02.いろんな客が来るよね
ミスティモントのティルグレース伯爵邸を訪ね、応接間に案内された三名は自然体でソファに座り、聖塩騎士団団長のウォーレンを待っていた。
「ロッドさん、さっき女の子を観察してましたよね」
「急に何だ」
「いや、ロリコンじゃ無かったよなと思って」
「街道のどこかで心臓発作がいいか?」
「カンベンして下さいよ、珍しい視線だったなと思っただけです」
「年齢的にはおまえが一番近いな。もしも用があるときはお前に任せる」
「用ができそうなんですか?」
「分からん。が、あの身のこなしに何となく心当たりがあった」
「まあ、……お嬢ちゃんの敵にならないのを祈っときます」
「そうだな」
程なく応接室にウォーレンが現れると三名は立ち上がり、自然な所作で敬礼をした。
「楽にしてほしい、座っていいよ。――あと、初めに言っておくけどウォーレンと呼んでくれればいい。知っての通り父上と同じで我が家は虚礼が苦手でね」
「分かりましたウォーレン様」
「うん」
ロッドと呼ばれた男がウォーレンに応じ、三名は指示の通りソファに座った。
ウォーレンは上座に着いて口を開く。
「王都からわざわざ“草刈り”のために悪かったね“庭師”の諸君。それで、何か新しい話はあるだろうか」
ウォーレンは“庭師”と呼んだが、いわゆる“暗部”と呼ばれる部隊の者だ。
部隊については“鱗の裏”という二つ名で呼ばれることもある。
王国の正規軍である光竜騎士団のうち、王国中央地域を管轄する第一師団内に存在するが、詳細は秘匿されている。
「はい。討伐されて塩に変わらなかった地竜の身体から回収された魔道具が、どこの国のものかは結局特定できませんでした。ただ、同時期に非公開で対外工作を決めた国を調査したところ、プロシリア共和国議会で我が国への工作が承認された痕跡がみつかりました」
「まあ、想定の範囲内だ」
「現在外交ルートで非公式に抗議を入れており、何らかの補償がない場合は情報を“使う”旨を共和国に通達しました」
情報を“使う”というのは、共和国内に証拠付きで噂をながすという意味だろうとウォーレンは理解する。
初期に流す相手を吟味しておけば色々な効果を起こせるだろう。
「同様の動きが再発する可能性は?」
「政策的にはほぼ無いという分析です」
「『政策的に』という意味は?」
「共和国はご存じの通り、ヒト族に虐げられて独立した魔族や獣人族が建国した国です。現在ではヒト族の共和国民も増え、ヒト族に敵対的なわけではありませんが、一般の共和国民が自国第一主義を掲げたりします」
「共和制民主主義ってやつだね」
「はい。従い民衆の強硬派や武闘派が国に代わって工作してくる懸念はあります。その場合、共和国政府は遺憾の表明と実行者の逮捕や引き渡しに応じるかも知れませんが、補償は不明です。――つまり、王国に被害だけが残る可能性が指摘されています」
そこまで聞いてからウォーレンは眉をひそめる。
「世論を誘導して悪人を動かして、あとはゴミとして王国に棄てさせるってひどい話だね」
「……」
「ともあれ状況は分かったよ。外交と軍事の正攻法で備えるのが無難ってところか。聖塩騎士団設立はそういう意味ではいい材料だったね」
「私見ですが同感です」
「それで、“草刈り”の方はどうするんだい?」
「ティルグレース領所属の“庭師”と連携して、ミスティモントに潜む草への処理や鉱山への工作の調査を主として行います。また聖地認定された関係で祝祭が開かれるとのことでしたので、それに付随した当地での各国の活動を警戒します」
「王家や国教会から要人が来るし、国内の貴族やら周辺国からも来るから頼むよ。手が足りないときは言って欲しい。父上を使って君らの同僚の増派や、妻の実家の辺境伯家の“庭師”を借りる手もあるからさ」
「了解です」
「頼んだよ、ロッド・フォックス君。――それと」
三名は立ち上がり、ロッド以外の青年が「アンディ・ボイスです」と告げ、少年が「トッド・ウィルソンです」と告げてから全員で再度敬礼した。
「直りたまえ。……全く、本名を教えてもらえないのは残念だよ」
「決まりですので。ただし、お伝えした名前は“庭師”である限りはずっと使われます」
「そうなんだ。じゃあ、頼んだよ三人とも」
「「「はい」」」
そしてウォーレンは席を立ち、応接室を離れた。
ディンラント王国が王立国教会によるミスティモントの聖地認定を発表すると、その経緯を含めて国内はもとより周辺国まであっという間に伝わった。
同時に聖塩騎士団の常駐が対外的に布告されたり、聖地認定の祝祭の実施や記念日の制定なども発表された。
発表直後から街ではお祭り騒ぎになり、一週間ほどは昼夜問わず酔っ払いが道に転がっていた。
「それじゃあウィンは特待生受験を目指すことになったのね?」
「なんかねー……いつの間にかそういう流れになっちゃったのよねー……」
あたしはいま肉の串焼きを焼いていた。
