11.破壊神はさすがに


「なにか、試練であるとかそういう種類のことがこの子に起こるのでしょうか」


「順にお話ししますが、神々が人に試練を与えることはごくごく稀なことです。世界の運命が関わるようなことでなければ試練は無いと言っていいでしょう」


 そう言ってソフィエンタは微笑む。


「先日ミスティモントの街が地竜に襲われたときに、街を護るために地竜を塩に変えました。これは、わたしの巫女となったウィンの働きによります」


「……! ウィンが薬神様の巫女に?!」


「ウィンの魂は深いところでわたしと縁があります。それゆえにウィンの故郷の危機をわたしが教えたとき、護りたいとこの子は望みました」


 母さんがあたしに視線を向けたので、あたしは深く頷いてみせた。


「神が直接地上に手を下すのは、殆どの場合世界の運命に直接影響する出来事だけです。もし神の助力を現わしたかったら、巫女やかんなぎが関わる必要があります」


「そう、だったのですね」


「その上で今後起こることとしては、ウィンが教会に召されて一生を過ごすよう強いられる可能性があります」


「巫女ともなれば教会にお仕えするのが道理というお話ですね」


 ソフィエンタの言葉に、母さんの表情が少し硬くなる。


「ちがいます。――そこが説明が必要とおもっています」


 何を想像したのか、母さんは足の上で両こぶしを固く握りしめる。


「巫女やかんなぎは教会で働くべきだとする神がいることは否定しません。その一方で、神とつながりが深いからこそ市井の諸人の中で己の意志のままに働くことで、うつつを善きものに変えることを望む神も多く在ります」


「なれば薬神様は……」


「ウィンの魂の価値は、本人が自由であることによって保たれるとわたしは確信します」


「薬神様」


「平たくいえば鍛冶の神なり豊穣の神なりが居たとして、巫女が教会で儀式に耽るのも悪くないですけれど、鉄や土に触れてもらった方が嬉しかったりするわけですよ」


「――承知いたしました」


 ソフィエンタの言葉に母さんは納得した表情を浮かべた。


「ですからジナ、あなたにはウィンが自由に生きられる助けをしてほしいのです」


「自由に、ですか」


「遠くない未来に教会はミスティモントの街で起きた奇跡を調べるでしょう。このときに巫女やかんなぎを探すはずです。これをウィンが自らの意志で名乗り出ることも隠れることもできるようにしてあげてください」


