第2話 リンカーネイション
柄にもなく、制裁という言葉が頭をよぎった。
どうやら重なるイレギュラーに、脳がやられてしまったらしい。
そのせいだろう。遂には、普段は口することなんてありえない言葉を、いつの間にか馬鹿らしく述べていた。
「身勝手な行為が許された唯一無二の存在──そんな嘘のような話を、わたしも聞いたことがある。貴様が、いわゆる神というものなのか」
「ん〜。そうかもね。あなたから言われるなんて、不思議な感じだけど。まあ、それはいいかな」
きら、とダナの双眸が輝きを放ち出して、幽良を捉える。
そのとき、彼女は背筋が凍るような感覚を覚えた。
近くでは幾枚もの魔法陣がリングのようになって交わり、幽良を囲い始める。いわゆる、儀式のようなものだろうか。
嘘だ。まさか、本当に──。
「かなり制限とか掛かるからきついだろうけど、そこは周りの人間を頼ってね。あと、信じがたいかもしれないけど一人だけ"相性のいい人間"もいるから、その人と会っておくことをオススメするよ。運が良ければ、早く会えちゃうかもね」
(まったく、趣味の悪い奴め……)
運が良ければ、というのも幽良からしてみれば皮肉にしか受け取れない。
続いて、体に異変が訪れる。頭痛がしたかと思うと、全身が熱くなっていくのが分かった。
激痛に悶えそうになるのをなんとか止め、正常な意識を保つ。
(ここまで無抵抗でいるなんて、わたしらしくないな……)
魔族の姫たる自分がこのような惨めな姿を晒すとは、汗顔の至り。最早笑みを零すほどだ。
「ごめんね。ちょっと強引だけど、もう、こうするしかないから」
自分という存在が、壊れる──。
そんな感覚がして、幽良は手で額を押さえた。全身がふらつく。
しかしそれも束の間だった。
次の瞬間、幽良の体は光る粒子と化して、弾けた。
◇
元の世界と別世界との狭間の空間。幽良は、全身を浮遊感にあずけていた。
様々な考えが、頭を巡る。
まだ生まれたばかりの小さな生命、あるいは胎児で間もなく生まれ落ちようとしている、より小さな生命の未来をも潰したこと。
夢を抱く多くの者の希望を壊して、絶望まで突き落としたこと。
誰かが大切としていた人や物をあまねく壊し、心を殺したこと。
全てを引っくるめての話。数多の屍を築き上げて、魔族の安泰への踏み台にしたこと。
魔族の姫の立場としては、別にそれでもいい。むしろ、それがいい。だってそれが、望む未来なのだから。そこまでして、自分たちの種族の平和を追いたいから。
欲しいから。地位も名誉も未来も、自分の全てをかなぐり捨てて、自分たちが追い求める、理想郷だけが。
全部、全部、全部。
わたしが、やらなければ──。
怨嗟の炎が、姫の心から、ぐちゃぐちゃになった感情の渦と使命感だけを残して、消し去っていく。
人間は、敵だ。
嫌い、嫌い、嫌い。大嫌いだ──。
『ヒミツの鍵は、──だよ』
馬鹿な、そんなはずは、ない。
◇
雲一つ無い蒼空の下、心地よい軟風が吹いていた。
幽良の絹の如き長髪は自然現象の成り行きに任せて、静かに揺れる。
「……ここは、どこだ」
幽良は目を細めた。
目に映ずる、見覚えのない景色がうるさい。周囲にある全ての建造物や塀、木々など、やたらと情報量が多くてなんだか気持ち悪い。
現状を把握しておこうと思った。だから、一度脳内で整理する。
自分は鹿路幽良。十六歳。魔界に住まう、一人の魔族の少女だ。
現在、天気は快晴──だろうか? おかしい。つい先刻まで曇天だったはずなのに。
季節は夏だと思われる。ギラギラとした猛暑がその証拠だ。だが、それもまた、先刻までの魔界ではありえなかった。
そもそも、今空中にいないことや足を矢のような形にして座っている、という時点で、元の世界の状況と比較すると全てが狂っているのだが。
「本当に、やられてしまったのか、わたしは……」
にわかに信じ難いが、まさか本当に転生させられるとは。ダナという存在は、一体何者なのだろうか。
まあしかし、こうしてはいられない。
「なにはともあれ、まずは衣食住を確保しなければ……」
幽良は立ち上がる。
と、そのときだった。
「あっ……」
そんな素っ頓狂な声がして聴き取った方向を見ると、回転した毬のような球体が飛んできていた。
もちろん幽良にはそんなものが当たるはずも無く、肉眼で追ってひょいと躱してみせる。こんなものに、一々複雑な魔力操作を絡む必要はない。
が、問題はその後にあった。
「な──」
その瞬間は、少し遅く感じられた。
直後に走ってきた一人の少年が幽良にぶつかってきたのである。
幽良も相手の少年も同時に転んで、地面に倒れる形になった。
幽良は仰向けに、腕を震わせて。
対する少年は四肢を着き、幽良の腕を掴んで。
しばし、そうしていた。そこまで長い時間ではなかったが、二人にとってはそれぞれ体感で長かった。
「貴様…………」
はっ、とそこで少年は気が付いた。今自分が、なにをしているのか。
見知らぬ少女を押し倒したのだ。それは、事故を装った悪意のあるものと捉えられてしまってもしょうがないのである。
紅潮した頬を見て、あるいはその弱々しい声音を聞いて、彼女の心情が理解できた……気がした。
恥辱への怒りが表れている、と思うだろう。
「力には耐性がないんだ。膂力では敵わない……だから、その、放してくれ……」
惨めだった。こうして頼むしかできない自分が。
声がいつもより弱々しくなっているのは、決して異性が近くにいて、自分のことを押さえ付けているからではない。別にそれ自体には、なにも思うところはなかった。
けれど、他の理由がある。自身が実は不得意とする肉体的な分野とはいえ、ただの人間に力で負けるなんて屈辱的だった。魔族の姫としての矜恃が、この事態を悔しんだ。
頬を紅潮させたのも、声が弱々しくなったのと同じ理由だ。
アブソリュート・ウィル やばめさん @1001yabame
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