05.無事な奪還を


 母さんが運転する魔導馬車は先を走る箱馬車に追いつき、並走するために横に向かう。


 水や地属性の魔力が箱馬車の中から感じられたので、あたしは母さんに声を掛けようとした。


 それとほぼ同じタイミングで箱馬車の中から【氷結弾アイスバレット】と【石つぶてストーンバレット】が撃ち出された。


 だが母さんは冷然と微笑みながら周囲に魔力による刃を奔らせ、全て斬り捨てた。


 月転流ムーンフェイズには奥義の上に絶技と呼ばれる技があり、その技は武器を使った斬撃に加えて、風属性または水属性による魔力のみの刃を使う。


 あたしは未だ練習中だけどね。


「始めなさい」


 母さんの声と同時にあたしは弓矢に魔力を纏わせ、御者の下半身に矢を射た。


 矢は御者の太ももを横から貫き、御者は叫び声を上げた。


 その直後、箱馬車の天井の上にいつの間に移動したのかゆらりとフレディが現れる。


 フレディは箱馬車を引く二頭の馬の方に手を伸ばし、【睡眠スリープ】を発動した。


 魔法を受けると馬は減速を始め、それに伴って馬車は速度を落としていく。


 その間にも散発的にこちらに魔法が飛んできていたが、全て母さんが魔力による刃で斬り捨てていた。


「じゃあ、お願いね」


 母さんはそう告げたときにはすでに姿を消し、箱馬車の扉が開いていた。


 あたしが慌てて魔導馬車のハンドルをつかんでブレーキを踏み、箱馬車よりもずい分前の方に停車させたときには片が付いていた。




 気絶した状態の実行犯の男たちは縄が打たれ、箱馬車の近くにまとめて転がされた。


 箱馬車の中を調べると、後ろ側の椅子の下から毛布にくるまれた状態のキャリルが見つかった。


 どうやら魔法で眠らされているようだ。


 そのままキャリルはあたしたちが乗ってきた魔導馬車の後部座席に寝かされ、あたしたちは警戒に入った。


「冒険者殿、見事な手並みに感服した。月転流ムーンフェイズの使い手だったとは僥倖だった」


 実行犯たちの所持品検査や箱馬車内の確認を済ませたフレディは、自身が乗ってきた馬を引いてこちらに歩いてきた。


「武官殿の初動が助けになりました。感謝申し上げます」


「ふむ……些事で恐縮だが“月に替わって”と申したらどう返されるだろうか?」


「“仕置きせん”ですね。それをご存じということは、武官殿は風牙流ザンネデルヴェントを使われるのですね」


「冒険者殿に比すれば非才の身なれど、少々嗜んでおる」


 あたしは警戒を続けながら“月に替わって仕置きせん”てなんやねん、などと考えていた。


 後で母さんから聞いたのだが、月転流の開祖が残した言葉にそういうフレーズがあったようだ。


 あたしはその人が転生者だった可能性を何となく想像してしまったのだが、どういう状況のセリフだったのやら。


 だって、ねぇ。


「そうでしたか。私は名をジナと申します。私の夫がミスティモントの冒険者ギルドの相談役をしております。我が家の場所はギルドで分かりますので、お時間があるようでしたらいつでもお越しください。同門の者と同じように歓迎いたします」


