05.血の臭いがした気がした
あたしは五歳になった。
故郷であるミスティモントの街にもずいぶん馴染み、家事手伝いの合間に遊び歩くのが日課になっている。
家族のことも色々把握できた。
そもそもあたしが産まれたヒースアイル家は、あたしの父方の祖父――ブラッド父さんの父親が一代限りの騎士爵であるようだ。
父さんもお爺ちゃんに騎士団に入れられそうになったようだが、集団行動というか国に仕えることに忌避感があったらしい。
おじいちゃんが政治的な面で苦労するのを見て嫌になったみたいだ。
父さんは王都にある実家のことを自身の兄たちに任せ、冒険者になった。
冒険者というのは戦闘力を持つ何でも屋のことを指すようだ。
母さんと出会ったのは冒険者時代のことらしい。
その後腕を上げ名を上げた後、剣の同門だったティルグレース伯爵様の嫡子とマブダチになった。
その伝手を頼ってティルグレース伯爵領の田舎にひっこんで今に至る。
母さんの方は実家が代々傭兵をしている家系だったらしい。
傭兵と言っても斥候とか暗殺に長けているとか、酔った勢いで父さんが言っていた。
言った直後にニコニコ笑った母さんにアイアンクローをもらっていたが。
子供に暗殺とか伝えたのがお気に召さなかったようだ。
「ウィンちゃんこんにちは、遊びに行く途中かしら」
のどかな春の日差しを浴びて街を歩いていると、家の近くで八百屋のシーマおばさんに店先で声を掛けられた。
「こんにちはおばさん、デニスたちのとこに行くところよ」
「そう、じゃあこれを持ってってくれるかしら」
そう言ってシーマおばさんは根菜が入った袋を渡してきた。
「これはお駄賃ね」
お駄賃と言って渡された方の袋には、リンゴが数個入っていた。
「別にいいよ、いつももらってるし」
「子どもが遠慮なんかしちゃいけません。それに頼まれごとには報酬を受け取るクセを付けなさい」
「んー、わかった。ありがとうね」
「おばさんこそ、助かるわよ」
あたしは袋を抱え、手を振って八百屋を離れた。
デニスの家まで歩いていくと、実家兼木工所からは木を削る音が響いていた。
家の前には同年代の仲間たちが集まっていた。
木工職人の息子のデニス、肉屋の娘のリタ、農家の息子のカイルだ。
「おっすウィン。その袋は何だ?」
「やあ。八百屋のシーマおばさんにお使いを頼まれたのよ。あんたのお母さんにこれ渡しなさい……で、こっちがお駄賃でもらったから、みんなで食べよう」
デニスに袋を押し付けると、リンゴの方を落としそうになる。
リタがリンゴの袋を開けると、嬉しそうに告げる。
「えーこれみんなで食べていいの?」
「べつにいいわよ。たぶんおばさんもそういうつもりでくれたんだろうし」
「シーマおばさんのとこにはオレからかーちゃんに言って、何か果物をもってくよ。それよりリンゴ食おうぜ」
カイルがそう言ってリタからリンゴを受け取っていた。デニスは家の中に根菜を持っていき、すぐに戻ってきた。
みんなでリンゴを食べた後、デニスが口を開いた。
「それで、きょうはなにして遊ぶ?」
「あー、先に言っとくけど、森に入るのはしばらくやめた方がいいみたいだよ」
「どうしたんだ?」
あたしの言葉にデニスが眉をひそめる。
「父さんから聞いたんだけど、森で普段見ない獣とかが出てるみたい」
「あ、それうちの父ちゃんも言ってたかも。魔獣とかに追われてきたんじゃないかって言ってたわよ」
リタも肉屋の娘だからか、あたしの父さんのような狩人あたりから父親に話が入っているのかも知れない。
魔獣というのは体内に魔石という結晶状の鉱物をもつ生き物だ。
非常に攻撃的なものが多く、ただの獣よりも強靭な生命力をもつ。
「そういうことなら、またウィンに弓を教えてもらおうか。オレたちが戦うことは無いかもだけど、弓の使い方を知ってれば剣や斧よりはいいかもだし」
まあ、あたしら四人の年齢は五歳から六歳だからな。本格的な剣とか斧は無理かも知れない。
あたしは父さんから弓と片手斧の基本くらいは習っているけど。
