04.いずれにせよあたしたちの敵だろう


 その日キャリルはミスティモントの新市街にある商会を訪れていた。


 聖塩の祝祭で着るドレスが出来上がったので、母を伴って衣装合わせに来たのだ。


 姉のロレッタはお見合いに合わせてすでに作ってあったので、今回新たに仕立てたのはキャリルだけだった。


 サイズは問題なく、デザインも夏用の薄手で爽やかな感じに仕立てられていた。


 二着目まで確認し、最後の三着目に着替えようと商会の廊下を移動していたところ、意識が暗転した。




 その日あたしは何をしようとしていたのだったか。


 キャリルの側仕えの侍女補佐は休みの日だったので、午前中は母さんとトレーニングをして、お昼を食べたはずだ。


 たしかその後時間ができたから、リタの肉屋の屋台を手伝おうとして街なかを歩いていたのだったと思う。


 季節は夏になったが王国の夏は湿気もないので、かつて暮らした日本よりは過ごしやすいよねなどと考えていたな、うん。


 そのときジェストン兄さんから、【風のやまびこウィンドエコー】で話しかけられたのだ。


「ウィン今いいかい? 大急ぎの話があるんだ」


「大丈夫よ兄さん」


「いまウィンは何してる? そばにキャリル様は居るかい?」


「今日はお屋敷に行く日じゃないよ。リタの屋台を手伝おうかと思って移動中よ」


「そうなんだ……うーん」


「どうしたの? キャリルが行方不明になったとか? あの子家出とかしないわよね?」


「行方が分からなくなってるんだ」


「はぁ?!」


「今日は午後から新市街の商会で祝祭の衣装合わせをしていたみたいだけど、突然消えたらしい」


「どのくらい経ってる?」


「着替えで席を外してから行方不明になったのが三十分ほど前らしい。いま聖塩騎士団内で魔法連絡ができる者を総動員して、街の団員の身内に周囲を見まわってもらってる」


 キャリルには昨日会っているがいつも通りだった。


 勝手にどこかに出かけるのはちょっと想像できない。


「……兄さん、うちの母さんには連絡した?」


「ウィンより先に連絡したよ。探してみるって言ってた」


「分かったわ、ありがとう。あたしは母さんに合流してみる」


「了解したよ」


 そして兄さんは連絡を終えた。


 あたしはすぐに身体の中で魔力を循環させ、身体強化と反応速度の上昇をしてから来た道を引き返して家にダッシュした。


 家の前では母さんが待っていた。


 スカートの下にさっきまで着てなかったスパッツをつけている。


 靴もブーツになってるな。


「ウィン、ジェストンから話は聞いた?」


「聞いてすっ飛んできたところよ」


「お母さん魔法を使った観測で怪しいものを見つけたから、ちょっと追いかけてくるわね」


「……母さんの勘としてはどのくらいアタリなの?」


「いちおう本命だと思ってるわ」


「母さん、あたしキャリルの護衛も仕事のうちなの。一緒に行っていい?」


「いいわよ」


 もっと抵抗されるかと思ったのだけど、あっさり許可が出たな。


「追いかけるのに魔導馬車を使うわ。ビリー市長に相談したら、市役所かご自宅にあるのを貸してくれることになったの。ビリーさんのご自宅の方がうちから近いから、今から行くわよ」


