06.だが真の黒幕は


 これから述べることはくれぐれもここだけの話にしてほしいと前置きしたうえで、ウォーレン様は口を開いた。


「キャリルを奪還した後に、今回の誘拐計画に関してプロシリア共和国が調査した資料を受け取ったんだ。その中には闇ギルドから得られた情報を中心に、依頼者や実行犯の情報がまとまっていた」


「闇ギルドは国をまたぐ組織で、様々な汚れ仕事を請け負う。今回でいえば依頼者と実行犯の仲介だ。だが連中は国際情勢に影響する類いの依頼には慎重だ。共和国へと闇ギルドから情報提供があったのだ。王国と共和国が衝突が起きるきっかけを作ったという話が流れたら、今後の商売に影響すると考えたのだろう」


 フレディが補足で説明をする。


「闇ギルドとは犯罪者集団なんですの?」


「違法行為を厭わないという意味では犯罪者に近いが、国であるとか貴族などが表立ってできないような仕事を請け負うのじゃ」


 キャリルの質問にビリーさんが応えた。


「厄介な連中ですのね」


「ああ。だがそれ故に連中は国を表立って敵に回すことには及び腰なのだよ」


 そう告げてフレディが頷く。


「そういうことさ。多少は国家間のいざこざも影響したようだがね。……それで資料にあった情報をその日のうちに父上を経由して王家に伝え、捜査要請を行った。父上は主に武功で王家に貸しがいくつもあるからね、直ぐ話が通った」


「さすがお爺さまなのだわ!」


「ああ、初手としては翌日の朝には王国内で依頼者を発見して身柄を確保できた。実行犯からの報告を待っていたみたいだ」


「素人くさい動きだな」


 父さんが肉を頬張りながら評する。


「じっさい、荒事になれていない商家の人間だったようだ。それで、確保した依頼者から魔法を使って情報を吸い上げて、依頼者に依頼をさせた者を割り出した。あとはその繰り返しだ」


「その結果が『北部貴族』だったわけね」


 母さんが腕組みして呟く。


「そういうこと。子供たちもいることだし簡単に説明しておくと、我々の国ディンラント王国には三つの派閥がある。『北部貴族』と『南部貴族』、そして『中立派』だ」


 そこまで喋ってからウォーレン様はワインを一口飲んだ。


「我らの国は王家と周辺の国で親戚関係にあるのじゃ。北はオルトラント公国で、南はフサルーナ王国じゃの」


「存じておりますのよ。北の公国と縁がある貴族が『北部貴族』で、南の王国と縁がある貴族が『南部貴族』ですわね。それと我がティルグレース伯爵家は南部貴族で、母上の実家が中立派ですの」


「実際に公国や南の王国と縁があるのは大貴族様だけだよね、大貴族の中立派もいるけど」


 ビリーさんとキャリルの言葉にあたしが補足すると、キャリルは頷いた。


「ともあれだ、問題は北部貴族の誰が黒幕だったのかという話だが、ある子爵が今回の依頼者であることは確定できた。だが真の黒幕はその子爵の寄親である、キュロスカーメン侯爵だとわたしは考えている」


