Case.4 任意之扉

Case.4 任意之扉


 銃刀法違反にはならないらしい。銃刀法――銃砲刀剣類所持等取締法。銃砲・刀剣類の所持を原則として禁止し、これらを使った凶悪犯罪を未然に防止することを目的とする。業務その他正当な理由による場合を除いては、刃体の長さが 6センチを超える刃物を所持してはならない、となっている。他にも細かい規定があるが、基本はそんなところだ。

 警察官の端くれだったジュンにも聞き馴染みがある。夜に町内を巡視していると、意外と刃物を持っている人間がいるものだ。大抵は法律に違反しない、市販のサバイバルナイフ。

 これはもちろん問題ない。だけど、どうしてナイフを持っているのかと尋ねれば、答えられなかったり、どもったりする人が多い。日本において『正当な理由』でナイフを持っている人は少ない。

「『身を守るため』っていう理由は、それはそれで怪しいしな」

 いったい何から身を守るのかっていう話だ。別の事件の匂いがする。

 ジュンが貸与された彫刻刀は全部で6本。内5本は普通のサイズ。刃の円周が違う丸刀2本、三角刀1本、切り出し刀1本、平刀1本。それから、巨大な切り出し刀1本。

 巨大な切り出し刀は刃体だけで10センチはある。所持していれば、銃刀法違反は間違いない。しかも、本体が巨大であるため目立つ。ジュンが警察官であれば、職務質問したくなる。だって、巨大な切り出し刀を持つ正当な理由なんて普通ないし。そもそも巨大な切り出し刀なんて、何に使うかもわからない。巨大な版画を彫るにしたって、人の身の丈ほどの切り出し刀は必要ない。というか、使いにくい。

「本当に、大丈夫なんですか? 俺、知り合いの警察官に捕まるの嫌なんですけど」

 ジュンは隣を歩くリクに尋ねる。

「あぁ、そうだった。これを渡すの忘れていたな」

 リクはポケットから折り畳まれた紙を取り出し、ジュンに渡す。紙を開いてみると、『銃砲刀剣類登録証』と書いてある。

「これって……」

「その切り出し刀の登録証だ。何かあったときのために、持っておけ」

 種別欄に『切り出し刀』と記載されているのが、何だか間抜けに思える。

「こういうのって、日本刀とか由緒あるものにのみ許可されると思っていたんですけど」

「日本の法律を運用すると、こういうことになる」

 銘文欄には『切り出し次郎丸』とある。

「この名前もどうにかならなかったんですか?」

 巫山戯ているとしか思えないネーミングセンスだ。ジュンは持っている次郎丸を憐れみの目で見る。存在理由も『ディストーションの解除のため』と意味不明なのに、名前まで滑稽だなんて、可哀想だ。

「『平の太郎丸』の方が良かったか?」

「そうじゃなくて」

 ちなみに、他の兄弟刀は三角三郎丸、丸刀四郎丸、丸刀五郎丸である。

 ジュンが腰から下げている普通サイズの彫刻刀も5本で1セット。巨大彫刻刀も本来は5本で1セットだ。だが、巨大彫刻刀を5本持ち歩いては動きに支障が出るため、1本だけ持ち歩くのが一般的だ。

「リクさんは良いですよね。大きな絵筆なら、言い訳がききそうですし」

「最近は巨大な紙に習字するパフォーマンスも流行っているからな。周囲の理解も早くて助かる」

 何より刃物がついていない。ふさふさの毛先は人間を傷つける恐れもない。職務質問されても、世間話だけで解放されるだろう。

「で、今日はどこに行くんです?」

「事前の資料に目を通していないのか。これだから、ゆとり世代は」

「それも暴言ですよ。それにリクさんだって似たようなものでしょう」

 ジュンよりもリクの方が歳上とはいえ、10歳も変わらない。親世代に言われたらムッとするだろうが、同年代のリクに言われてもそれは自嘲が含まれているためお互いへの哀愁に変わる。

「事前の資料に目は通しましたよ。だからこそ、『どこに向かっているんですか?』って聞いたんです」

 今日の任務先は奈良だ。そして、ここは東京の一角にあるビル。東京から奈良に向かうのなら、当然新幹線や飛行機、車で移動する必要がある。いずれにしても、改変対策課が入っているビルから一度出る必要がある。ビルの出入口は、一階のエントランスか非常口、地下駐車場に限られている。どのルートを選ぶにしろ、下に向かう必要がある。

 それなのに、リクが向かっているのは、何故か上。最上階が選択されたエレベーターは、軽い浮遊感と共に滑らかに上へ向かう。

「あ、もしかして、ヘリですか?」

 今までの人生の常識では計り知れない新事実をたくさんもたらしてくれた改変対策課だ。奇天烈な彫刻刀の許可も取っているくらいだから、ヘリコプターだって所有しているのかもしれない。

「馬鹿か。改変対策課にそんな予算がある訳ないだろう」

「また暴言」

「訂正する。頭を使って考えろ」

「訂正するって言ったら、何でも許されると思ってません?」

 ジュンは全く気にしていないからいいのだけれど。今後、リクの元に繊細な部下が来たら、心配である。

「予算不足の改変対策課がヘリコプター持っているなんて、俺だって本気で思ってませんよ」

 来て日が浅くても、予算不足なのはジュンにも察しがついている。本来は2本ついているはずの蛍光灯が1本に減らされているのがいい証拠だ。

「じゃあ、どうして上に?」

「面白いものを見せてやる」

 リクがニヤリと笑う。クールな風貌のリクが片頬をあげて笑えば、悪役のようなニヒルな表情になる。一応正義の味方側であるはずなのだが、その笑い方がやけに似合っていて、ジュンは二度見した。

