04.かわりばんこにあたしの頭を撫でて


 視界の中にはライラックバーン惑星系が見えている。


 自身の職場の宇宙での分身の転生について、おおよその情報は集めることが出来た。


 あたしも神の端くれであるし、大した手間もなく行うことは出来そうだ。


 さっそく、転生用の分身を作り出した。


 基準としたのは惑星ライラの一般人の魂魄だ。


 上位霊体と下位霊体のどちらも常人の範疇を超えて送り込むと、あたしの本体がペナルティを受けてしまう。


 まあ、チートな人生が目的なわけでも無いし、あくまでも神としての自己啓発が目的だ。


 同期の神々は気立てがいい者たちばかりだから笑われることも無いだろうけれど、逆に同期が舐められるきっかけになりたくはない。


 少しは自己啓発に気を配るべきだろうと思う。


 そんなことを考えて、転生用の分身を作った。


 魂魄の分身なので、ただの光の珠だ。


 緑色の光と黄色い光がオーロラのように珠の中で振動している。


 やはり地元素の緑と風元素の黄色が強く出るか。


「ただの分身よりも量的な制限をして微調整をする方が手間がかかるよね。こういうの自動化できたりするのかな」


「なに悩んでるのよ、ソフィエンタ様」


「分身のくせに様をつけるのはよしなさいよ、気持ち悪いでしょ」


「うん知ってた」


「ああ、さすがあたし」


「でも、転生先の信仰とかで様付けする必要があるならそうするから」


「そうね、その辺は任せるわ」


「ところでどんなところに転生することになるのかしら」


「惑星ライラについては直近の休暇で行った地球を基準にすれば、近世レベルくらいなのは分かるわよね?」


「魔法とかエルフ、ドワーフ、龍人、鬼族、獣人、魔族なんかが存在するのも知ってるわよ」


「転生先の希望はある?」


「そうねえ……」


 あたしの分身は周りをふよふよと飛び回る。


 あたしの分身だ、意識の中でそろばんでも弾いているんだろう。


「どうせ自己啓発目的なんでしょ? 運命のままに生きて没してもいいわ」


 さすがあたし、男前である。


「でもそうね、後ろから撃たれるのは嫌だし、家族とか身内が善人であること。これを条件にしてほしいかな」


「あら控えめね」


「だってあたしですから」


 まあ、妥当なところか。


 はじめからぎちぎちのがっちがちにレールの敷いた人生とか、たしかにあたし本体でも御免だ。


「いいわ、それで始めましょう。まだ魂魄しかない状態だけれど、意識のうえで目を閉じて待ちなさい」


「了解よ」


「つぎに目を開けるとき、あなたは転生しているから」


「分かったわ。行ってきます、あたし」


「行ってらっしゃい、あたし」


 そして惑星ライラの命の状況を確かめる。


 まさに魂魄が宿ろうとする肉体を絞り込み、その周囲の状況も並行して確認していく。


 惑星系を再形成したときの手間に比べれば、大した作業でも無かったが。


 やがて、ひとつの可能性いのちをあたしは選び取り、あたしの分身を送り込んだ。


 問題無く、転生は完了しただろう。


 時々状況を見ておこう、とおもう。あまり考えられないけど、邪神群なんかのバックドア替わりにされるわけにはいかないし。


 そしてあたしはライラックバーン惑星系を監視する仕事に戻った。




 赤ん坊が泣いている声が聞こえる。


 いやこれはあたしの声だ、と分かる。


 肺から羊水なんかが抜けて、身体の反応で呼吸を始めたことによって、泣き声が漏れてるんだ。


 光を知覚する。


 自身が目を開けていることが分かる。


「元気な子が産まれましたよ。女の子です」


 年配の女性が優しくあたしを抱き上げる。産婆さんだろう。


 ありがとう、あたしは元気です。


「産まれたか! 無事家族が増えて良かった!」


「――女の子ね。産まれてきてくれてありがとう」


 若い男女の声が聞こえる。父さんと母さんだろう。


 声の雰囲気から、まともそうな両親で安心する。


「おお、笑ったぞ、いま笑った」


「ええ、あなた、名前で呼んであげて」


「そうだな。おまえの名前はウィンだ。ウィン・ヒースアイルだぞ!」


「ウィン、愛してるわ」


 産室はその後、笑いが満ちた。


