【10000PV感謝!】世界崩壊から始まるあたしの転生譚~たたかう風紀委員はラクをしたい~

熊野八太

第1章 あたし知らなかったんですけど

01.ふだん大人しくまどろんでるのに


 気が付くとあたしは白い空間にいた。


「あれ、ここは……。あたしはやっぱり……」


 目の前にはモデルのような体型をした美しい女が立っている。


 というか、何となく記憶にある気がするぞ。


「休暇はどうでしたか、ソフィエンタ?」


「休暇、ですか?」


「ええ、地球で穏やかに暮らせたでしょう。充分に英気は養えたので無いですか?」


 さっきまであたしは病院のベッドに居た。日本の地方都市で嶋智美しまともみとして生まれ、ほどほどの学歴で地方公務員になり、卒なく生きた。


 何となく通った英会話教室で出会った人と意気投合して付き合い出し、結婚し、子が生まれ、戦場のような忙しさを経験しつつも大学まで卒業させることが出来た。


 だが定期健診から精密検査を経て、脳に関する難病と診断がついた。そこからはあっという間だったが、五十代で余命宣告を貰って没した。


 寂しさはあったけれど、精いっぱい生きた。お別れは出来たから後悔はない。


 そんな人生だった。


「いつまで呆けているつもりですか。休暇はもう終わりですよ。亜神とはいえ、あなたは神です。すみやかに仕事に戻りなさい」


 そう告げられたことで、次第に自身の中に記憶が戻ってくる。というか戻ってほしくない。


 そもそも逃げたい。


「ええと、タジーリャ様、ですよね?」


「ほかの誰だというのです。……あまり呆けているようなら、一時的に休暇中の記憶を二十四億年くらい封印しましょうか」


 ものすごくいい笑顔で、息がかかるくらい顔を近づけて、タジーリャ様はそう告げた。


 いや、この女神は腐っても豊穣神だ。


 さすがにそこまで横暴なことはしないだろう、たぶん。


「……ソフィエンタ、ただいま休暇から帰還いたしました。いつでも仕事に入れます」


「よろしい。状況を説明します。いまから約六十八分後、始原の分解神が世界樹の苗床の底にて寝返りをうちます」


「あの、休暇の再取得を希望したくなってきたんですが」


「これにより、私が管理責任者となっている複数の宇宙を含めて、世界樹各所の並行世界群にダークエネルギー津波が発生するので、対処が必要です」


「タジーリャ様?」


「休暇の再取得は却下します。――神より亜神のほうが有給が少ないことは知っているでしょう。いまより福利厚生を充実させたければ昇格審査を受けなさい」


 秒殺されたよ。


 日本を経験したから分かるけど、神の仕事ってかなりブラックだよ。


 泣ける。


「ソフィエンタ、ほんとうに手が足りないのよ。手伝ってちょうだい」


 そうだろうと思いましたよ。


 思いましたから、逃げたくなったんですが、そうもいかないことも分かってるんだよな。


「承知していますが、分解神の寝返りってなんなんですか、ふだん大人しくまどろんでるのに。始原の神格たちは創造神ひげじーちゃんの管轄じゃないんですか」


 タジーリャ様はものすごくいい笑顔で右手でこぶしを作ると、光の速さであたしの頭にゲンコツを落とした。


 痛みに悶絶する。


「創造神様をそのように呼んではいけません」


「…………でも、ご本人から許可を得ています」


「それはご本人がいるときに、毎回確認を取りなさい。あなたが不要なトラブルを避ける意味でも重要です」


「はいー……」


 まあ、嫉妬とかする連中はいるかも知れないよね。


「ともあれ、管轄云々の懸念は一理あります。上にあげておきますので、いまは抑えなさい」


「承知しました」




「それで、あたしはどこに手を付けましょうか」


「以前と同じ惑星系をお願いします。あなたの休暇中は水の女神ウィーナシリアが面倒を見てくれていました」


「それは、お礼を言わなきゃですね」


 あたしの担当は、タジーリャ様が管理する宇宙群のひとつ、ライラックシルト宇宙だ。


 個別の宇宙について、本当は神界が付けた味気ない巨大な数字で一元管理される。


 でも通例として、管理責任者の神が付けた通称を用いることも許可されていた。


