03.めんどくさいんですけど
ディンラント王国が位置する大陸では四季がある。
春分、夏至、秋分、冬至がそれぞれ春夏秋冬の始まりだ。
暦の話をするなら一年は三百六十日の十二か月で、一か月は三十日、一週間は六日だ。
数百年くらい前の暦だと、春夏秋冬に三か月ずつある呼び方をされた。
例えば一月は“冬の一の月”、五月は“春の二の月”と呼ばれたみたいだ。
でもいまではこの大陸では一月から十二月まで数字で呼ばれてる。
たぶんみんなめんどくさかったんだとあたしは思う。
曜日は地曜日から始まり、地水火風光闇曜日と呼ばれている。闇曜日はこの大陸では休息日と呼ばれ、地球でいう日曜日のように休みの日にしている国が多い。
なんで急に季節やら暦の話をし始めたのかといえば、“聖塩の祝祭”を夏に行うことが決まったからだ。
暦でいえば四月に王国からミスティモントの聖地認定が発表され、同時に祝祭を行うことや記念日を制定することが決まった。
このとき問題になったのは、祝祭をいつ行い、記念日をいつにするのかということだった。
当初は両方を奇跡が起きた春ころにする案が出されたみたいだが、王家が商業ギルドとか学者などに相談したところ反対されたようだ。
商業ギルドからは王都の政商を中心に多くの商会が、春ころは小麦の種まきの時期に重なるので巡礼客が減ると王家に泣き付いた。
学者たちは冬のあいだは入試で忙しく、春先は休み明けの学生対応で教員が忙しいと騒いだ。
学校が秋も九月が新年度なので、できれば夏休みのある八月ころにしろと学者たちがねじ込んできたらしい。
「それで“聖塩記念日”を四月の第三地曜日にして王国の祝日と定めて、それとは別に八月の第三地曜日から“聖塩の祝祭”をミスティモントでやる折衷案になったのね」
「そういうことですの。父上から聞いた話ですから間違いないですわ」
「そうね、あたしも市長がそんなことを父さんに言ってたのをうちで聞いたよ。商業ギルドの話かな。学校関連は知らなかったけど」
そんなことを話しながら初等科受験者用の本のページをめくる。
いまあたしたちはティルグレース伯爵邸の談話室で勉強をしていた。
基本的には自習だが、時々雑談したり二人がかりで調べ物をしたり、互いに質問をしあったりしている。
ちなみに今のあたしはお仕着せの侍女服を着てテーブルに向かっている。
キャリルの側付き侍女の補佐という扱いだ。
お茶出しと護衛と勉強の手伝いと、スパーリングパートナーが主な仕事になっている。
最後の奴は補佐とはいえ侍女の仕事としてどうなんだとは思うが、シャーリィ様が直々に副侍女長などに指示したそうなのでちゃんとした仕事らしい。
それでも使用人のみんなをはじめ、伯爵家の方々にはかなり甘く接してもらっている気がする。
特に口調に関してはそのままにしてほしいと、ウォーレン様じきじきにかなり強く言われてるし。
完全にあたしはキャリルの友だち枠だよなという自覚はある。
「そういえばウィン、あなたは婚約者はいますの?」
「なによ藪から棒に。あたしは貴族でも無いし、幸か不幸かまだ決まっていないわよ」
「そうですのね。“聖塩の祝祭”には各地から色んな殿方がいらっしゃいますが、よろしかったらお見合いをセッティングいたしますわよ?」
「いや、せっかくだけど必要無いよ。仮に婚約するにせよ、学校で探すことにするわ」
「あら、行き遅れても知りませんのよ」
「まあ、その時はその時よ。――それよりキャリルはどうなのよ?」
「わたくしも未定ですが、いま候補を父上と母上が選んでいるようです」
「そうなんだ」
「ええ、スケジュール感としては学院の初等部の間に婚約を決めるという話はしていますの」
「結婚に関しては貴族はどうしても王国との関りがあるから、家柄とかいろいろ大変だよね」
「そうですわね。ロレッタ姉さまもわたくしと同じスケジュール感と思いますが、こんどお見合いするみたいですの」
「なるほど、それで婚約者の話なんだ」
「ふと思っただけですわ」
「でもあたし、さっき大変て言っちゃったけどさ、見合いとか家同士のことで決めた相手でも、結婚したその旦那さんと結婚したあとに恋をすることもできるみたいだよ」
「結婚した旦那様と結婚後に恋をする……」
「うちの母さんの蔵書で見かけたんだけどね」
じつは嘘だ。
日本でそういう知り合いが居たという記憶があるだけだ。
「そうなのですね。覚えておきますの」