 名前も気に入ったし、誕生の瞬間としては悪くないんじゃないかとおもう。




 産まれて一か月たった。家族については把握できたと思う。


 父の名はブラッドで母の名はジナ。


 父は狩人を主として行っているようだが、畑仕事もこなしているらしい。


 兄や姉については、長女のイエナが五歳、長男のジェストンが四歳、二女のアルラが三歳で、あたしは三女だ。


 あたしとしては産まれたばかりで出来ることはほぼ無い。


 本体ソフィエンタと会話できないか念じてみたが、霊体を絞った関係か、ノイズみたいなものが多くて繋がらない。


 聖地とか教会、神殿みたいな場所で試してみる必要はあるか。


 まぁ、赤ん坊らしく今は寝て過ごせばいいだろう。


 祖父母に関しては見かけないので、近くには住んでいないのか、既に没しているのか。


 乳をもらう時に見る家の中は、中世の民家という感じだ。木とレンガの家だよ。


 窓ガラスとかは一応使われている。近世レベルといっても、それなりの技術レベルとか産業の発達は成されているようだ。


 昼は窓を開けてることも多いみたいだ。


 湿気とかは特に感じない。気候的には過ごしやすいんだろうと思う。


「おかーさん、ウィンちゃんにえほんよんであげていい?」


「いいけど、まだ良く分からないと思うわよ。泣かせたりしないように、優しい声で読んであげなさい」


「だいじょうぶー」


 そんな声が部屋の外で聞こえたと思うと、アルラ姉さんがベビーベッドのところにやってきた。


 手には一冊の本がある。アルラ姉さんの話によると、母さんは本の蒐集が趣味らしい。


 直接見たことは無いけど、家の中には絵本をはじめ沢山の本があるのだそうだ。


「ウィンちゃん、おねえちゃんがえほんをよんであげるね。ウィンちゃんもほんがすきになるとおもうの」


「あぁう(ありがとう)、だぁぁう(暇だし助かるよ)」


「えへへ、きょうのおはなしは“りゅうとおひめさま”です」


「だぁぁ(竜か、楽しみ)」


「むかしむかし、だいそうげんとせいなるみずうみのあるくにに、うつくしいおひめさまがいました――」


 絵本とはいえ、アルラ姉さんは流ちょうに朗読してくれている。


 たしか父さんと母さんが話してるのを聞いたから、いま姉さんは三歳のはずなんだけど、三歳児にしては賢いんじゃないかとおもう。


 惑星ライラの知性体は地球などに比して早熟なのだろうか。


 絵本の内容も三歳児が読む物語にしては難しかった気がする。


 悪い竜が聖なる湖にいるので、魔法が得意な姫に懲らしめてほしいと王命がある。


 姫が竜に会いに行くと、竜は神の使いだった。


 竜が湖の穢れを取り除こうとしていると、竜の牙や鱗が欲しかった王が姫を利用した。


 姫は竜を気に入るが、同行した騎士が竜に弓を向ける。


 姫は王命に背いて竜を助けるが、逆賊として騎士に狙われる。


 見かねた竜が人間の王子の姿になり、悪い騎士や王様を懲らしめる。


 姫様は王子になった竜と結婚する。


 王子と姫は、正しい国が続くように聖なる湖に祈りを込めて石碑を建てる。


「――そしてふたりはすえながく、しあわせにくらしました。おもしろかったでしょ?」


「ああぅあ(いや、普通に興味深かったよ)、だぁぁあ(建国神話の類なのかな)」


「えへへ、えほんおもしろいよねー」


 そんなやり取りをしていると足音がした。


「ちょっとアルラ、ウィンを構うのはいいけど、寝かせてあげないとウィンが大きくなれないよ?」


「あはは、たぶんアルラは本好きの仲間をふやしたいんだと思うよ」


 あたしたちのところに来たのはイエナ姉さんとジェストン兄さんだった。


「まあ、分かるけど、ほどほどにしようね」


 そう言ってイエナ姉さんは笑った。


 そしてイエナ姉さんとジェストン兄さんはかわりばんこにあたしの頭を撫でてから、どこかに行ってしまった。


「ウィンちゃん、はやくおおきくなろうね」


 アルラ姉さんはそう言ってあたしの頭を撫でて、部屋を出ていった。


 さっきまでの朗読を思い出しながら、あたしは寝入った。

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