「へえ、ずい分大物の名前が出てきたじゃないか。……ちなみに根拠は?」


 肉を食べる速度を変えずに、父さんがウォーレン様に訊いた。


 すこし視線を動かせば、父さんよりもかなり速いペースでフレディが肉を切り分けてぽいぽい口に放り込んでいる。


 ステーキ肉はスナック菓子じゃ無いんだぞ。


 二人を見ているだけで胸焼けしそうだ。


「結論を先に言えば、侯爵殿直系の令嬢と、キャリルと、第三王子が同い年なんだよ」


「……そういうことなのね。対立派閥の伯爵令嬢のキャリル様が学院で第三王子殿下と同学年になるから、婚約の面で危惧した可能性があると」


「ご明察。誘拐されたことでキャリルが誘拐犯に穢されたとか、ろくでもない事を騒ぐつもりだったんだろうさ」


「……キュロスカーメンはもう爺様だろ、直系って孫か?」


「ああ、侯爵殿の三男がサイモン殿で、その二女がプリシラ殿だ。――だからキャリルとウィンは学院に行く以上は、プリシラという名前には注意してほしい」


「「わかりました」の」


 その後、直接実行犯に指示を出した子爵が家ごと取り潰しになるだろうという話や、寄親の侯爵が王家に監督責任を問われるなんて話が始まった。


 だが、フレディが話題に被せるように自国である共和国の派閥のグチを話し出して場が混沌とし始めた。


 共和国が共和制を選んだのは、獣人に様々な部族がいるからだったらしい。


 だが、共和制民主主義には多様性がある反面、課題によってさまざまな派閥が生じるようなのだ。


 その辺りをフレディが話し始めると、大人たちは興味深そうに話題を広げ始めた。


 そしてそのタイミングで我が家の玄関の戸が叩かれた。




「あら、誰かしら。ウォーレン様のお供の方かしらね。――ウィン、ちょっと玄関をお願いね」


「はーい」


 母さんはイエナ姉さんと台所で追加の肉を焼きまくっていたので、あたしが玄関に向かった。


 戸を開けるとそこには穏やかな表情をした老紳士が立っていた。


 冒険者が着るような濃い色のコートを着て、腰には細剣を佩いている。


「こんばんは、突然失礼するよ。こちらはヒースアイル殿の屋敷だろうか」


「こんばんは、我が家はヒースアイル家ですが、どちらさまですか?」


「わしはラルフという。息子と孫が訪ねていると聞いて、挨拶かたがたわしも来たのだ」


 きょうの親子で来ている来客はウォーレン様とキャリルで、キャリルを孫と呼ぶ人。


 その上でラルフという名の人間に、心当たりはあった。


 ラルフ・ユーバンク・カドガン・ティルグレース。


 つまり、目の前に居るのはティルグレース伯爵だった。


 思わず吹き出しそうになったのを堪えたあたしを褒めてほしい。


「こんばんは、ティルグレース伯爵閣下。我が家は汚れていてお恥ずかしいですが、ご訪問頂きありがとうございます」


 何とかあたしはそこまで絞り出してカーテシーをした。


 それを見たラルフ様は目を細めて口を開いた。


「いや、今日はただのラルフとして来ているのだ。マナーなどは気にしないで欲しい。ウォーレンやキャリルは居るかね」


「……はい。すでにワインや果実水などをお召しになっています。お待たせするのも申し訳ございませんし、そちらの扉から居間にお進みください」


「分かったよ、ありがとう」


 ラルフ様はニコニコした表情でそう応えてから、スタスタと居間に進んで行った。


 直後に居間から「お爺様!」というキャリルの弾んだ声と、「父上?!」というウォーレン様の声、そして「お館様?!」というビリーさんの絞り出すような声が聞こえた。


 廊下からあたしが居間をのぞき込んでみると、キャリルがラルフ様に抱き着き、フレディが起立して敬礼し、その他の人たちは固まっていた。


 台所から顔を出した母さんが青白い顔をしていたのが印象的だった。




 その後のことをいえば、カオス度を増したと言えるだろう。


 まずラルフ様を見た直後から挨拶も早々にビリーさんが逃げようとした。


 あたしからみても分かるくらいだったので、その場にいた人は全員察していたと思う。


 そのビリーさんの肩をむんずとつかみ、「明日の仕事に差し支えるから」と逃げるのを「ビリーが好きな蒸留酒を持ってきたから」と引き留め、「一杯だけですぞ」とビリーさんに言わせていた。


 【収納ストレージ】から蒸留酒をビンで一本出した直後に、直立不動だったフレディが「竜殺しの伯爵閣下に会えて光栄だ」と握手をねだった。


 握手をしたらしたで、フレディはなかなか離そうとせず細剣に関して質問を始め、その間にビリーさんとウォーレン様と父さんで蒸留酒があっという間にカラになる。


 それに気づいたラルフ様がキャリルの近くの席に着きながら二本目の蒸留酒を出してビリーさんに渡し、フレディに乞われて竜殺しの話をし始めると、要所要所でキャリルがラルフ様を絶賛してまなじりを下げさせ続ける。


