002 少女の旅立ち

――ひぃっ……

あふれ出そうになる悲鳴をエリナが必死で我慢する。

男はしばらくドアの前にいたが、やがてあきらめたようで1階に降りていった。


――ガッシャアアン‼

1階で何かが壊れる大きな物音が聞こえた。


やがて男が家を出ていく音が聞こえたが、エリナは朝が来るまで物置部屋で震えていた。


翌朝、1階に降りたエリナは、応接間で父ハリスの遺体を発見した。彼は眉間を一発で撃ち抜かれていた。


エリナは保安官シェリフ事務所に助けを求めた。


保安官らの調べによれば、銃の名手だったハリスがなぜか自分は一発も撃たないままで亡くなっていたという。

彼の愛銃〈青い鎮魂歌ブルーレクイエム〉は奪われてしまっていた。


また、家のガンロッカーが壊され、ハリスが厳重に保管してあった銀色の銃〈白銀のスノーホワイト・一角獣ユニコーン〉も盗まれていることがわかった。


目撃者はおらず、逃げた犯人の行方は全くつかめなかった。


三日後、父の葬儀も済まないうちから高利貸しがやってきた。


この家も家財道具もすべて抵当に入っていて、高利貸しに所有権があるのだという。


「ということは、君はこの家を出ていかなきゃいけないんだね?」

「うん……。でも、それだけじゃないの」


高利貸しが言うには、その上にさらに高額な借金が残っているので、エリナを奴隷商人に売り飛ばすつもりなのだという。

そしてその期限が明日の朝ということだった。


「わたし、売られちゃうのかな……?」

「……」

「でも、その前にどうしてもお父さんのかたきを討ちたい……。犯人から、盗まれた銃を取りもどしたい……」


俺の中で、正義の血が騒いだ。

よし! 俺がなんとしてでもこのを守り、父親のかたきを取らせてやろう。


……とは言っても、銃になった身でいったい何ができるのか、よくわからないが……


ええっと、こういうときはどうするんだっけ?


そう、そうだ。

よく見てた転生モノではステータス画面とかがあるはずだ。


俺は頭の中で「ステータス……ステータス……」と念じた。


で、出たぁ‼ えぇーと、なになに……?


====================

種族:魔道具(銃) 型式名:平和の使者ピースメッセンジャー

作動方式:シングルアクション

銃身長 :3サント 口径:0.45サント

装弾数 :5/6  排莢:1発ずつ


《スキル》

念話テレパシー、標準語翻訳、コック&ファイア

反動リコイル軽減:1/5 自動照準オートエイム:Lv5

自量軽減:1/3 自重増加:×10


《アビリティ》ラッキースケベ

====================


ふむふむ。元の世界の銃「ピースメーカー」と似ているだけあって、口径やサイズも同じような感じだ。


「なあエリナ、とつぜん変なことを聞くが、〈サント〉っていうのは単位のことか?」

「うん、親指の幅ぐらいの長さだよ……」

なるほど。ということはインチに近い単位かな。


念話テレパシー〉と〈標準語翻訳〉がはじめから装備されているのは助かる。

これのおかげでエリナと会話ができたわけだ。


俺はエルフ女史と神様に感謝した。

手のひらクルックルーだ。


〈コック&ファイア〉というスキルは何だろう?

