02.引きの強さは相変わらずね


 世界樹の苗床の底で微睡む始原の分解神が寝返りをうったせいで、世界樹に宿る宇宙はすべてダークエネルギー津波の影響を受けた。


 亜神であるあたしが配属されているライラックシルト宇宙も徹底的に攪拌されたうえに、指先に載るサイズまで圧縮された。


 ここからあたしたちは、元の姿に戻さなければならない。


 そんなことを考えている間にも、先輩たちが圧縮された宇宙を広げた上、すぐに世界の記録アカシックレコードから星々の位置を直してしまった。


 物理位置が決まらないと霊的情報を流し込めないから、地の神格テラリシアスが大急ぎでやってくれたのだろう。


 眼前にライラックバーン惑星系を見ながら、気合を込める。


「さて、あたしもやんなくちゃ」


 管轄するライラックバーン惑星系は破壊前にあたしの上位霊体で覆っておいた。


 自身のモナド体で世界樹と繋がって世界の記録を読み、アートマ体でその霊的情報を惑星系に展開する。


 同時にブッディ体で惑星系の知的生命体すべての霊体の形成を促し、並行して邪神群の影響をすべて排除した。


「ソフィエンタ、ひさしぶり! 何か手伝おうか?」


「アタリシオス、ご無沙汰です。いまのところ手は足りています」


 アタリシオスが傍らに現れた。彼は火の神格だ。


 今回の世界の再生成に関しては、無から作業をするわけじゃ無い。世界の記録からの巻き戻しだ。


 だから彼は意外と暇なのかもしれない。


「なかなか手際が良くなったね」


「だといいんですけど、今回はただの巻き戻しですから」


 会話しながらあたしは自分の下位霊体を働かせ、世界の記録をもとに知的生命体の身体情報を再生していく。


 どうやら再生対象に霊体と肉体の齟齬は無さそうだ。世界の記録さまさまだ。


「そういえば、邪神群が動いているみたいですね」


「確かにね」


「手が空いているなら、連中の動きに目を光らせていてもらっていいですか?」


「それはいい案だ、お安い御用さ!」


 本当にヒマしていたのか、アタリシオスはサムズアップするとその場から姿を消した。


 ライラックシルト宇宙の監視に入ったのだろう。




「ソフィエンタ、ライラックバーン惑星系の再形成を完了しました」


 あたしが声を上げると、時の女神ティーマパニアが傍らに現れた。


 見た目は幼女だ。


「……キミで最後……おつかれさま……」


 この女神は相変わらず表情が薄いな。別に情が薄いわけでは無いんだけど、初見では不安になるかも知れない。


「……よくできました……いい子いい子……」


 宇宙に浮かんでいる位置を調整して、無表情のまま彼女はあたしの頭をなでてくれた。


「ティーマパニア、何となくくすぐったいので撫でなくてもいいですよ」


「……巻き戻しでも、霊体と肉体のすり合わせは大変……よくできました……」


 そう言ってひとしきりあたしの頭を撫でた後、ティーマパニアは宇宙全域に告げた。


「……さいごに時の巻き戻しを実施します……問題はありませんか?」


 あたしも注意していたが、特に問題は無いようで誰も声を出さなかった。


「……問題無いと判断します……ライラックシルト宇宙の時を再形成前の瞬間にまきもどします……」


 そう告げて彼女は、自身の上位霊体を宇宙全体に一瞬だけ展開した。


 これでライラックシルト宇宙は元通りになった。




「みなさん、お疲れさまでした。打合せを行うので、私のところに集合してください」


 豊穣神タジーリャ様の声がしたので、あたしたちは神域へと移動した。


 どうやら担当の宇宙ごとで集合しているようだ。


 タジーリャ様の部下が全員集まると数十万柱の神格になるし、分身して話をすることにしたんだろう。


 ライラックシルト宇宙を担当する神々数十柱が集まったところでタジーリャ様が手を叩くと、白い神域は会議室のような場所に変わった。


「まずはみなさん、おつかれさまでした。ライラックシルト宇宙再形成の前後の誤差ですが、完全にゼロでした。良くやってくれました」


 皆を前にしてタジーリャ様は告げ、頭を下げた。


「急な話だったが、対応できて何よりだった」


 口を開いたのは地の神のテラリシアスだ。筋骨隆々の兄貴分といった雰囲気がある。


 星々の再配置にいちばん神経を使ったのは彼だろう。


 テラリシアスに頷いて、タジーリャ様が口を開く。


