アブソリュート・ウィル

やばめさん

第1話 理想世界

 その昔、世を震撼しんかんさせたとある魔術師がいた。


 魔族の少女だ。あわい紫色の長髪と、宝玉ほうぎょくごとき極彩色の双眸そうぼうをした少女、なんて話をすると大抵たいていの人物は真っ先に彼女を思い浮かべる。それほどに名を馳せた魔術師だった。


 また、若干じゃっかん童顔どうがんでありあがら端麗たんれいな顔立ちをしていて、豊麗ほうれいな肉づきを備えた体をほこっているのも彼女の特徴だろう。魔族はその見目に神々しさを感じる。


 彼女が自身の城にて王座おうざにかけ頬杖ほおづえをつき、命令をくだせば配下がそれに従っていた。


 そうして今まで配下と自身で、障害となる存在をあまねく全て滅ぼしてきている。


 魔術師の最強格にして、傲慢ごうまん


 魔族の頂点たる魔王さえ、その実力に嫉妬しっとした。


 この世界らしく格付かくづけをするならば、まごうことなきティア1。


 魔族以外の全ての脅威きょういであった、その少女の名は、鹿路ろくろ幽良ゆら


 彼女は、魔族の姫である。


        ◇


 暗鬱あんうつくもり空の下、"彼ら"は満身創痍まんしんそういだった。


 魔術師の中でも特にすぐれた彼ら兄妹。数少ない"鹿路幽良を打ち倒すことができる可能性"があるとされた魔術師である。


 他にるいを見ない火力の魔術で敵を圧倒する兄の冬真とうまを主軸とした攻撃で、双子の妹の愛良あいら優華ゆうか万能ばんのうの魔術でそれを支援しえんする。


 単純だが、これまで彼らは数々の人の危機を救い、英雄と呼ばれるまでに至った。


 しかし、それも。


 鹿路幽良がその全ての能力を上回うわまっていなければの話だった。


「同じティア1でも、所詮しょせんはしくれか」


「く、バケモノめ……。いつか裁きが下るその時を待っていろ!」


 彼らは、報復に来た。これまで傷付き、失った同族を弔うために。


 けれど、もう食傷だった。同様の言葉を、何度も投げかけられているから。


「ありきたりだな。貴様らはそんなセリフしかけないのか」


 バケモノだ、無情だ、邪悪だ──そんな言葉だってもう、何度も聞いてきた。


 幽良にだって、魔族としての誇りと主義がある。貶されたままなんて気分が悪い。


「いつまでも涼しい顔をしていられると思うなよ! 邪悪であるからには、代償も覚悟するんだぞ」


 そう言って幽良をにらむ冬真のあおい双眸には、深い怨恨えんこんうかがえた。


 当然のことになぜそのような感情をもよおすのか。いや、それはいい。一番せないのは、なぜここまで自身が正義だと勘違かんちがいできるのか、という点だ。


「わたしはバケモノでも邪悪でもない。鹿路幽良という、一人の魔族だ。少し強いだけで、全てを従えるわけでもない。そしてわたしが求めているのは、魔族の安泰あんたいだけだ。そこに貴様ら異種いしゅ混合こんごうする未来は見据みすえていない」


「…………」


「戦い、殺し、奪う──。生存競争に加担している時点で、代償など、とうに覚悟している」


「ならそれ以前に、お前は人をあやめて得た魔族の安泰になにも感じないのか!?」


「つくづく呆れる。貴様は虫を殺めてなにを感じるというのか」


 あわれむのか、悲しむのか。


 否、そこには躊躇ちゅうちょすらない。無情なのは同じことだ。


「なっ……」


「わたしが貴様ら人間を殺める時の感覚と変わらない。それに、貴様らもやっていることは同じようなことだ」


「それは……」


「争いをしなくていい世界があるのなら、そちらがいいとでも思っているのだろう。わたしも、微塵みじんもそう思わないわけではない」


 その言葉に、いつわりは無かった。


 冬真はその言葉を聞いくと、希望にすがるような目をする。


「お前も……なのか…………?」


 窮地に立たされ、藁にもすがる思いでいるのが、目に見えるように伝わってくる。


「だが、そうだな。綺麗事きれいごとませてやるつもりはないんだ。ここは一つ、わたしの赤裸々せきららな思いを語ってみてもいいかもしれない」


 幽良は腕を組み、指をほほに当てると笑みを浮かべて続けた。


「わたしは──貴様らが大嫌いだ」


 和解わかい──一瞬だけ、たがいが傷付かない唯一ゆいいつの希望が見えたであろう冬真だったがしかし、幽良はそれを容易たやすく捨てる言葉を放った。


「どうした、その表情は。まさか、わたしが和解を提案するとでも思ったのか? なげかわしい」


 そう言われると、冬真は手に持っていた杖を強く握った。


「やはり、お前はここで倒さなくちゃいけないようだな……! ここにいる、俺たち兄妹で!」


 ふっ、と幽良はその言葉を聞くと嘲笑ちょうしょうした。


 そして空にのぼって滞空たいくうすると、冬真たちに向けて言う。


「面白い」


 幽良は手をかかげた。


「ならば、受けてみろ。貴様らの力を合わせてこの一撃を耐えてみせるといい」


 膨大ぼうだいな魔力が、幽良の手に。


 その手のひらから発生させた漆黒しっこくの魔力の球体を放たんと、幽良は球体にうずを巻くように魔力を収束しゅうそくさせた。


「──【超新星覇弾イニシャライゼーション】」


 一帯いったいが、紫紺しこんに染まる。


 決死けっし魔弾まだんが、殲滅せんめつする──はずだった。


 しかし、そのとき。


 蒼い空間が広がり、全てが、止まった。


(………………!?)