「お心遣いかたじけない」


 その後、実行犯の協力者などが追加で現れることもなく、聖塩騎士団の追跡部隊が到着した。


 制圧済みであることは魔法で連絡してあったので、その後は無事に街へと帰還することができた。


 ミスティモントの西門に着くと騎士団員と共にウォーレン様とシャーリィ様が待っていた。


 ウォーレン様は魔法で寝入っているキャリルを抱きかかえ、シャーリィ様はあたしに抱き着いて母さんとあたしに感謝を述べていた。




 翌日はティルグレース伯爵邸にてキャリル付きの侍女補佐でうかがう日だったのだが、朝早くに使用人がうちまで来て今日は休みだと連絡があった。


 キャリルの体調に何かあったのかと心配したのだが、話を聞けばウォーレン様があたしを休ませるよう気を使ってくれたようだ。


 次の週になって伯爵邸に行き、キャリルと顔を合わせると開口一番感謝を述べられた。


 やっぱりウィンはマブダチですのとか、次は負けませんことよとか言って拳を握り締めていた。


 次があるのはやっぱりまずいと思う。


 キャリル的には商会に居たはずが気づいたら自室のベッドに横になっていたので、被害者という自覚は無いみたいだったのは幸いだった。


 そしてあたしが帰宅してから同じ日の午後、我が家は大騒ぎになった。


 まず夕方近くになって、共和国駐在武官のフレディがうちを訪ねてきた。


 大量の肉と酒を持って。




「ジナ殿、その節は大変世話になった。冒険者ギルドで場所を聞いて挨拶に伺った。先触れもなく申し訳ない」


「ようこそお越しくださいました。駐在武官をされている方には手狭でしょうが歓迎いたします」


 そんな話声が聞こえたのであたしは自室から玄関に向かった。


 フレディと目が合うと向こうが口を開く。


「おお、あの時の斥候殿も一緒にお住まいか。お二人はご家族だろうか」


「この子は三女です。ウィンと申します」


「先日はありがとうございました」


 母さんの紹介に合わせてあたしはカーテシーをする。


 フレディは礼を返しつつ口を開いた。


「そうだったのだな、あの時は見事な立ち振る舞いだった。お二人に深く感謝したい。それで手ぶらで伺っては無作法だろうと手土産を持参した……」


 それを耳にして母さんがかなり珍しく焦った表情を浮かべた。


 それを気にすることもなく、フレディが好青年を思わせる爽やかな笑顔を浮かべつつ話を続ける。


「まずは肉だ。街で買ったものなので新鮮と思う。受け取って欲しい」


 母さんが「どうかお構いなく」という声とほぼ同時にフレディは【収納ストレージ】から木箱を取り出して床にドンと置く。


 箱の大きさから言って、地球換算で十キロ以上はあるとおもう。


 バーベキューでいえば三十人前といったところか。


「少なくて恥ずかしいが勘弁してほしい。それから酒も用意した」


 母さんが「ちょっと待ってください」という声とほぼ同時にフレディは【収納ストレージ】からワイン樽を取り出して床にドンと置く。


 小樽だとおもうのだが、地球換算で一樽二百リットルはあるのではなかったか。


「遠慮せず納めてくれ。なに、肉や酒などすぐ無くなるだろう」


 あたしが母さんの方を見ると、眉間を押さえながら呟いていた。


「虎獣人や獅子獣人や狼獣人には肉を飲み物のように食べる人がいるのよね……」


 その後、受取れないの受取れのやり取りがあったが、結局母さんが折れた。


 食べきれなかった分は近所などにおすそ分けする旨を伝えて、受け取ることにしたようだ。




 そのあと三人で客間に移動して、ハーブティーを飲みながら共和国や流派の話などをした。


「――それじゃあ、風牙流の方が歴史は古いんですね」


「そうだ。子供たちの世代は知らない者も多いかも知れないが、共和国はヒトやドワーフ、ドラゴニュートなどから独立した獣人と魔族――すなわち古エルフ族を中心としたエルフ族が多い国だ。その独立戦争の初期に創始された武術と言われている」


「けれど、ヒト族の中には傭兵として獣人を助ける者も居たの。それが月転流の創始者の一派で、私の実家の祖先よ」


「そういう繋がりがあったんだ」


「元々は月転流の創始者が、風牙流に影響を受けて自分の流派を興したらしい。それ以来、風牙流と月転流は協力関係にあり、ライバル関係にある」


「ライバル関係ですか?」


「コンセプトに似てる部分があるというのもあるけれど、ちょっと風牙流の宗家の人たちがね……」


 そう言って母さんが苦笑する。


「風牙流の宗家は狼獣人なのだが、バトルマニアというか……微妙に説明が難しい。彼らはウザ絡みをするのだ。本人たちに悪意が無いので周囲もだいたい匙を投げる連中だ」


「ああ、そういう感じなんだ」


 あたしは反射的にウォーレン様一家が脳裏に浮かんで苦笑した。


「さて、手土産が渡せたので小官はそろそろお暇しよう。夕食の支度もあるだろう、邪魔するわけにはいかんのでな」


 そう言って席を立とうとするが、母さんの目が一瞬妖しく光る。


「いえいえいえ、夕食の支度はもう出来ているんですよ。そうですわ、ブラッドもすぐ来ますので我が家の夕飯を召し上がってはいかがですか? 足りなければ頂いたばかりの新鮮なお肉がありますし、じゃんじゃんお出ししますわ。むしろ優先的に焼いてもよろしいですし」


「ふむ、冒険者ギルドの相談役をしておられるご主人にもご挨拶申し上げたいが、さすがにこれ以上お邪魔するのは迷惑であろう」


 そう告げてフレディは立ち上がった。


 結局そのままフレディはスルーに成功し、我が家の玄関にはたどり着いた。


「それでは失礼する。本当に世話になった。ブラッド殿にも宜しくお伝え願いたい」


「「こちらこそありがとうございました」」


 そしてフレディが玄関の扉を開けようとしたところ、ブラッド父さんが帰ってきた。


 父さんはビリー市長とウォーレン様を連れてきていて、ウォーレン様の隣にはなぜかキャリルが居た。


「なんだい、ヴァレンティーノ武官殿もいるじゃないか。ちょうど良かった、みんなで夕食を食べながらこの間の話をしよう」


 ウォーレンさまは貴公子然とした笑みを浮かべながらそう告げた。




 母さんはほっとした顔を浮かべてものすごい勢いで肉を焼き始め、イエナ姉さんがそれを手伝っている。


 あたしたちとジェストン兄さんとアルラ姉さんは居間に食器類を並べ、グラスとワインと果実水を用意した。


 父さんたち大人の男性陣とキャリルはすぐに飲みだして世間話をしている。


 母さんからはワインをじゃんじゃん出すように言われているので、デキャンタを多めに用意した。


 テーブルにはいままで我が家で見たことのない量の料理の山がいくつもできた。


 ステーキや腸詰を焼いた皿がひときわ高い山になっていて、それ以外だと野菜類や茹でたジャガイモと、パンやスープが用意された。


「これで大丈夫なの?」


「足りなかったらまだ焼くから大丈夫よ」


 あたしが母さんに訊いたのは、こんなに肉を焼いて大丈夫かという意味だったのだが。


 ともあれあたしたち家族を含め、全員がテーブルに着いたところで、ウォーレン様が口を開いた。


「さて、皆も揃ったし、まずはキャリルの無事な帰還を祝って乾杯しよう」


 子供たちは果実水だったが、ウォーレン様の音頭で乾杯した。


「突然押しかけてすまなかったね、ジナ。色々と分かったことがあったので、身内とか関係者には情報共有しておこうと思ってね」


 母さんはウォーレン様の言葉に「いいえお構いなく」とニコニコしていた。


「ヴァレンティーノ武官殿、いや、フレディ殿。君ももう身内みたいなものだ。今日は付き合ってくれ」


「承知した」


 そう応えたフレディはリラックスした様子だった。


「キャリルの誘拐事件だが、色々と裏が取れたんだ。どうやら『北部貴族』が関わっていたようでね」


 そう告げてウォーレン様はニヤリと笑った。


――

※メイドを侍女という語に変更しました。(2024/5/9)


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