがそんなにあたしを買ってくれたのよ」


「だってウィンは父さんといつも狩りに行ってるじゃないか。森の動物を狩れる腕前はあるってことだよね」


 ジェストン兄さんがそんなことを言ってくる。


 このまま賛成派に兄さんが加わるのもやっかいだな。


「そういえば兄さんは騎士団で従者をしてるじゃない? 兄さんも街での偵察の話とか出てるんじゃないの?」


「出てるよ。今日、従者を集めて普段着で街なかの偵察を行うって説明があった。二人一組で当番制で巡回する感じだね」


 よし、このまま話を逸らせないか。


「兄さんは騎士団所属だから仲間がいるけど、ウィンは一人なのかしら。私はちょっと心配かな」


 お、どうやらアルラ姉さんは反対派に回ってくれるかも知れないぞ。


「ウィンはすばしっこいから、危なくなったら逃げれるんじゃないの? わたしは好きにすればいいと思う」


 イエナ姉さんは中立か。うーむ。


「僕としては祝祭に向けて手が足りなくなってきているから、警戒を手伝ってくれるのはいいことだとおもうよ」


 くっ、兄さんは賛成に回ってしまったかも。


「そうね。週一回、午前中だけ引き受ける方向で行きましょうか」


 母さんが具体的な数字を出して来た。


 どうやらやる方向になりそうだ。


 マジか。


「えーでも、あたしにできるかな」


「大丈夫よ、私も時々あなたを見てるから」


 そしてどうやらサボれなくなったようだ。




 ミスティモントの街は元々数百人が暮らす田舎町だった。


 それが騎士団の設置や聖地認定を経て今では五倍から六倍の約三千人が暮らし、人口はまだ増えている。


 街の拡大に合わせて近隣の山で鉱山が開かれたのも、人口増加に影響してるみたいだ。


 この街は古くからの街を旧市街として、国や領軍の土魔法の使い手が多く集められ新市街が急速に整備された。


 街の広さも人口の伸びに合わせて広がったけれど、特徴はその外観にも表れている。


 旧市街が昔ながらのレンガと木を使った建築が多いのに対して、新市街は魔法による石の街並みが広がっている。


 おぼろげに残る前世の記憶の、ロンドンやらパリあたりの石造りの街並みだ。


 父さんの話によると、王都の街並みに近いそうだ。


 父さんは「ウィンも行ったことがあるんだぞ」とか言っていたけれど、何となくそんな街並みだったような気もする。


 お爺ちゃんちを訪ねて抱っこひもで抱えられてたから、そこまで注意してなかったんだ。


 朝方とはいえ、新市街にはそれなりに人通りはある。


 あたしはそんな石造りの朝の街並みを歩く。


 すでに身体の内在魔力を制御して、身体強化と反応速度の上昇、そして気配遮断を弱めに掛ける。


「街なかではむしろ、気配遮断を全力ですると怪しまれることがあるってのは盲点だったよ」


 おもわず呟くが、母さんに言われたのだ。


 体外に漏れる魔力の抑え込みは、やりすぎると魔力感知ができる人に違和感を与えてバレるそうだ。


 いろんなノウハウがあるもんだとおもう。


「基本は散歩しながら、怪しい人間を探せばいいって言ってたな……」


 聖塩騎士団本部や伯爵邸、街の重要施設あたりは兵員が警戒するだろう。


「そういえばキャリルが攫われたのも商家だったわね」


 街を散歩して違和感を探してみよう。




「それで、もう飽きたんですの?」


「飽きたというか、退屈だって思っただけよ。狩人の仕事で森を歩くときはそうでもないんだけどね」


 新市街を歩き回った初日の午後、キャリルの側仕え補佐で伯爵邸の談話室に居た。


 キャリルとあたしは初等科受験者用の本を読んでいる。


「まだ初日ですわ。そうそう怪しいものがみつかるとも思えませんですのよ」


「うん、それは分かってるわ。それで、退屈なのはただ歩いてるだけだからだと思ったの」


「ふむふむ」


「それで思いついたんだけど、新市街の商店の込み具合を三段階でメモしてきたんだ」


「商店ですか。それは武器商などの扱いが要注意な品の商店ですこと?」


「ちがうわ。目についた全ての商店をね、空いてるかほぼ人がいない店を一点、客とか人がそこそこいる店を二点、混んでたり人の出入りが多い店を三点で、点数制でメモしたの」


