08.恐怖や悲嘆ではなく憤怒と悔恨


 彼方まで広がる白い空間で体を起こしたあたしはゆっくりと立ち上がり、ソフィエンタに向き直った。


「ここは神域のどこかね」


「そうね。――それにしても、ずい分かわいらしいお子様になっちゃって」


「仕方ないでしょう。肉体年齢は五歳なんだから」


 改めてウィンの立場からソフィエンタを見れば、神にふさわしい浮世離れした美しい姿をしていた。


 あたしに似たやや勝気な印象を与えるアーモンド形の目に、特徴的なセミロングのストレートヘアをしていて、髪の色は黒に近い深緑色だ。


 服装はフレアスカートに上はニットを合わせている。そういえばこんな格好をしていたかもしれないとおもう。


 全身には淡い黄色の燐光を纏い、清廉な神気を発していた。


「特に選んだわけではないけど、髪色は同じような色になったわね」


「ジナ母さんからの遺伝ね。父さんは深い赤毛だし」


「与えた加護の関係なのかしらね。まあ、今後の研究課題ってところかしら」


 あたしたちは互いに観察しながら、ああでもないこうでもないと批評をしていた。




「それで、あたしを呼び出したのはファッションチェックをするためってわけでも無いんでしょ?」


「当然。あなたの街、いきなり襲われてるみたいじゃない」


「そうなのよ。スタンピード? モンスターが大量に迫ってるみたいでさ」


「スタンピードは方向が逸らされたみたいだから大丈夫ね。その原因のほうがちょっと問題ありそうだから確認しておこうと思ったのよ」


 そう告げてソフィエンタはあたしからみて左側の空間に視線を移すと、二脚のソファと大型LEDスクリーンが突然現れた。


「画像を見せて説明するわ。座って」


 あたしとソフィエンタはソファに座り、スクリーンに映し出される画像を確認した。


 スクリーンにはあたしが避難した教会地下三階のシェルターの様子が映し出されている。


「もともとあなたの様子は確認していたのだけど、今回教会の敷地に逃げてきたでしょう。教会ってことで神気を通しやすい環境になってこうやって連絡がとれたわけ」


 目の前にはあたしをはじめ、イエナ、ジェストン、アルラが毛布にくるまって寝入っている様子が映し出されている。


「現在の映像よ」


 画面の端の方にはデニスが盛大によだれを垂らして寝入っているのが見え、おもわず吹き出してしまう。


 その後画像が順に切り替わり、教会のほかの場所であるとか街なかの現在の様子が映し出されていく。


「見ての通り、あなたの街にまだ被害は出ていないわ」


「父さんと母さんは?」


「戦っているわ」


 画面が森の中に切り替わるが、やや開けた場所でブラッドとジナが地竜に遭遇したところのようだ。地竜は地球でいえば四トントラックくらいの大きさはあるだろうか。


 ブラッドが地竜に突進したところでジナの姿が消える。


 地竜がブラッドに右前足を振り下ろすが、ブラッドは移動しながら鉄塊に似た両手斧を振り回して足首のあたりで切り落とす。


 怒った地竜が火のブレスを吐きだすが、斧でガードしながらブラッドは素早く避ける。


 直後に地竜の背後にジナが現れたかと思うと地竜の尾と右後ろ足が切断され、地竜が転倒する。


 ブラッドが斧を振るい、地竜の頭部に縦に一撃を入れる。斧の刃は地竜の脳にまで到達しているだろう。


 地竜はほぼ死に体だったがそれでも動こうとするので、ブラッドがさらに斧を振るって地竜の首を落とした。


 ここまで会敵してから数分の出来事だった。


「すごっ」


「手慣れてるわね」


 その後ブラッドとジナは何かを話しているようだったが、ジナが魔法を唱えた後その場から速足で移動を開始した。




 画面は再び街なかに切り替わった。


「ご両親に関しては問題は無いのよ。戦闘に破たんする要素も見られないし、あとであなたたちと無事に合流できるでしょう」


「ということは、他に問題があるのね」


「そうよ。これから見てもらう内容は、あなたが時神の加護を持つから見せられる内容よ」


「時神の加護……」


 そういえば、とあたしは思う。


「あたしがスタンピードに気づけたのは、時神の加護の関係なの?」


「そうかも知れないけど詳しくは秘密よ。……産まれた段階で神界の秘密に関する部分の多くは、あなたの魂の記憶から除去されているの」


「まあ――当然といえば当然なのかしら」


「その関係で色々と忘れてることもあると思うけど、それでもあなたはあたしの分身よ。その分、あなたにはできることがある」


「……」


「まずは、このまま放置したら街に起こることを見てもらうわ」