もしかして、これで自分の撃鉄ハンマーを自分で起こコックして射撃ファイアできるのかな。


あとは〈反動リコイル軽減〉と〈自動照準オートエイム〉か……。

反動リコイル」っていうのは、射撃の時に射手の手に伝わる衝撃のことだ。

それを小さくできるのなら、この子の手でも俺を使いこなせるかも。


アビリティの〈ラッキースケベ〉についてはよくわからないが、今は置いておこう。


「ところで、〈銃〉さん……」エリナが俺に語りかけた。


「お父さんじゃないなら、〈銃〉さんはいったい何者なの? 銃なのにどうしてしゃべれるの?」


「ちょっと待った。この世界では、銃はしゃべらないものなのか?」

「この世界って? どこでだって銃はふつうしゃべらないものだよぅ……」


エリナが首をかしげる。

そのしぐさもなんだか可愛らしい。


「そっかあ。じゃあびっくりさせて悪かったな」

「ううん」エリナが首を横に振る。


「ちなみにこの銃は、君のものなのかい?」

「うん。昔お父さんが使ってたのを、わたしの手に合わせて改造してくれたの」


エリナの言う通り、銃の持ち手グリップは子供の手にもピッタリのサイズだ。

銃身も元は長かったのを切り詰めた跡があった。


銃の手入れは行き届いているが、かなり長いこと使いこまれてきた感じだ。

カドの部分は、黒い塗装がはがれて金属の地が見えてきている。


「銃の使い方はわかるのかい?」

「うん、お父さんが教えてくれたから、撃ち方とか整備のしかたはひと通りわかるよぅ……」

「そうなんだ」

「でも撃つのはまだヘタだから、あんまりうまく当たらないの……」

「なるほど」


今度は俺も自分の身の上バナシをした。


自分も元は人間で、違う世界から来たこと。

死んだと思ったら転生して銃になったこと。

などなど……。


エリナは興味しんしんで話に聞き入っていた。

元の世界の進んだ技術の話をしたときには、ものすごく興奮して「もっともっと」と話をせがんだ。


俺たちは一晩かけて、お互いの世界のいろいろなことについて説明しあった。


俺は二つの世界の共通点や異なる点をできるかぎり頭にたたき込んだ。


気づけば夜はしらじらと明けはじめていた。


俺はあることを思い出した。


「なぁエリナ、ちなみに高利貸しが来る日って……?」

「あー!! もう今日の朝だった!! あのヒト早起きだからもうすぐ来るかもぅ……」

「ヤバいぞ!! 急いで荷物をまとめるんだ!!」

「えっ⁉ えっ……⁉」

「逃げるんだよ!! そいつが来る前にここを出よう!」


エリナはあわてて身じたくを整えた。

ネグリジェから普段着にきがえる。なんか「町娘A」といった服装だ。

あとは日用品や衣服、金目の物などをでかいリュックに詰め込む。


リュックのふたを閉めたところでキンコーンとチャイムが鳴った。


ガチャガチャと鍵を開ける音がして、玄関から高利貸しが入ってくる。


見るからにいやらしそうな中年男だ。

スネ夫タイプというべきか。

金ピカのボタンのついた成金風の服を着ている。


「エリナちゅわーん、朝から身じたくとは用意がイイねえ。もう売られる覚悟はバッチリ決まっちゃったみたいだねえー」

「き、き、決まってないです……」

どもりながらエリナが口答えする。


「おー? なんだその銃は? ハリスの形見かな? 見かけはボロっちいが売ればいくらか足しにはなるだろう。おじさんによこしなさーい」

「い、いやぁ……!!」


嫌がるエリナから男が無理やり俺をひったくった。

……今だ!!


俺は自重変化のスキルを発動した。


頭の中で声が聞こえる。


――自重増加Lv5、発動します。

  ×1から×10まで選べますが

  どういたしますか?


とうぜん最大だ! ×10で頼む!


――×10で了解しました


その言葉と共に、身体が地面にグイッと引っぱられる。


高利貸しはブン取った銃が急に重くなったせいで体勢を崩し、銃を取り落とした。


……よし!


俺は次のスキルを発動した。


「自重増加解除!」

「コック&ファイア!」

「とどめに自動照準オートエイムだ!!」


――スキル3点の発動を了解しました


俺は空中でクルクル回りながら自分の撃鉄ハンマー起こコックし、高利貸しの足元めがけて一発ぶっ放した。


――ズガアアン!

モデルガンとは比べ物にならない大きな音がして、高利貸しの足元に穴があいた。


「ひいいいっ」

高利貸しが腰を抜かしてへたりこむ。


「今だエリナ、逃げるぞ!」

「うん!」エリナが俺を拾い上げた。


「待てェ! 逃げられんぞ! 家の外には奴隷商人が待機しておるからな!」


表に出ると、山のようなガタイの大男が待っていた。

西部劇に出てきそうなかっこうで、テンガロンハットをかぶっている。

こいつが奴隷商人か。

スネ夫に続いて今度はジャイアンかよ。


「ん?なんだお前? 売られる娘か? ちょっと待てィ!」

男がエリナの肩に手をかけようとする。


「エリナ、撃て!」

「えっ⁉ えっ⁉」

エリナはわけもわからず銃口を男に向けた。


……今だ!!


「自重軽減×3分の1!」

反動リコイル軽減×5分の1!」

「続けて自動照準オートエイムだ!」


――スキル3点を了解しました


エリナが撃鉄ハンマーを上げ、引き金を引き絞る。

ズガアアン! と銃声が響き、奴隷商人のテンガロンハットに大穴があいた。

「うひいっ!!」大男が情けない声をあげる。


風が吹いて、男のテンガロンハットが地面に落ちた。


弾丸が頭のてっぺんをかすめたようで、髪の毛がきれいな逆モヒカンになっている。いい気味だ。


「エリナ、ダッシュで逃げるぞ!」

エリナはリュックを背負って走り出した。


やせていて体力もなさそうに見えたエリナだったが、その足は意外と速かった。

田舎の道を抜け橋を渡り、街の中へと逃げ込む。

ヤツらは気力を失ったのか、俺たちを追いかけてくることはなかった。


「はあ、はあ、ここまでくれば大丈夫、かなぁ」

エリナが息を切らせて道端にしゃがみこむ。

「たぶん大丈夫だろう。それにまたあいつらが来たら、俺が追っ払ってやる!」

俺は胸を張った。

胸がどこかは今いちわからなかったが。


ここは大通りからひとつ離れた脇道だ。

行商人風の男や女がときどき前を通り過ぎる。

街並みも人々の服装も、中世ヨーロッパを思わせる感じだった。

「はじめてヒトを撃ったけど、マグレでもあんなに当たるものなんだねぇ……」

「マグレじゃないぞ。俺がちゃんと狙って、当ててやったんだ」

「うそぉ……?」

エリナが疑わしそうな目で俺を見る。


「でも、これからどうしよう。もうおうちには帰れないし……」

エリナが心配そうな表情を浮かべた。


「二、三日、泊まれるだけのカネはないのか? 出るとき金目の物を持ってきただろう?」

「現金とか高価な物は、前にあのヒトが全部持ってっちゃったの……。残ったのは隠しておいたおこづかいの2千ボルだけ……」


「そうか。ちなみに2千ボルってどのくらいの価値があるんだ?」

「うーん。普通のお料理屋さんで二、三回食べたら終わりかなぁ……」


「宿に泊まるのはいくらぐらいだ?」

「だいたい3千から1万ボルくらい……?」

1ボル=約1円と考えて良さそうだ。わかりやすくてありがたい。


「あと、何かお金に変えられる物はない?」

「あとは、お母さんの形見の指輪とペンダント……」

「それは『どうしても』という時に取っておこうか」

「うん……」

「しかし何はともあれ、稼ぐ手段を見つけないとな……」


――ドンドンドン、ドンドンドン――

遠くから太鼓の音が聞こえてきた。

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