「わかったけど、運転できるの?」


「馬よりラクよ。身体強化してついてきなさい。……ウィンと街なかをかけっこなんて久しぶりね」


「かけっこって……まあそうだね」


 そうしてあたしと母さんはビリーさんの家に向かい、話が通っていた奥様から魔導馬車を借り受け、街の西門へと急いだ。


 魔導馬車は魔道具の一種で、馬ではなく魔力を動力源にした乗り物だ。


 庶民でも手が届く値段なのだが、運用コストが庶民には高いものになっている。


 ふつうは魔獣からとれる魔石を動力源にするのだが、常用するにはかなりの金銭的負担になる。


 だから魔導馬車は公的機関であるとか要人などが緊急用に使うことが多い乗り物だった。




 母さんの魔法を使った観測によると、領都の方向に伸びる西の街道で動きがあるらしい。


 馬車と、それを一定距離を保って追う馬がいるという。


 西門では領兵と聖塩騎士団による検問が行われていた。


 母さんは冒険者ギルドの身分証を示し、ビリー市長の指示で急いでいることを伝えるとすぐに通過できた。


 平原の中を伸びる街道を、魔導馬車はスムーズに走る。


 速度的には馬の馬車よりも速度が出ている。


 地球換算で時速四十キロ強くらいだろうか。


「どこかに連絡しておこうか?」


「いちおうお父さんとビリーさんとジェストンには連絡してあるわ」


「ならいいか」


「それよりも武装を済ませなさい。短剣と手斧はあるとして弓矢はあるかしら」


「あるよ。【収納ストレージ】からいつもの一式を出して装備しとくわね」


 そう言いながらあたしは【収納ストレージ】から取り出したスパッツをスカートの下に着けていた。




 街を出てからそれほど時間も経たずに目の前に馬が走っているのが見えてきた。


「いつでも弓で射られるようにしておきなさい」


「分かったわ」


 母さんはスピードを上げて走る馬に横付けすると叫んだ。


 直前に「構えなさい」と言われているので、魔力で身体強化して弓矢を構えた。


「ミスティモント市長の指示で動いている冒険者です。所属と目的を答えなさい」


 馬上の男は魔導馬車を一瞬見やってから口を開いた。


「プロシリア共和国駐在武官のフレディ・ヴァレンティーノだ。確度の低い情報だったゆえ連絡が遅れたのは遺憾だが、小官は現在この先を走る馬車を追跡中だ」


 そう告げてフレディはあご紐付きの帽子をずらして見せた。


 そこにはぴょこんと猫耳が立っていた。


 帽子をかぶっていたら獣人と分からないな。


 内心はもちろん触りたくなったのは仕方がないと思う。


 獣人の青年が馬で追跡していたのか、などと集中しなおしながらあたしは警戒を続ける。


「追跡の目的は?」


「わが国で闇ギルドの依頼を受けた者が王国内で誘拐を行うという情報を察知した。それが実行されたと判断したので追跡を行っている。小官とミスティモントまで同行した別の武官が現在、聖塩騎士団本部で状況を説明しているはずだ」


「なるほど。情報の裏を取ります。後ろから追うのでこのまま距離を取って追跡を続けてください」


「了解した」


 母さんはやや距離を開けて魔導馬車をフレディの後ろに着けると、ビリーさんに魔法で連絡を入れた。




 すぐに確認はとれたようだ。


 聖塩騎士団が追跡部隊を編成し、向かっているという。


 それに先行して魔導馬車による追跡部隊が騎士団本部を出たそうだ。


「ビリー市長に確認が取れたわ。足止めなどは任せると言ってたから、制圧しましょうか」


「増援は待たなくていいの?」


「それも選択肢だけど、大人数で囲んで実行者たちがヤケを起こしたら面倒よね」


「分かったわ」


 母さんは再び魔導馬車をフレディに並走させる位置に移動させると口を開いた。


「情報の確認が取れました。騎士団は追跡部隊を出し、それに先行して魔導馬車で人員が急行中です。市長の許可が出たので、今からここにいる三名で制圧を開始します」


「了解した。作戦の提案を希望する」


「私に随伴する者が御者を弓で牽制または無力化します。武官殿は馬を停止させて頂きたいですが、【睡眠スリープ】か【麻痺パラライズ】の魔法を使用いただきたい」


「了解した。馬へと【睡眠スリープ】を使用する」


「馬車が減速後、私が車両に踏み込み制圧します」


「制圧時に小官の加勢は必要だろうか?」


「私だけで可能と思いますがお任せします」


「了解した。状況を見ながら加勢する。実行犯から情報が欲しいので、可能な限り殺害を避けてほしい」


「分かりました。他にはありますか?」


「全て了解した。御者への攻撃開始と共に小官は行動開始する」


「分かりました。それでは制圧を開始します」


 そして母さんは魔導馬車の速度を上げた。




「ウィン、作戦は聞いていたわね」


「基本、はじめに矢を射るのと、周辺の警戒よね」


「頼むわね。御者を狙うのは最悪外してもいいけど、注意はこちらに引きつけなさい。あと殺さないように気を付けてちょうだい」


「わかったわ」


 移動中とはいえ、横づけするなら距離的には問題無いだろう。


 あたしは人間を殺したことは無いが、日常的に狩りには参加している。


 ただの予感だけれど、悪人を殺すこと自体には忌避感は無いと思う。


 特に今回は状況的にキャリル誘拐の実行犯の可能性が高い。


 陽動の可能性もまだ否定できないけど、いずれにせよあたしたちの敵だろう。


 敵はぶっ潰す、それだけだ。


「そうそう、先に言っておくわ。私が魔導馬車を降りたらハンドルとブレーキをお願いね」


「……マジなの?」


「ハンドルは直進するように動かさなければいいだけよ。ブレーキは馬車のものと違って、このペダルを踏んでくれればいいから」


「マジかー……わかったわよ」


「お願いね」


 そして魔導馬車は、前方を走る箱馬車に近づいて行った。



――

※メイドを侍女という語に変更しました。(2024/5/9)

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