「ふむふむ、繁盛店のスイーツは興味ありますわね」


「確かにそうだけど、それ以外の店でも普段少ない店で人が増えたら何か始まってるかも知れないでしょ。別の日で比べたら何か分かるかもって思ったのよ」


「それもそうですわ。……あなた、意外と目端が利きますわよね」


「そんなことないけどさ、ただ歩くだけだと退屈で仕方なかったのよ」


「まったく、偵察に向いてるのか向いて無いのか分かりませんですの」


「ちなみに、領兵の偵察担当にメモを渡したら褒めてくれたよ。……しばらくはがんばってみるよ」


 そんな感じで斥候の真似事をする日々が始まった。




 気が付けば七月後半になっていた。


 現在まで大きな事件などは起きていない。


 今日までに、領兵による新市街での商店への立ち入り調査ガサ入れが幾度も行われた。


 あたしが集めた情報がきっかけになったものもあったようだ。


 ジェストン兄さんがこっそり内情を教えてくれた。


 いちばん多いのは、他国の勢力が祝祭に来る自国の敵対者を襲う準備をするケースみたいだ。


 なにかあってもディンラント王国のせいにするつもりみたいだと、呆れながら話していた。


「そういうのは自分の国でやればいいのにねぇ……」


 そう呟きながら、昼前の新市街を歩く。


 いつものようにメモを取りながら、微妙に気配を消して進む。


 だがある時、メモを取りながら誰かに見られている感じがするのに気づく。


 狩りに行く時のように周辺の気配を察知しながら移動するが、どうにも追跡されているようだ。


 いくつか角を曲がってもついてきている。


 この場合、適当に路地を曲がった直後に、全力疾走でとんずらするのも手の一つだ。


 けれどこの先の角を曲がった、すぐのところにある施設を思い出した。


「釣れるかなぁ」


 そう呟いて、あたしは歩いてきた路地を出て、大通りに立ってそこにある施設を確認してから振り向いた。


 追跡者と目が合う。


 背格好からすると、あたしよりは身長があるもののまだあどけない少年のような姿だ。


 服装は整った旅装をしており、武装はしていない。


 格闘術を使う者かも知れないけど、そこまでは不明だ。


 あたしが観察していると少年はつかつかと近寄り、声をかけてきた。


「ちょっとお前、詳しく話を聞きた「すいませーん、変質者に追われてるんでちょっと助けて下さ~い!」」


 その施設へと大声で叫びつつ、あたしは内在魔力で全力の身体強化と反応速度の上昇を行ってから、少年の手を無造作につかむ。


「な!? まて! 待ってくれ! 俺は変質者じゃないって!?」


 そう言いながらあたしから距離を取ろうとする少年だったが、ミシミシと音がしそうなほど強力にあたしが掴んでいる。


 そしてその時には、そこにあった施設――領兵の詰め所から、わらわらと数名が現れた。


 たちまちあたしたちは囲まれた。


「なんだ、ブラッドさんのとこの子じゃないか、変質者だって? こいつが?」


「ちがう! 誤解だ! 後生だからちょっとだけ話を聞いてくれ! 頼む! 説明するから変質者扱いだけはカンベンしてくれ!」


「まず、どこのどいつかを言いなさい。話はそれからよ」


「俺はプロシリア共和国烈風騎士団従者のカリオ・カルツォラーリだ。要人警護の下見をしていたら、この娘が気になったから話をしようとしたんだ」


「気になったらあんたは女の子を尾行するの? それって変質者とどう違うのよ? あ゛?」


 カリオの手が心持ちミシミシ言い始めた気がする。


「腕が! 腕! ちょ、待って! 許して!」


「とにかく、事情聴取するから、離してやってくれないか」


 領兵の一人の言葉に仕方なくあたしは手を放す。


 思わず深い溜息をしてからあたしは手を放し、カリオに訊く。


「気になったってどういう意味よ」


「はぁー、お前……いや、君が歩きながらメモを取っていたうえに、妙な気配をしていたから気になったんだ」


「メモは商売上の記録よ。妙な気配ってどういう意味よ?」


「そのままだよ。俺は獅子獣人だけど、それなりに鼻は効く。それでも感じる匂いに対して気配が少ないというか、妙な違和感があったんだ」


 そう言ってカリオは被っていたベレー帽をとって頭部のケモ耳を示した。


「…………」


「えーと、君?」


「つまり…………あんたは……あたしの臭いを嗅ぎながら……ずーっと尾行してきたの? ねぇ……?!」


「ひぃぃぃっ」


 そうしてあたしがカリオへつかみかかろうとするところを、領兵が押さえようとする。


「離して! やっぱりこいつ変態じゃない! いまここでぶっ潰す!」


「待つんだ、落ち着いて、いまから彼を取り調べをして然るべき処置をするから」


「ぶっ潰すぅぅぅ!」


「ひぃぃぃぃぃぃッ!」


 その後、カリオには一発だけゲンコツを落としてやった。


 領兵さんたちは気持ちを察してくれたのか、とりあえず見なかったことにしてくれた。


 一連の出来事をキャリルに話したら「災難でしたわね」と素直に同情されてしまった。

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