Case.6 任務終了
Case.6 任務終了
「いやぁ、神様なんですから、別に無理に飾らなくても、そのままで素敵ですよ」
「そうですよ。この新入りの言う通りです。そのままのあなたで充分ですよ。参拝者もたくさんいらしているでしょう?」
「え? 先月よりも参拝者が少なかった? 3月でしょう。3月は人間少し忙しいですから、許してくださいよ」
「そうです。5月になれば、連休もありますから人間たくさんきますよ」
何だこれ、とジュンは思いながらも、リクと共に虚空を褒め続ける。ジュンは印章を彫るフリをするために彫刻刀を持ちながら、リクは原本の上に筆を構えながら、とにかく褒めて褒めて褒めまくる。
語りかければ印章が変わる。屏風から虎が出てきた時も驚いたが、自分の声賭けで印章が変わるのも大層驚いた。こちらからの一方的な語りかけだけではなく、印章の文字や原本が変わることによる返答もある。
ジュンは認めざるを得ない。神様が、いる。いや、神様ではないのかもしれない。だけど、不思議な力が働いていることは間違いない。
しかも、リクの前情報通り、だいぶ世間体を気にする神様のようだ。神社がバズることにより、自分への信仰を集める。信仰の多さが神様の強さにでもなるのだろうか。ジュンにはわからないが、フォロワーを増やしたいSNS中毒者に似ていると思った。
「大丈夫です。そうそう。誰も神様のこと忘れませんて」
「神様が頑張らなくても、神主さんたちも頑張ってますから」
リクと神様を宥め続けて1時間。印章と原本が元に戻る。
「ふがっ」
安堵の溜息を吐きそうになるジュンの口をリクが塞ぐ。
「ありがとうございます。それでは、俺たちはこれで帰りますね」
「ありがとうございまーす」
リクが頭を下げる。ジュンも倣う。ふすまを開け部屋から出る。廊下を歩いて、神主が指定した部屋に向かう。
「終わった後に溜息は絶対に吐くな。また一から、いやマイナスからやり直しだ」
せっかく機嫌が直ったのに、溜息なんて吐けばまた機嫌を損ねてしまう。どころか、『やっぱり私はダメなのね』といじけモードに入って、更に大変になる。
部屋に向かう途中、庭を神主が掃除していた。
「終わりました」
「そうですか。今回もありがとうございます。ささ、部屋へどうぞ」
神主に声を掛けて部屋に入る。ほどなく、神主がやってくる。
「本日もありがとうございました」
神主は桜のかたどった生菓子とよく冷えたほうじ茶を机に載せる。
「いただきます」
リクがほうじ茶に口をつける。ジュンは黒文字を手に取り、生菓子を切り分ける。程よい甘さが口の中に広がる。優しい甘さがやけに身体に染みた。
和菓子とお茶をいただきながら世間話をして、神社を退去する。
ジュンは疑問に思ったことを、リクに聞いてみる。
「神主さんはディストーションについてご存知なんですか?」
ディストーションは秘密にされている。だけど、御朱印に異常が生じていることは知っているし、定期的にディストーションの解除も頼んでいる。
であるならば、神主はディストーションという現象をわかっているのだろうか。
「『ディストーション』という名称は知らないだろうが、御朱印に異常が生じていることはもちろんわかっているさ」
「じゃあ、ディストーションの秘密は保たれていないんじゃないですか」
名称は知らなくても、現象は知っている。絵が変化する、という超常現象が起きることを、神主は知っていることになる。それは、改変対策課の考えと相反しているような気がする。
「神主さんはあくまで『神様のご機嫌が悪い』で納得しておられるようだ」
「うーん……神職の方ってそういうものですか」
多くの神秘が科学によって解明された現代で、『神の奇跡』を信じる人間は少なくなりつつある。だけど、やはり神職に就いている人は今も強く信じているのだろうか。
「そうではない。『神様のご機嫌が悪い』と納得するようにしている、ということだ」
「意味がよくわからないんですけど」
「世の中には知らない方がいいこともある。それをわかっておられる」
「つまり……」
つまり、心の底から『神様のご機嫌が悪い』と思っている訳ではなく、『そういうこと』だと自分に言い聞かせているということ。必要以上に知ろうとすれば、どこかから圧力がかかる。
歴代の神主たちはそういう風に代々教えられる。
「パイロットの中にはUFOを見たことがある人が何人もいるらしい。神社に勤める人であるなら、『不思議な力』を感じたことがある人もいるだろう。だから、納得もしやすい。自分に言い聞かせもしやすい」
ディストーションを『不思議な力』として納得すること。それが神主なりの処世術。
「知らない方が幸せって本当に存在するんですね」
「逆を言えば、知ってしまった俺たちは不幸なのかもしれないがな」
「怖いこと言わないでくださいよ……」
改変対策課のことを口外すれば、消される……のだろうか。日本でそんな暴力的なことが起きるとは思いたくないが、近いことは起きるのだろう。
「仕事も終わったし、帰るか」
「もう帰るんですか? せっかく奈良まで来たのに。鹿とか見に行きましょうよ」
ジュンは奈良に来たことがない。せめて鹿せんべいを買って、鹿に取り囲まれたい。
「というか、どうやって帰るんですか? 秘密道具はここにはないでしょ。今度こそ新幹線とか飛行機ですか」
ジュンは期待を込めて、リクを見る。例のどこにでも通じているドアは、それはそれで面白かったが旅情に欠ける。
それに、例のドアは原作同様にドアノブから手を離したら消えてしまった。あんなとんでもないドアが世界に何台もあるとは考えにくい。
今度こそ公共交通機関を使うのだろうか。
「せめて駅とか空港で旅行気分を味わいたい!」
駅や空港で特産品やお土産を見たりして旅行気分を味わいたい。名物店の前を通って匂いを嗅ぐだけでも構わない。
「仕事だと言っているだろう」
欲に塗れたジュンの願いを、リクはバッサリと斬り捨て電話を掛ける。
「終わりました。頼みます」
リクとジュンは神社に来たときと同じ場所に立つ。ジュンの胸に嫌な予感が走る。
「え……まさか……」
「お迎えにきましたよ」
どこからともなく例のドアが現れる。ドアが開くと、向こうから改変対策課の人が顔を出す。
「こっちにドアがないのなら、向こうから開けてもらえばいいだけだ」
奈良にある神社側にはドアがない。だけど、東京の改変対策課にはある。東京の改変対策課に連絡を入れ、他の人にドアを繋いでもらう。そうすれば、神社側にもドアが開く。
「帰るぞ」
「そんなー!」
ジュンの叫び声は、東京のとあるビルの中にこだました。
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