聖地認定で観光客が増えるのを当て込んで、ミスティモントには様々な屋台が並びだした。
幼なじみのリタの肉屋でも屋台を出すことになり、リタは自分のお兄さんと二人で店を出している。
手が足りないというので、時間を見つけてそれを手伝っている。
当初のお祭り騒ぎが収まったとはいえ、焼いた端から串焼きが売れていく。
「それじゃあ十歳になったら初等部に行くのね? いいなあ、王都か」
「どーして受かる前提なのよ……」
「大丈夫よ、ウィンは記憶力とか凄いし、計算もできるし」
「似たようなことは家でも言われたけど、勉強はする必要があるじゃない」
「そんなこと言っても負けず嫌いだから何とかすると思うよウィンは」
「解せぬ」
そうしている間にも手を動かし、串焼きが焼き上がっていくので順次リタのお兄さんに渡していく。
「それで、キャリルさまのところで働く話はどうなったの?」
「週に二日来てもらうことになったのですわよ? ――串焼き三本下さる?」
屋台のコンロから顔を上げると、くすんだ色のローブに身を包んだキャリルが居た。
反射的に周辺の気配を探るが、分かるだけでも十名ほど人混みに紛れて警護しているようだ。
キャリルは似たようなローブ姿のお付きの者経由で串焼きを一本受け取ると、もきゅもきゅと食べ始めた。
「買い食いは最高なのだわ」
「またお忍び? ……暇なのあなたは?」
「キャリル様、毎度ありがとうございます」
呑気に串焼きを頬張るキャリルにあたしとリタが声をかけた。
あたしはため息をついてさらに告げる。
「……確かに週二日、伺ってるわよ。マナーや諸々を身に付けるいい機会だからって母さんに言われたのよ」
だが始めのうちはキャリルのお母さんであるシャーリィ様の着せ替え人形にされてしまったのだが。
シャーリィ様は結婚前は、後宮警備にあたる女性騎士団の一角騎士団に所属していたと聞いていた。
ウォーレン様やキャリルのバトルマニアぶりもあって覚悟していたのだが、キャリルの姉のロレッタによると筋肉ダルマな戦士を見かけるとスイッチが入るのだという。
「お忍びは領民の生活を知るのに重要だと父上から言われていますの。それにお付きの者には要人警護の訓練になるのですのよ」
あたしは思わずお付きの人に「お気の毒さま」と告げると、さわやかな笑顔が返ってきた。
「あんまり遅くならないようにしなさいね」
「分かっておりますのよ。それでは失礼しますわ」
そうしてキャリルはお付きの者と去っていった。
「大丈夫なのかねぇ」
「大丈夫と思うよ。――すまない、串焼きを三本頼む」
知った声がしたのでコンロから顔を上げるとシャーリィ様が居た。
濃い色の乗馬服のような男装の上からキャリルと同じようなくすんだ色のローブに身を包み、お供の者と立っている。
淡いゴールデンブロンドの髪は、まとめてお団子にしていた。
「シャ……どうしたんです、こちらに用事でも?」
そう言いながら反射的に周辺の気配を探ると、分かるだけでもやはり十名ほど人混みに紛れて警護しているようだ。
「ああ、気晴らしでちょっと歩いているだけさ。途中でうちの子を見かけたのもあるけれどね」
シャーリィ様は自分でリタの兄に支払いを済ますと、串焼きの一つを頬張りだす。
「忙しいかい?」
「そうですね。稼ぎ時だと思います」
「そうか、それなら長話も邪魔になるよね。また話を聞かせてね」
「はい、お買い上げありがとうございます」
シャーリィ様はあたしに手を振ってから残りの串焼き二本をお供の人に押し付けて、キャリルと同じ方向に歩いて行った。
「知り合いだったの?」
「あ、うん。父さんと母さんの知り合い」
「ふーん」
嘘は言って無いと思う。
「まったくお祭り騒ぎになるといろんなお客さんが来るわね」
「怪しい客でも見かけたかい? ――串焼きを一本頼むよ」
ウォーレン様の声がしたので顔を上げると、冒険者が着るような黒っぽいコートを着込んで立っていた。
腰には片手剣を佩いている。
いちおう反射的に周囲の気配を探るが、護衛しているような者の気配は感じられない。
だが何となく視線を感じた気がして人混みを見ると、伯爵邸で見かけたことがある人と一瞬目線が合った。
その人は軽くうなずいてからあたしから視線を外した。
「冒険者ギルドに用があって移動していたら気になるものを見てしまってね。少し追いかけているだけさ」
ウォーレン様は楽しそうにそう告げてから自分でリタの兄に支払いを済ませ、串焼きを受け取った。
「それじゃあね」
軽く手を振りつつ、ウォーレン様はキャリルと同じ方向に歩いて行った。
「またウィンのお父さんの知り合い?」
「そんな感じかな」
客商売をしてるといろんな客が来るよねなどと適当なことをリタと話しながら、あたしは肉の串焼きを焼いていた。
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