電子ドラッグ研究所

月ノみんと@成長革命2巻発売

電子ドラッグ


 怪しげな男から、怪しげなハードディスクを買った。

 仕事の帰り道に、路地裏でこまねいている黒服の男がいたので、近づいていってみると、話だけでもきいてくれというので、話を聞くうちに、なんだかだんだんと絆されてしまい、こんなものを買う羽目になった。

 安月給だというのに、5000円もだして得体のしれないハードディスクを買ったなどと、同居人に知られるわけにはいかないぞ。

 俺はその足で、ネットカフェへと忍び込んだ。

 ネットカフェの個室に入り、ハードディスクをPCへとつなぐ。

 男の話によると、中には電子ドラッグが入っているとのことだった。

「ええ、一度でいいから試してみなされ。ぶっ飛びますから」

「これは、合法なのか?」

「ええもちろん、ドラッグと違って、これはあくまで電子ドラッグですからね。電子ドラッグを取り締まる法律は、今のところありません」

 だがしかし、合法だからといって安全とは限らない。

 タバコも酒も合法だが、毎年何人もの人間を破滅に追いやっている。

 とはいえ、興味を持ってしまったのだから、後にはひけなかった。

「これはどういうものなんだ?」

「ひとたびヘッドホンで脳内にぶちこめば、至上の快楽を得られます」

「もしその話が本当なら、5000円は安いな」

「ええ、そうでしょう。ぜひともお試しになってください」

「そういうアンタは何者なんだ?」

「私は、電子ドラッグ研究所のものです」

 いかにもなあやしい肩書だと思ったが、かくいうこの俺とて、他人に名乗って納得してもらえるような肩書は持ち合わせておらず、好奇心に負け、こうして電子ドラッグ研究の片棒を担ぐことになったのである。

 さっそく俺はハードディスクの中から、音声データを見つけ出すと、ヘッドホンを頭にかぶせて、音声を再生した。

 その瞬間、目の前で雷が落ちたかのような衝撃に撃たれた。

 音という音が、俺を心地よい感覚に包み込んでくれた。

 音声自体は爆音でながれていて、音を下げても爆音でながれていて、正直言って、鼓膜に優しいとはとうてい言えない感じだ。

 俺の鼓膜から血が流れていてもおかしくない。

 耳の裏あたりに生暖かい、湿り気を感じるが、それが耳から流れ出した血なのか、変な汗をかいているのか、自分で確かめる気にはならなかった。

 耳をつんざくような高音と爆音だったが、不思議とそれが心地いい。

 あまりにも大きな音のせいで、アドレナリンが出て、感覚がマヒしているのかもしれない。

 まるで直接脳を触られているようなほど、頭の中がいじくられている感じがあった。

 これ以上音を聞き続けていると、さすがに頭がおかしくなる。

 鼓膜はすでに破壊され、体調が悪くなってくる。

 脳がガンガン揺れる感じがあって、二日酔いよりも酷い頭痛に襲われる。

 それ以上音をきくのをやめればいいだけなのに、やめられない。

 俺はドMかもしれないと思ったことはないが、嗜虐的な快感に飲まれていた。

 音を下げればいいものを、俺の手はいうことをきかない。

 俺は意思に反して、音をさらにガンガン上げる。

 ボリュームはマックスになって、音割れしまくっているけど、なぜだか不思議と心地いい。

 俺は完全にどうかしてしまっていた。

 これが快楽というものか。

 インフルエンザのときにオナニーをしたことがあるだろうか。

 高熱にうなされながらも、ペニスを握る手を緩めることのできない、あの感じだ。

 よく出来の悪い官能小説なので、女がイきすぎて死ぬほど苦しい、感じすぎて苦しいというようなことがあるが、あれをまさに味わっていた。

 あまりに強烈な快楽に襲われたせいで、俺の身体は震えがきていて、吐き気もしてくるし、めちゃくちゃ苦しい。

 女は男の何倍もの快楽を、セックスで味わうというが、これはさらにその女の快楽をもしのぐであろうことは間違いなかった。

 ここ10年はセックスで満足にイケていない俺ですら、ギンギンに勃起していた。

 音楽が終わると同時に、俺は触らずしてひとりでに射精してしまっていた。

 金玉がドクドクと波打っている感覚がある。

 射精してもなおも俺のペニスは萎えることを知らない。

 それどころか、まるで脳細胞すべてが射精寸前の快楽を味わっているような感覚が、ずっと続いていた。

 俺は脳みそまでちんぽになっちまったってのか?

 よく男はちんぽで考えるというが、俺は脳で射精していた。

 かといって、女体への欲求が湧いてくるということはなかった。

 むしろ、そのような俗物的な欲求とは乖離したところにあり、まるで仙人のように、あらゆる煩悩から解放されたような、すがすがしい気分だ。

 精通した直後の、あの純粋な好奇心だけで射精していた少年の心を取り戻したようだった。

 ただ俺にある欲求は、延々にこの音声に浸っていたいとうだけのものだった。

 音声の再生が終わり、再び最初から流そうと思った、そのときである。

 俺の行為に水を差す手があった。

 突然、後ろから男のゴツイ手に肩をつかまれ、俺は正気に戻る。

 なにごとかと後ろを振り向くと、そこには警官の恰好をした男がいた。

「あー……これは、薬物中毒だねぇ……。麻薬所持で逮捕する」

 警官が俺にそんなことをいうが、俺にはなんの心あたりもないし、俺がつかまるいわれなんかない。

 痴漢冤罪でつかまりかけた経験を活かして、俺は反論する。

「おいおいお巡りさん。俺のこれは電子ドラッグだ。俺はなにも法律に違反はしていない。これは合法だってきいた。電子ドラッグを取り締まる法律はないだろ?」

 俺はそういって、画面を指さす。

 そしてヘッドホンを警官に差し出す。

 警官は、俺のことを、かわいそうな人を見るような、白い目で見た。

 そして大きくため息をついて、あきれた顔でこういった。

「はぁ……。電子ドラッグ?なにをいっているのかわからないな。あんたが今きいていたのは、ただのビートルズのリボルバーだ」

「は……?」

「ハイになっておかしくなっちまったんだな……。記憶が混濁している。幻覚、妄想もあるな」

「おいおいおかしいだろ。ここに証拠もある。俺は男からハードディスクを買ったんだ」

 俺はハードディスクを警官に手渡す。

 すると、警官は訝し気にハードディスクを受け取り、そしてそれを開いた。

「これがハードディスクに見えるのか?俺にはただの木箱にしかみえないがね……。やっぱり妄想があるな……。ほら、この木箱の中に、ドラッグが入ってるじゃないか。最近流行しているドラッグだ」

「は……?」

 そのあと、俺は検査され、俺の体内からはそのドラッグが見つかったらしい。

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