練習に使う道具はデニスの家が木工所だから、自作するのはそこまで難しくない。
そんなことを考えていると、デニスが家の中から以前作った弓と矢を持ってきた。
みんなの体格もそんなに変わっていないし、はんぶん遊びだ。十分使えるだろう。
「じゃあオレ、的を作っとくよ。デニス、あのへんでいいか?」
「ああ、頼むよ」
「あいよ、【
カイルが親から習った初級の地魔法を使って土人形を数体作り出した。
この世界、惑星ライラでは魔法は特別なものでは無い。
人ではなくても、魔獣ではない獣でさえ魔法を使うものがいるようだ。
「それじゃあ、最初はあたしは見てるから、順番に的を射てみて」
「「「はーい」」」
そうしてあたしたちは、デニスの家の庭先で弓矢を使って遊んだ。
その後、適当なところであたしたちは解散して帰宅した。それぞれ家の手伝いをしているから、遅くまで遊ぶことは無い。
帰りしなにカイルが、今度カカシを作るのを手伝って欲しいとみんなに言っていた。
デザインを考えておこう、なんて話しながら別れた。
夜半過ぎ、ウィンの故郷であるミスティモントの街から大人の足で一昼夜ほどの深い森の中で、男たちが十名ほど集まっていた。
男たちは一見すれば皮鎧に弓を背負い、深緑色のマントを着ていることから狩人の類にみえる。
だが、狩人というには男たちは装備品が統一されており、あるいはどこかの軍に属するものであることが伺えた。
「分隊長、感知の魔道具の反応から、全ての予定の位置に魔獣を召喚配備できたと考えます」
「いちおう聞くが、損耗は?」
「ありません。A+級魔獣のレッサーフレイムドラゴン三十一体、いつでも動かせます」
魔獣のA+級というのは世界組織である冒険者ギルドが定めた脅威度だ。
A+級一体は、手練れの狩人が百名規模で討伐できる魔獣だ。
魔獣のランクは五体以上が同一目標を襲うと脅威度が上がるとされる。
A+級三十体となると、S級魔獣六体と同じ。
S級魔獣六体となると、S+級魔獣一体と同じだ。
S+級魔獣となると、正規軍の一大隊、約八百名以上で討伐できる。
もっとも、同格の冒険者は単独で討伐できるが。
「分隊長、我々は本当に作戦を行うべきなのでしょうか……」
「議会が承認した以上、これは正式な特務分隊の任務だ」
「それでも、対象の街には民間人が多く暮らし……」
「脅威度はともかく、レッサーフレイムドラゴンは足が遅い。逃げに徹すれば一般人でも通常は退避できる。議会が承認した理由はそこに有るわけだ」
あくまでも声色を変えずに分隊長と呼ばれた男は、若い部下に応える。
「ですが、恐らく最終的にはスタンピードになってしまいます……」
スタンピードというのは魔獣や獣の暴走だ。
より脅威度の高い魔獣などに追われるなどして行き場を失った魔獣や獣が、山津波のように押し寄せる現象をさす。
中小規模の街なら社会インフラを含めて破壊しつくされる危険がある。
「我が国としては、ディンラント王国を弱体化させねばならないのは長期的な政治の判断だ。国のために立てられた作戦だ」
「……」
「聞かなかったことにする。任務に集中しろ」
「……了解」
そして男たちは手にした魔道具を使い、魔獣に埋め込んだ魔道具へと信号を送った。
ウィンの故郷へと夜の闇の中、ゆっくりとした死の行進が始まった。
その日、あたしは目が覚めてから、着替えて髪をまとめたあと母さんから教わった生活魔法で身の回りや自室をきれいにしていた。
「【
目についたところをあらかたきれいにしたあと、父さんが集めた武器や母さんが集めた書籍を保管する倉庫をきれいにしようと思った。
「あらおはよう、ウィン」
「母さんおはよう。倉庫をきれいにしてくる」
「助かるわ」
台所の脇を抜けて家の裏口から庭に出る。
ふと一陣の風が吹くと、なぜか風に交じって血の臭いがした気がした。
それを認識したあたしは、拭えない違和感を母さんに相談するために台所に戻った。
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