 画像は街の南にある門の付近に移る。


 街は防衛を意図して、土魔法で作られた岩を使って防壁で囲まれている。その壁が、ある瞬間に外側から崩された。


 崩れた防壁の箇所から、先ほど両親が倒していた地竜と同種のものが街に入り込んでくる。


 直ぐに領兵が応戦するが、武器による攻撃が通らないようで苦戦している。


 そのうち追加で地竜が侵入し、領兵は防壁の付近から撤退する。


 地竜たちは瞬く間に門の近くにあった商家の厩舎にたどり着き、火のブレスを吐きだす。


 すぐにその場にいた荷車用の馬や牛が大やけどを負い地面をのたうち回るが、地竜がそれに襲い掛かり捕食し始める。


「ここからは酷い映像よ」


 商家の者だろうか、一人の老人が両手斧を担いで地竜たちに向かっていく。


「何で逃げないのよ!!」


 思わずあたしは叫びつつ、ソファから立ち上がった。


「地竜に食べられた牛や馬が相棒だったか家族だったか、それとも資産だったか。いずれにせよ彼は怒りで行動しているわね」


「……無茶よ」


「ええ」


 地竜への斧による攻撃は通らず、煩わしそうに首を老人に向けると火のブレスを浴びせた。


 老人は重度のやけどを負いその場に倒れる。それを遠巻きに見ていた者たちから、老婆がひとりトコトコと老人に駆け寄った。


「なんで……」


 その老婆と話したことは無かったが、買い物するときに街の市場で見かけたことがある顔だった。


 そういえば、老婆と並んで先ほどの老人も買い物する光景を何となく見た記憶があるかも知れない。


 老婆は必死に老人を引きずり逃げようとする。だが、牛馬を捕食し終わったのか、地竜たちが老婆たちの方に首を向けた。


 そして地竜たちは火のブレスを二人に浴びせたあと、先ほどの牛馬と同じように捕食しようと口を開いたところで画像が切り替わった。


 スクリーンには夜の静寂に包まれた街の様子が映し出されていた。


「なんでよッ……!!」


 そう絞り出した声に含まれたものが、怒りと悔しさであることは自覚できた。


「納得できないわよッ!!!」


「――おちつきなさい、ウィン。あなたは私の分身よ。あなたが吐き出す感情はあたしにもあるものよ。恐怖や悲嘆ではなく、憤怒と悔恨でしょう」


「……くっ」


 あたしは思わず唇を噛むが、同時に自身が感じた悔しさで目に涙が浮かんでいることを自覚する。


 そこまで認識してから、あたしはソファに腰を下ろした。


「あれは、地竜を放置した場合にこれから起こりうる未来の一部よ。まだ確定したわけじゃ無いの」


「……」


「あなたの両親も兵隊さんたちも頑張ってるけれど、このままでは街の南側から六頭の地竜が侵入するわ」


「……どれだけ被害が出るのよ」


「街の南側で火事が起きて、面積にして街の三割が全焼するわね。そして火災や地竜による死者はお年寄りを中心に数十名近く出るでしょう」


 あたしは教会でシーマおばさんと話したことを思い出していた。家に残ろうとする年寄りがそれなりの人数で居るという話だ。


「そんなの、納得できないわよ……」


「ふふ、やっぱりあなたはあたしの分身なのね。誰かのために怒ることができて安心したわ」


「何とかできないの?」


「“あたし自身は”何もできないわ。神様が“無条件に”現実を変えるなんて許されないもの」


「……なにか条件を満たせばいいのね?」


「あなたの場合、条件自体は簡単よ。あなたがあたしの巫女になればいいだけ」


「巫女って――教会に就職しなきゃならないってこと?」


「そこが面倒なところでね。巫女だとかかんなぎと呼ばれる者は本人の心根の問題だから、神様的にはどこでどんな仕事をしてても気にしないわ」


「どんな仕事でもか。水商売でも?」


「おい、五歳児が水商売とか言うな! ――まあ、巫女やかんなぎに選ばれる人間は、その神が望まない行動はしないから、どんな仕事でも大丈夫よ」


「なら問題ないじゃない」


「神さま側にはね。問題は、あなたを巫女と知った教会だとかその他がどう扱うのかって話」


「ああ、そっちか」


「それに関しては、あなたのお母さんがいい方法を知ってるわ。ご実家が特殊な傭兵の家系だった関係で、魔法で能力をごまかす方法を知っているはずよ」


「そ、そうなんだ」


「そうよ。そこは後で相談なさい。なんなら二人で教会にこればあたしが説明するわ。――だからあとはあなたにやる気があるかどうかって話だけよ」


 そんなの応えるまでもないだろうに、とあたしは思った。

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