「ほんとうに助かりました。――それで、今回のそもそもの原因である始原の分解神について、上に問い合わせました」


 みな興味深そうにタジーリャ様の言葉を待つ。


「その結果、いわゆる邪神群が何らかの形で関わった可能性があると判断されました」


「邪神群か……でも始原神格は簡単に動かせないよね?」


 火の神アタリシオスが口を開いた。


「その通りです。ですので、法の神格群が調査を行うことになりそうです」


「それは重畳。ところでタジーリャ、僕からも伝達事項があるよ」


「何でしょうか」


「大した話でも無いけど比較的手が空いてたから、ライラックシルト宇宙で邪神群の活動を監視していたんだ」


「動きがありましたか?」


「いや、無かったけどね。連中が関与していたと思しき痕跡が、宇宙の約十一パーセントのエリアで見られた」


「なるほど、再形成前後での比較ですね。情報誤差が出ないように活動していたと」


「そういうこと。タジーリャが責任者をしている他の宇宙でも情報を集めることを推奨したい」


「分かりました。――ほかには何か気づいたことや懸念はありますか?」


 タジーリャ様はその場の神々を見渡すが、特に発言するものは出てこなかった。


「それでは、個別に連絡のある方は別途お願いいたします。ほんとうに皆さん、よくやってくれました」


 最後にもう一度、タジーリャ様は頭を下げた。




「休暇明けにいきなりこんな仕事をすることになるとはねー」


 打合せも終わったので、神域内の神々の街で一息つこうか考えていた。


「ソフィエンタ、お帰りなさい」


 振り返るとそこには、友である地と水の女神のクリステミロリアが居た。彼女も亜神だ。


「やあ、久しぶり。休暇明けにいきなり現場に叩き込まれたよ」


「うふふ、あんたの引きの強さは相変わらずね」


「どういう意味よそれ?」


「べつにー。でも元気そうで安心した」


「まあね。そういえばビオフィーニアはどうしてるの? あの子も休暇ってわけでも無いんでしょ?」


 そう告げると、その場に一陣の風が吹いた。


「ふつうに仕事してたよー、おひさソフィエンタ」


 風と共に女神が一柱現れた。水と風の女神であるビオフィーニアだ。彼女もまたあたしの友の亜神だ。


 名を呼んだのが聞こえたのだろう。


「やあ、ビオフィーニア。あなたも元気そうだね」


「そうね。ねえ、折角だし仕事明けに街で甘いもの食べてかない?」


「「いいねー」」


 そしてあたしたちは神々の街に移動した。


 白い神域の中に広大な草原があり、その真ん中に中世ヨーロッパを思わせるような街並みがどこまでも広がる。


 行きつけの喫茶店は開いていて、客はそれほど入っていないようだ。


 あたしたち三人はそれぞれに注文を済ませると、ビオフィーニアが口を開いた。


「それで、休暇はどうだったのー?」


「有意義だったよ。人生を堪能したわ」


「人生ね。でも半世紀くらいでしょ? あっというまだったでしょうに。充実していたということかしら」


 そう問うクリステミロリアは、休暇中のイベントを知りたいのかも知れない。


 たしかに彼女らの休暇の参考にはなるか、とおもう。


「ふつうの人生のふつうの生活よ。平和だったし子供も作れたわ」


「あーいいわねー」


「ってことは旦那さんが居たってことよね。どんな人だったの?」


 クリステロミリアはやけに喰いつくな。


「えへへ、ふつうに優しい人だったよ」


「あーいいなー」


「いいわねー。私も休暇取りたいけど、当分無理かな」


 がっかりしたようにクリステロミリアが言う。仕事が忙しいんだろうか。


「あたしもタジーリャ様に休暇の再申請スルーされちゃったしな」


「……あれー? 二人とも裏技知らなかったっけ? 担当宇宙の惑星なら、分身を転生させるのは推奨されてたはずだけど」


「「なにそれー?!」」


 ビオフィーニアによれば、神格を上げる意味でもヒトとしての人生は経験すべきとされているらしい。


 仕事をしながらでも自己啓発的な意味で、担当宇宙内での分身の転生は許されているようだ。


「なによそれ! あのババア!!」


「あら、それはどのババアの話かしら?」


 あたしの言葉に応じる声に振り向くと、ちょうど店に入ってきたタジーリャ様の姿があった。

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