「承知いたしました」


「また、これはお願いですが、あなたが持つ多くの技術を伝えたうえで、ウィンがより多くを学べる手立てを考えてあげてください」


「薬神様……。微力を尽くしますわ」


「お願いしますね」


 どうやらソフィエンタと母さんの話は済んだようだ。


「薬神様、お母さん……。あまり厳しくされると挫けてしまわないか心配なんだけど……」


「心配することはありませんよ」


「大丈夫よ」


 双方向から問題無いと告げられたうえで、ギラギラした笑わない目でおほほほほほと二人が笑っている様子が、あたしにとってはかなりホラーとして記憶された。


「もう少し深い話をすると、魂の形と言ったらよいのでしょうか、ウィンはあなたの夫のブラッドよりもあなたの方に似ているのです」


「それはどういうことでしょうか」


「あなたが積んだ全ての研鑽を、世界で一番継承できる可能性があるのはウィンだということです。覚えておいてあげてくださいね」


「……ありがとうございます」


「そしてウィン、あなたは自由に生きなさい」


「ありがとうございます」


 言われるまでも無いことはソフィエンタも分かってるだろうに、ここで念押しか。


 何か厄介ごととか無ければいいなあ、などとあたしは考えていた。


 ソフィエンタが要件が済んだ旨を告げたので、母さんとあたしは揃って頭を下げた。


 そして頭を上げたところで、二人とも教会の入り口に立っていることに気が付いた。


「……ウィン、あなた、覚えているのかしら?」


「薬神様にお茶を頂いたことなら覚えてるわ」


「そう」


 母さんの目の奥には、やる気とかそういう類いの意志の働きが動いているように感じられた。


 その後あたしたちは神官さまに会って先日の礼を告げ、母さんが寄進をしたりしていた。




 惑星ライラに大きな変化も見られなかったので、ソフィエンタは監視を分身に任せて神々の街にある図書館の一つから研究書を数冊借り出していた。


 図書館を出たところで分身から連絡が入った。


 ソフィエンタの巫女であるウィンが奇跡を願った関係で、ディンラント王国の王立国教会が幹部会議を始めたらしい。


 惑星ライラの時間で、奇跡が起きてから一年ほど過ぎている。


 奇跡に関する調査が一段落したそうで、その内容を精査するからソフィエンタの本体も見ておけということのようだ。


 一瞬考えてから手の中の研究書を自宅に転送し、自分も神々の街から少し離れた何もない白い空間に瞬間移動した。


 視線を媒介に大型ビジョンをその場に出現させ、同時に出現させたソファに座って会議の様子を画面に中継させた。


 中継を見始めたところで、傍らに二柱の神格が現れた。


 火の神格であるアタリシオスと、光の神格であるハクティニウスだった。


「やあソフィエンタ、こんなところで鑑賞会かい?」


 若干の暑苦しささえ感じさせるイケメンスマイルを浮かべながらアタリシオスが声をかけてきた。


 その隣で眠そうにしている少年の姿のハクティニウスは、軽く手を振っただけだった。


 彼はいつも眠そうにしているので具合が悪いとかではないだろう。


「アタリシオスとハクティニウス、こんにちは。あたしの巫女が惑星ライラで奇跡を願った件で動きがあったみたいなの」


「ああ知っているよ。レッサーフレイムドラゴンが塩になった件だろう? 火のブレスを使う地竜が関わっているから、いちおうボクも把握しているんだ」


 あたしがハクティニウスを見やると、アタリシオスが口を開く。


「彼は自宅でダラダラしてたからボクが連れまわしてたんだ」


 ハクティニウスは何故か眠そうな表情のままでサムズアップしてみせたが、機嫌はいいのかも知れない。


 そういう間にも二人はそれぞれにソファを自分たちで出現させて座った。


 ハクティニウスはローテーブルとポテチを追加で出現させて、もそもそと食べ始めたな。




 ディンラント王国王都であるディンルーク、その中央エリアにある王立国教会の会議室には、円卓を囲んで教皇をはじめ高位聖職者たちが集まっていた。


 ティルグレース伯爵領で起きた奇跡に関する会議だ。


 その内容によっては世界情勢にも影響することは、集まったもの全てが認識していた。


「さて諸君、ことここに至っては、ティルグレース領ミスティモントで起きた事象を奇跡とすることには異存は無いだろうか」


 フェルトン教皇がそう告げて参加者を見渡す。


 しばらく待つが、室内には沈黙が保たれた。


「宜しい。沈黙を以てこの瞬間に奇跡が認定されたとする。なおこの奇跡については書陵部に確認し重複がないことを確認したうえで、各位から提案されていた“ミスティモントの奇跡”と名付けるが、異存は無いだろうか」


 改めてしばし待つが、室内には沈黙が保たれた。


「宜しい。沈黙を以てこの瞬間に“ミスティモントの奇跡”が制式に認定されたとする。諸君、改めて宣する、“ミスティモントの奇跡”を神々に感謝申し上げます!」


 参加者が揃って「神々に感謝申し上げます!」と告げた。


 直後に室内には拍手が満ちた。


 やがて教皇は挙手して参加者の拍手を止め、口を開く。


「ふむ、平素の会議に比して驚くほど順調じゃのう」


 教皇の言葉に参加者から含み笑いが漏れる。


 普段は政治的な思惑で対立することもある幹部たちも、王国史に残る会議に参加していることに誇らしさを感じているのかも知れない。


「さて、ここから褌を締めなおして進めねばならんわけじゃが。イグレシアス枢機卿、説明を」


 教皇は自身の懐刀に指示をした。


「はい。既に皆さまは把握しておられることですので、概略を。奇跡が認定されたことで、ミスティモントを聖地とするかという論点が生じました――」


 枢機卿は以下の内容を説明する。


・通例では奇跡があり、近隣で聖人や聖女、巫女やかんなぎが見つかった場合はその地を聖地とする。


・条件を満たしたと判断できれば、聖地とする。


・ミスティモントを含むティルグレース伯爵領では聖人や聖女、巫女やかんなぎは見つからなかった。


・奇跡を起こした神は火を吐く魔獣を退けたことで、火属性以外の神格が関わったと判断された。


・魔獣が塩になったので、塩を融かす水属性や吹き飛ばしうる風属性の神格は関わっていないと判断された。


・地属性を持つ神格のうち、地神、豊穣神、薬神のいずれかが関わったと判断された。


・ミスティモント及びティルグレース領では、薬神の加護を持つ民がほかの地域より多くみられた。


「以上より、“ミスティモントの奇跡”は薬神様の奇跡と判断されました。調査にご協力いただきました司教部、典礼部、書陵部、観測部をはじめ、各所の皆さまは本当にお疲れ様でした」


「それでじゃ、書陵部の協力もあり過去にも住民の加護の分布と奇跡の種類を根拠に聖地認定をされた先例があることが確認できておる」


 教皇の説明に書陵部の長が、ここ三百年で二回認定されていることを補足説明した。


 それを受けて教皇は話を続ける。


「ここまでは聖地認定に関する話なのじゃが、これに付随してより根本的な問題が指摘されておる。民を癒す薬神様が、民のためとはいえ奇跡で命を殺すということについてどう解釈するのかという問題じゃ」


「我々の教義に踏み込む話ですね……」


「典礼部におる研究者の中からは、いっそのこと薬神様に破壊神的な属性があると仮定する案なども出ておるんじゃが、破壊神はさすがにのう……」


 教皇に枢機卿が応じてから、会議室には沈黙が満ちた。

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