「もちろんです。念のために確認しますが、あなたの管轄する惑星系は覚えていますね?」


 じとっとした視線をタジーリャ様から受けるが、懸念を伝えた時点でさすがにもう腹は括った。


 どうせ逃げられないし、とも言う。


「覚えています。ライラックバーン惑星系です。現住のヒト族がライラと呼ぶ星を含む惑星系ですね」


「知的生命体が住む分、管理が面倒なのは承知しています。――その分あなたの担当範囲を惑星系内にしているのです」


「管理に集中しろということでしたら、お任せください」


 あたしの神気にすこしだけ覇気が混ざる。


 それを咎めるでもなく、タジーリャ様はようやく安心した笑顔を浮かべる。


「あなたのガッツは上司として鼻が高いです。今回も頼みます」


「心得ました」


 そう応えて、あたしも口角を上げた。




 そういう状況なら、すぐ仕事に掛かるしかないだろう。あたしは神域から惑星系を視界に収める位置に移動した。


 ライラックバーン惑星系の全体像を把握しながら記憶の中のそれと比較するが、大きく変化していないようだ。


 代打で頑張ってくれていたウィナーシリアに呼びかける。


「ウィナーシリア、状況は把握しています。惑星系に変化はありませんか?」


 すぐあたしの傍らに彼女が現れた。そのおっとりした柔和な表情は記憶のままだ。


「ソフィエンタ、休暇明けに大変ですね。――ライラックバーン惑星系に関しては問題ありません」


「休暇中ありがとう、ウィナーシリア」


「大丈夫ですよ。それよりも懸念が若干あります。邪神群の手がこの宇宙にも伸びてきています」


「うげっ」


 邪神群というのは、神格の中でも非主流派だ。


 いろいろな分析はあるが、彼らを端的に言えば神格たちの労働環境もろもろに不満がある連中の集まりである。


 神のブラック労働反対という点では同意できるのだが、連中が動くとふつうの神格の仕事が増える。溜息の一つも出るさ。


「ふふ、“光”と“闇”と“時”が対処しているから、大ごとは起きていないわ」


 光はハクティニウス神、闇は女神アシマーヴィア、時は女神ティーマパニアのことだ。


 彼らが連携しているなら、確かに大丈夫だろうと思う。


 邪神群はどうせ宇宙の虚数域で活動しているだろうが、さしあたって問題は無いだろう。


「……わかりました。申し送り事項は他に何かありますか?」


「無いわよ。うふふ」


「どうしたんですか?」


「ううん、休暇前よりも神格が上がっている気がしただけよ。いい経験をしたのね」


「そう、かも知れません」


 何となく苦笑いすると、ウィナーシリアも優しく微笑んだ。


「それじゃあ、わたくしも通常の活動にもどります」


「わかりました、あたしもこの瞬間から業務に戻ります」


 二人でうなずくと、ウィナーシリアは姿を消した。


 あたしも仕事をしなくては。


 意識を働かせて、神としての上位霊体を惑星系を覆うように展開する。


 たしかに所々、休暇前には見かけなかったはずのほころびがあるようだ。


 たぶん邪神群の活動の影響なんだろう。


「どうせダークエネルギー津波でまっさらになるし、巻き戻しのときにポイしとこう」


 そう呟きながらも展開を続けるが、以前よりもあっさりと惑星系周辺を覆うことが出来た。


「ほんとに神格が上がったのかな。……昇格審査どうしようかな」


 卑近な例でいえば、神格の中でも“神”は正社員で、“亜神”はパートやアルバイトみたいなものだ。


 産まれたての宇宙では、上司によっては亜神にワンオペさせるところもあるらしい。


 そりゃ扱いにブチ切れて邪神化もするだろう、とも思ったりはする。


「あ、そろそろ来るか」


 あたしの上位霊体の皮膚感覚が、世界樹の根の方向から不穏な振動を検知した。


「相対位置で、百個となりの宇宙まで来たね。……五十個、……二十個、十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、――今!」


 その瞬間、ライラックシルト宇宙は徹底的に攪拌されたうえで圧縮され、指先に載るくらいの大きさの球体に変化してしまった。

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