03.果たしてそれで釣り合うのか
にこにこした表情を浮かべながら、タジーリャ様はあたしたちのテーブルに加わって注文を済ませた。
「それで、ババアの話だったかしら?」
その一言でクリステロミリアとビオフィーニアは青い顔になり、視線を逸らした。
だが、今回ばかりはあたしに分がある話だ。
「いえ、担当宇宙内で分身を転生させて自己啓発する話をしていました」
「あら、向上意欲があるのはいいことね」
「それで、問題はその自己啓発のシステムなんですけど、あたしいま初めて知ったんですけど」
「あら?」
「クリステロミリア、あなたは知ってたの?」
「……知らなかった、ですね」
巻き込みやがってこいつ、という視線をあたしに向けながら彼女は応えた。
「そういうシステムがあることは、いちばん最初に説明があってもいい話だと思うんですけど。神格を上げるのにもつながる仕組みなんですよね?」
あたしはじとっとした視線をタジーリャ様に向ける。
「もちろん推奨されている仕組みです。仕事が忙しくて休暇を取れない神々も多くいますから、最初に説明します」
タジーリャ様はそう告げて視線をテーブル中央に向け、人差し指でこめかみ付近を押さえている。
「タジーリャ様?」
「…………………………あ」
「なにか、思い出されました?」
息が触れそうな距離まであたしが顔を近づけると、彼女はさっと視線を逸らした。
話が進まないのも癪なので、あたしはその場で八人に分身してタジーリャ様を取り囲んだ。
逸らした視線の先で、努めて微笑んであたしは問いかけた。
「あたしは聞いたことが無いと思うんですけど?」
「ご、……ごめんなさいね、ソフィエンタ。初仕事の前に説明途中で惑星ライラの大精霊が何者かに暴走させられる事件がありましたね」
「あのときは大変でしたね。先輩たちにも手伝って貰ったので勉強にはなりましたけど」
「ええ。中断された説明のなかに自己啓発の話も含まれていました」
「ああ、そうだったんだ……。で、……あたしやクリステロミリアが着任してからどのくらい時間が経ちましたっけ?」
「……約三百万年ですね」
はああああ、と分身全員で思わず長い溜息が出た。
どうしようこれ。
「ソフィエンタ、クリステロミリア、まずはあなたたちに正式に謝罪します。そのうえで、上と相談して補填策を考えます」
そう告げてタジーリャ様は椅子から立ち、あたしたちに頭を下げた。
あたしは分身を引っ込めて、頭の中でそろばんをはじいた。
「分かりました、補填策に期待します。クリステロミリア、あなたはどうする?」
「わたしも補填がされるならそれで構いません。タジーリャ様、大ごとにはしないので座ってください」
「ありがとう、ふたりとも。基本的には有給休暇などの福利厚生の向上と、自己啓発関連の神域内コンテンツへのアクセス権付与を考えます」
果たしてそれで釣り合うのかは分からないが、あたしはタジーリャ様の申し出で納得することにした。
三百万年分の補填かあ。
その後、注文したスイーツが届いたタイミングで話を切り替え、あたしたちは分身を転生させるシステムについて詳しい話を聞いた。
概要は以下の通りだ。
・ヒト族やそれに類する知的生命体の人生を経験することで、自身の下位霊体を鍛えられる。
・下位霊体が鍛えられると、上位霊体も体力が向上する。
・分身の転生体には自分からの加護や、親しい神格からの加護などを与えられる。
・分身がピンチの時には本体の上位霊体を使って奇跡を行えるが、通常は制御が難しい。
・本体で大規模な奇跡を行った後、それを巻き戻すときは始末書を書く必要がある。
「転生先であんまり好き勝手にしたら、法の神格群の監査が入って本体にペナルティがあるから気を付けなさい」
「どんなペナルティがあるんですか?」
ペナルティの話は、あたし的には詳しく聞いておきたい。
「人手不足だから降格なんかは無いけれど、いちばん多いのは記憶の封印と神としての再教育かしら」
「どのくらい封印されるんですか?」
眉をひそめてクリステロミリアが問う。
「神格としての仕事に影響のない記憶について、百年単位で封じられるわ」
たぶん、休暇中の人生の記憶とか、神になる前の知的生命体の記憶などを封じられるということなんだろう。
「そこまで心配すること無いよー。ふつうのヒト族の範疇で分身を転生させれば大丈夫」