 なにが起こった、そう口を開くことさえできない。


 ただ、意識だけは正常で、ものを考えることならできるのだ。


 幽良は顔をゆがめた──つもりだ。が、実際にはその表情に変化がともなわない。


(力が入らない、とは少し違うな……)


 まるで、体だけの時そのものが止まっているかのような状態なのである。





「──そんなかわいい顔して怖いことしないの〜」




 困惑こんわくする心情しんじょうの中、突如とつじょ天から降ってきた声に幽良は意識を向けた。


(…………?)


 雲を裂いて、声の主が降りてきた。


 現れたのは、魔族でも人間でも、その幽良が知るどの生物種せいぶつしゅにも当てはまらなかった。そういうのは、相手の魔力の感覚で分かる。


「あなたとは、初めて会うよね。どうも、わたしはダナ。よろしくね」


 それは、まだ幼い少女の見目をしていた。


 純白じゅんぱくのウェディングドレスに身をつつみ、幽良の目の前で浮遊ふゆうしている。


 優しげな双眸。あどけなさを感じる顔立ち。


(わたしの動きを止めるとは……。しかし、やつらの動きも同様に止まっている。まだどちらの味方かは分からないな……)


「本当に、危なかったよ」


 先程ダナと名乗ったそれは幽良に近付いてきた。


 害意がいいは感じない。


 不覚ふかくにも、幽良はその姿をまるで女神のようだと思ってしまった。


 元々、人間とは違って魔族は実際に目にしたものしか存在を認めない主義なのだ。故に、最大の不覚だった。


 神というのは、それが実在するかは曖昧なのである。


(なにをするつもりだ……?)


「はい」


 トン、としなやかに伸びた指が肩に触れる。


 同時に、幽良の束縛そくばくかれた。


「なぜわたしの拘束こうそくを解いた」


「わたしに危害を加えられなくしたからね。暴れても無駄むだだよ。必要最低限の能力以外は"時間の外"だから」


「詰み……なのか」


 幽良は呟いた。


 先刻から感じていた。ただ動けないだけではないその感覚は、幽良の形容した通り、体の時そのものが止められていたようだ。


 しかし意識だけを対象外にするとは、器用きようなものである。


 いや、本当にそんな神技が実在するのだろうか。ダナのハッタリの可能性だって考えられる。


「真偽を確かめてやろう。命乞いをするなら、今の内だが……」


「別にいいよ。本当にやっちゃったからね」


 幽良は容赦なくダナに手の平を向ける。


 と、幽良はその直後に目を見開いて自身の手の平を見下ろして、驚嘆の声を漏らした。


「驚いた。魔力が練れないというか、ろくに機能しない」


 恐らく無理に魔術を発動させようものなら、地面に落下するだろうし、浮遊できる程度の魔力で攻撃をしても、大した威力になりやしない。


 遺憾にも、本当に詰みのようだ。


「ね。凄いでしょ」


「ふん」


 眼下の人間たちは、今も変わらず"時間の外"、言い換えれば硬直こうちょくした状態だ。


 本来ならばとっくに無にかえっているはずなの死にたいなのだが、仲裁者のおかげで【超新星覇弾】もろとも動かない。


 いきなり来て、好き勝手やってくれるものだ。


「は〜もう〜、喧嘩けんか禁止。せっかくのかわいい顔が台無しだよ〜?」


「生存競争を軽視しているのか」


 幽良はダナを冷たく見る。


 喧嘩? まったくもって、そんなものではない。なにを勘違いしているのだろうか。


「え──あ、違う違う! 違うよ!? ごめんね、こういう態度だから勘違いさせちゃったかも?」


 あんまり争い事とか好きじゃないから、とダナは自身の溌溂はつらつな態度の理由をべる。どちらかと言えば、言葉選びに問題がある気がするのだが。まあいい。


「そうか、わたしの勘違いか。──それはそうと、せっかくわたしを無力化したのだから、遠慮えんりょなく用件ようけんを話すといい」


 時そのものに干渉かんしょうする権能けんのうだ。そう長くはたないだろう。


「ずっとこうしていられるわけではないだろう」


「気付かれちゃったか……あはは」


 有り体に言えば、早く話してほしいところである。


 ダナは表情を真剣にして告げた。


「プリンセス・ユラ。あなたには、別世界に転生して人間のことを理解してもらうよ」


「…………は」


 予想外の用件に、幽良は色を失う。

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