 そうこうしている間にビリーさんたちが蒸留酒を飲み干し、ラルフ様がまとめて数本蒸留酒を供給したところで、男性陣の間で魔獣退治談義がはじまる。


 そのまま延々と話しては呑み、話しては食べが続き、フレディが持参した肉が全て消費され尽くし、母さんが台所で万歳をしていた。


 ワインは残ったみたいだけど。


 その段階で母さんが護衛にあたしを付けて、家の前で待機していた伯爵家の馬車でキャリルを帰らせた。


 姉さんたちもおなじタイミングで自室に引っ込んだ。


 あたしはキャリルを送ってから、同じ馬車で家まで送ってもらい、帰宅後はすぐに寝た。


 翌日母さんに訊いたところ、夜半過ぎにシャーリィ様とビリーさんの息子さんがそれぞれ迎えに来るまで、ラルフ様が自身の【収納ストレージ】からドワーフの火酒をビンで延々と出し続けたという。


 迎えが来た段階で比較的シラフだった男性陣は、ラルフ様とフレディだけだったそうだ。


 フレディは結局伯爵邸に泊ったらしい。


 母さんは「ウィンに解毒魔法を教えなきゃね、お酒も分解できるから」と呟いていた。


 父さんは全力で二日酔いだった。


 ビリーさんも同様だったらしい。


 そのうえ二人とも呑み過ぎの罰として解毒魔法は禁止といわれて、ヨロヨロと仕事をしていたみたいだ。




 ところで伯爵がミスティモントに来た理由だが、対外的には聖塩の祝祭に向けてミスティモントの領兵や聖塩騎士団に気合を入れるための視察だったようだ。


 だが、ティルグレース伯爵邸の使用人さんたちから聞いた話では、キャリルが心配ですっ飛んで来たらしい。


 なんでも王都の伯爵邸タウンハウスに居たらしいのだが、向こうでの対応にメドが立った段階で魔導馬車で爆走してきたようだ。


 我が家に来たのはミスティモントに到着した直後だったらしい。


 それでもそのような雰囲気は感じさせなかったのは、さすがというべきなんだろうか。


「ウィン、ちょっといいかしら。帰ろうとしているところ悪いけれど、奥様からお話があるみたいなの」


 仕事を終えて、伯爵邸の使用人の部屋でお仕着せの侍女服から着替えようとしたところで侍女長から声を掛けられた。


「分かりました、どうされたんですかね?」


「特になにも仰って無かったわ。まずはお話を伺ってきなさい」


「はい」


 急いでシャーリィ様の部屋に向かい扉をノックすると入室を促された。


 部屋に入ると、シャーリィ様が待っていた。他には側仕えの侍女が居たが。


 シャーリィ様は普段着のワンピースを着ていた。


「やあウィン、そろそろ帰る時間だったろうに引き留めてしまったね」


「いえ、大丈夫ですシャーリィ様」


「屋敷での仕事には慣れただろうか?」


「はい。先輩方に助けて頂いておりますし」


「いつもキャリルの相手をしてくれて助かっているよ。それでね、今日はお願いというか相談があって呼び出したんだ」


「はい」


「突然だが、ウィンはミスティモントの街で斥候の仕事をしてみる気は無いだろうか」


「斥候ですか? ……偵察とかそういう仕事ということですか?」


「そこまで厳密な仕事というわけでも無いんだけど、順を追って話そうか――」


 シャーリィ様によれば、キャリル奪還のときの話をフレディが話したのがきっかけらしい。


 フレディが伯爵邸に泊ったときに伯爵とウォーレン様の耳に入り、祝祭に向けて子供を偵察や警戒に使う案が出てきたようだ。


「フレディ殿がウィンをべた褒めしてね」


「あくまでも今の年齢にしては、ということですよね」


「それを加味しても、騎士団の従者のような少年では得られない情報が得られるのではという計算もある」


「はぁ……」


「ともかく、ジナからのトレーニングとの兼ね合いもあるだろうから、まずは家で相談してくれないだろうか」


「分かりました」


 そのときあたしは、そこまでフレディに褒められるような動きをしていただろうかと考えていた。



――

※メイドを侍女という語に変更し、それに伴い記載を若干修正しました。(2024/5/9)

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