ビオフィーニアは経験があるのだろう。気軽にそう告げた。
「普通か……現地の歴史に関わるようなことをしでかすとまずいってことなのかな?」
「そんなことはありません。神であることを前面に出して大暴れしたらダメってことよ」
あたしの疑問にタジーリャ様が応えた。
「因果律に齟齬が出るようなことはいけないと」
「そうです。当然のことだと思いませんか? 奇跡を起こすならやり方を考えなさい」
「……理解しました」
「いちど、時の女神ティーマパニアと話してから分身を送るのをお勧めするわ」
「なるほど、万一巻き戻しがあった場合、ティーマパニアに世話になるわけですね」
ひととおり詳しい話をしたあと、話題が切り替わってあたしの休暇やタジーリャ様の過去の休暇の話になった。
タジーリャ様が珪素生物に転生し、ナノマシン群体型高分子ボディのサイボーグとして星間戦争を戦う人生を送った話は初めて聞いた。
その後、あたしは神としての通常業務に戻った。基本的に宇宙は平和だ。
惑星ライラではヒト族をはじめとした知的生命体が色々やっているようだが。
先の始原の分解神寝返り騒動のときに邪神群の活動が懸念されたが、今のところ静かなものだ。
これだけ平和なら分身を転生させる話を進めても問題無いかも知れない。
あたしはまずタジーリャ様の忠告に従い、ティーマパニアに相談することにした。
「ティーマパニア、いま忙しいですか?」
自身の担当であるライラックバーン惑星系を視界に収めながら呼びかけた。
彼女はすぐにあたしの傍らに現れた。
「……忙しくない……大丈夫……」
相変わらずの無表情な幼女だが、それなりに付き合いもあるので今は機嫌がよさそうだと分かる。
「タジーリャ様から分身を転生させる話を聞きました。近いうちに試そうと思います」
ティーマパニアはじっとあたしの目を奥深い所までのぞき込む。
「あなたに事前に相談するよう勧められました。なにか気を付けることはあるでしょうか」
彼女は長いことあたしの目の奥をのぞき込んでいたが、やがて口を開いた。
「……大丈夫、ソフィエンタはいい子……キミは間違えない……」
そう告げて、ティーマパニアはあたしの頭をぐりぐり撫で始めた。
相談てこういうものだったっけ、と思いつつ彼女のするままに任せた。
「……いつでも見守ってる……」
最後にそう告げて、手を振りながらティーマパニアは姿を消した。
仕事に戻ったのだろう。
その後、ライラックシルト宇宙を担当する他の神格とも話をした。
その時分かったのだが、分身を転生させるとき本体からの加護のほかにカンタンに付けられるのは、自身と同じ属性を少しでももつ神からだということだった。
あたしは亜神とはいえ地と風の女神だ。
地の諸力と風の諸力、それを組合わせた植物に関する奇跡や薬物に関する奇跡に権能を持つ。
だから、地の神テラリシアスと風の女神ゼフィーナスタに加護を頼むことにした。
「おまえはいつになったら惑星ライラに分身を送るのかって、他のやつと話してたんだ」
「そうだったんですね。タジーリャ様の伝達ミスでいままで知らなかったんです」
「いままでだって?」
「ええ、赴任してから三百万年ほど」
それを聞いたテラリシアスは筋肉を震わせながら大笑いしていた。
「そんなことあるんだな。そいつは面白い」
「笑いごとじゃないですよ……。同期から遅れをとったってことですし」
「なに、お前さんなら大丈夫だろ、器用だし。ゼフィーナスタも呼んだ方がいいなこりゃ。ぷ」
ぷ、じゃないでしょ。
名を呼ばれたのが分かったのか、ゼフィーナスタもすぐ現れた。
テラリシアスがいきさつを話すと、二人して腹を抱えて笑い始めた。
「ちょっとー、そんなに笑わないでくださいよ」
「ゴメンなさいね。さすがにアタシの想像を超えてたから、ついね。タジーリャが言い忘れたとか。ぷぷっ」
そんなやりとりがあった。
その後さらに情報を集めた。
地水火風の四大元素以外では、例外として、光、闇、時の神格についていずれか一つのみ加護を頼めるらしい。
闇の女神アシマーヴィアに相談したとき、『ティーマパニアがやる気になってるからワタクシからは加護を与えられないわよ~』と言われた。
たぶん光の神ハクティニウスを呼び出すまでもないだろうなと、そのとき分かった。
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