キャリルはあたしの言葉にくすりと笑って告げた。
森の木々も新緑のころから移り、深緑色に変わりつつある。
もうすぐ季節の上では夏だ。
あたしは父さんと深い森を進む。
林道を先行していた父さんが片手を上げたので足を止める。
獲物でも見つけたのかと思い周囲の気配を探ると、確かに少し大きめの獣が三頭居るようだ。
今日は父さんにくっついて狩りに同行していた。
すでにウサギを三匹狩って血抜きしてから【
「どうするの?」
「魔獣とは気配が違うのは分かるな? イノシシのたぐいだろう。街に近づいたら畑が荒らされるし、狩った方がいい」
「分かった」
父さんに応えてから弓矢を準備しようとする。
魔獣は向こうから襲われない限りは冒険者に任せるのが狩人の暗黙のルールだ。
破れば冒険者ギルドから文句が来る。
これは冒険者ギルドの相談役を兼業している父さんでも変わらない。
「待った」
「どうしたの?」
「せっかくだから弓は使わず仕留めてみせてくれ」
「えー」
めんどくさいんですけど。
「母さんからのトレーニングの成果を見せてくれよ。おれに見せるのは恥ずかしいか?」
そんなことを言って父さんはニヤニヤしている。
「そんなこと、ないけどさ」
あたしは弓矢を【
それぞれ右手と左手で順手にもち、武器に異常が無いことを確認する。
「はじめるわよ」
「ああ」
返事を待たずに身体の内在魔力をコントロールし、全身に循環させて身体強化と反応速度の上昇をおこなう。
母さんに習った手順だ。
同時に身体の外に漏れている魔力も抑え込み、魔力の循環に加える。
これで気配遮断のスキルに近い効果は出ていると思う。
「行ってくる」
そう言ってあたしは林道から外れ、森に分け入った。
森の中の空気の動きを【
父さんの読み通りイノシシが三頭いた。
樹々の合間のやや開けた場所で、樹の根っこ辺りを掘り返している。
固まっていたらラクだったんだけど、位置的に二頭一組と一頭とでばらけてるな。
いつもはここから弓矢で仕留めるのだが父さんのリクエストがある。
エサを探してるんだろうけどごめんね。
あんたたちはあたしたちの稼ぎになるの。
あたしは二頭一組の方の傍らへと踏み込んだ。
魔力循環による身体強化を絶やさずに、左右それぞれの手を使って目の前の二頭のイノシシの首に風属性の魔力を纏わせた斬撃を放つ。
身体強化で加速しているので、同一箇所に四撃加えているが
あたしの斬撃で二頭の首の半分ほどまで刃が達し、傷から血を吹き出しつつイノシシたちの身体から急速に力が失われていく。
魔力循環による疑似的な思考加速の中であたしは、三頭目が野生の勘だろうか、振り返ろうとするのを認識する。
そこからさらにあたしは踏み込んで残る一頭の傍らに立つと、先ほどと同じように風属性の魔力を込めた斬撃を四撃加えた。
イノシシは身体から力を失い、その場に崩れた。
念のため周囲の気配を探ってから、身体の魔力循環を弱めたところで父さんが現れた。
「鮮やかだな、見事じゃないか」
父さんが弾んだ声をかけてくる。
「そうかな、母さんにあんまし褒められたことないんだけど」
「
四閃月冥とその裏では、武器や拳などに纏わせる魔力属性がちがう。
父さんがワザを知っているのは、母さんから聞いているかららしい。
「打撃力が大きすぎて断面がきれいに行かないと思ったのよ」
「突き技で頭を狙っても良かったんじゃないのか?」
「そうだけど、皮ができるだけ無傷のほうがいいとおもっただけだよ。頭とかだと傷が目立つでしょ」
「確かにな」
「首の血管の場所も自信がなかったから、
「そうか」
その後あたしたちはイノシシの血抜きを済ませ、【
「そういえば父さん」
「どうした?」
「夏ごろ祝祭があるみたいだけどさ、父さんは何か仕事あるの?」
「つきあいで飲んで歩くかもしれないけど、それ以外は特にないかな」
「それじゃあさ、昼間とかは母さんや姉さんたちと祝祭を見て回らない?」
「ずいぶん気が早いな」
そう応えて父さんが笑う。
たしかにまだちょっと早いけどさ。
「ふと思ったのよ」
「そうか。まあ早めに決めておいた方が忘れなくていいかもな」
森を出た後にそんなことを話しながら、あたしたちは家路についた。
――
※メイドを侍女という語に変更し、それに伴い記載を若干修正しました。(2024/5/9)
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