 エレベーターが止まる。リクに続いて、ジュンも降りる。エレベーターは電気の灯っていない階で止まる。リクは薄暗い廊下を進む。そして、エレベーターの傍にある階段を上る。しばらく階段を進み、途中にある非常扉を開く。

 非常扉の向こうはまたしても薄暗い廊下だ。廊下に並んだドアの横には顔認証の機械が取り付けられている。

 その一つをリクは起動させる。認証の機械が青く光る。認証成功のサインだ。

「ここのロックは1人ずつだ。お前も認証を受けろ。登録は済んでいるはずだ」

「はぁ」

 ジュンも大人しく機械の前に立つ。リクと同じように、機械が青く光る。認証されるはずだとわかっていても、実際認証が通れば安心する。

「ここは何なんですか?」

「このフロアこそ、保管庫だよ。武器庫以外のな」

 改変対策課が所有する数多くある倉庫。武器庫は2階にあったが、それ以外の保管庫――ディストーションが解除出来ずに保管されているものは、この階に保管されている。そして、保管庫に入るには顔認証が必要だ。

「じゃあ、このドアの向こうには……」

「様々な作品が封印されている」

 ディストーションが解除できない作品の数々が一枚ドアを隔てた向こうに並んでいる。虎のような猛獣、ならまだ良い方だろう。製作者がイメージした怪物や歪んだ認識で形作られた化物が蠢いているのだとしたら。この階が爆破でもされたら、世界は冗談抜きで破滅するかもしれない。

 ジュンの背筋にねっとりとした寒気が降りてくる。ディストーションによって生み出された怪物たちも恐ろしいが、それを止めるのは自分たちなのだ。しなければならないという使命感と、まだ何もしたことがない漠然とした不安が胸に迫る。

「で、そんな恐ろしい階にどうして来たんですか?」

 すぐに封印が解ける訳がないとわかってはいても、長居したくない空間だ。奈良に向かうはずなのに、どうしてこんなところに来たのだろうか。しかも、作品が保管されている保管庫の一つを開けるだなんて。

「奈良よりも緊急の案件が……!」

 ジュンは唾を飲み込む。保管庫の封印が解かれたのか、とジュンは身構える。だが、リクは至極冷静に倉庫の奥に向かう。

「いや、これを使うためだ」

「これは……」

 ジュンは絶句した。虎が屏風から飛び出してきたときだって、ここまで頭が真っ白にはならなかった。それだけの衝撃をジュンにもたらすものが、今目の前にある。

「ん? 見たことないか?」

「……ありますよ。ありますけど!」

 反応の薄いジュンにリクが疑念の目を向ける。

 だが、ジュンが反応できなかったのは、見たことがないからではない。むしろ逆。日本国民なら、いや、世界中でもかなりの知名度を誇るものが目の前に鎮座していたからだ。

「これ、あれじゃないですか! ドアノブ捻ればどこにでも行けるドア! 四次元に通じるポケットから出てくる、未来の不思議道具!」

 濃いピンクをした薄いドア。猫型だと言い張るたぬきに近い形状の未来ロボットが、ポケットから取り出す便利道具。頭につける竹とんぼ型ヘリコプターと同じくらい人気であろうあのドア。

 未来への夢が詰め込まれたドアが、ジュンの目の前にある。

 ジュンはドアの後ろに周り込む。

「何も、ない……!」

 原作そのままに、開いていないドアの後ろには何もない。敢えて言うなら、倉庫の壁がある。本当にドアが一枚だけ立っている。

「え? どういうこと? 改変対策課ジョークかなんかですか?」

 ドアの模型と表現した方が正しいだろうか。そんなものが何故ここに。ジュンの混乱をよそに、リクは冷静に返答する。

「ディストーションが解除できないから、ここに保管されている」

 保管庫に保管されているものは、ディストーションが解除されないもの。逆説的に、このドアもディストーション状態にあるというのは理解できる。

 では、このドアがディストーション状態にあったとして、どんな被害がもたらされるというのか。

「えっと、屏風に描かれた虎が現実に動いて人を襲うんだから……」

 『屏風に描かれた虎が人間を襲う』という噂が広まったら、本当にその通りのことが起きた。

 では、『どこにでも通じているドア』で、本当にその通りのことが起きれば。

「どこにでも行けるドア……?」

 リクではないけれど、『馬鹿げている』と切り捨てたくなるような話だ。だが、リクは当然のように返す。

「その通り。どこにでも行けるドアだ」

「いやいやいやいや、そんな訳……」

「ということで、今回の行き先は『奈良』」

 リクが行き先を告げてドアノブを捻る。ドアの向こうには、歴史のありそうな寺社らしき建物が見える。今日の任務先である寺社の裏に出たようだ。

「……」

 ジュンは口をあんぐり開ける。先ほどまでは倉庫の壁であったはずのドアの向こう側が、確かに違う場所に通じている。

「いつまで馬鹿面を晒している。行くぞ」

「……」

 リクは顎を押さえて口を元に戻す。それでも、まだ言葉は出ない。ドアを潜れば、自然豊かなことが伺える爽やかな風が吹いている。

 ジュンがドアを閉めれば、ピンクのドアが消滅する。こんなところまで原作に準拠している。リクは迷いなく進んでいく。ジュンは親鳥についていく雛鳥のように、何も考えることなくしばらくリクについていく。

「って、おかしいでしょー!」

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