《売るほどに給料が上がる仕事です》

第1話



「明日だ!明日から働けるところ!」


俺の名前は家老カロウシスル。前世の記憶は殆どない。前世っていうのは、俺がこの世界に来る前の世界の話。


そう、俺は異世界に転生した異世界転生者。


「〝流れ者〟のキミに紹介できる仕事なんて限られてるんだよ・・・」

牛のような間抜けな顔をした職員がこれ見よがしにため息を吐く。モゥ~勘弁してよ。と。

ため息をつきながらも、書類をめくっている。


流れ者、とは、異世界転生者のことを指す。この世界では異世界転生者は珍しくない。


俺たち流れ者は身寄りも無ければ、金も無い。家もなければ、仕事もない。仕事がなければ、金はない。金がなければ、生きていけない。


それが流れ者だ。


そういうわけで、流れ者の俺は、職業安定所と呼ばれる現実的な機関で仕事を探していた。ファンタジーなんてありゃしねぇ。



「うーん、これは?」



間抜けの牛顔が求人票を机上に叩きつけた。ふむふむ・・・。


「やらない」

俺は即答した。見るからに肉体労働だ。俺は数日前まで、働いていたのだが、力仕事とか、高所での作業はもうこりごりだった。


「何故?」

「力仕事は無理!」

「もぅ~仕事を選べる立場か?」心の声が漏れている。コイツ・・・いつか蹴り飛ばしてやんぜ。



でも、確かにそうだ。

この世界はファンタジーに溢れている。

今日もチートスキルを持った主人公が活躍して、ハーレムを築いているというのに・・・


俺は仕事を探すのに精一杯だった。


何故なら、俺には何もない。

チートどころか、普通の、仕事として使えるスキルがないのだ。


何もない人間に仕事をしてもらおう、という人は少ない。なので、選べる立場ではないのはわかるけど、嫌なものは嫌だ!



「あと、今紹介できるのはこれくらいだな・・・」



職員が渋々、その求人票を俺に渡した。





この国の中心都市には、さっきまで俺がいた職業安定所を含めて、様々な公的な機関が存在し、民間の建物もたくさんある。

この世界はイメージ的には中世ヨーロッパで、砂漠の砂のような色味の壁の建物と、灰色の道路、そんな感じの色合いの街並みだ。


「ここか・・・」


そんな街中の一等地に、その会社は存在した。


ー〝IMUSいせかいメチャうれしょうかい〟ー


「異世界・・・メチャ売れ商会」

滑稽な名前だ。とりあえず俺は3階建ての建物の中に入る。受付に紹介票を渡すと、別の部屋に通された。

この紹介票はあの牛の顔の職員が判子を押してくれた重要な書類だ。


階段を登り、別室の男が入室した俺を見るや否や、語りかけてくる。


「君ィ、今日から働けるかな?」

「もちろんっス!」





建物の2階の中心に大きな居間があって、そこには俺を含めて8人ほどの人間が集まっていた。皆が流れ者では無いのだろうけど、何つーか、若くて、金は持っていなさそうな奴らだった。


「こんにちは」


俺たちに向かって、壇上から話しかけてきたのは、社員の人間だ。

彼はエリアマネージャーと呼ばれる存在で、俺たちはこの人を〝先生〟と呼ぶ事になった。


「君たちには早速、働いてもらいます」


俺はこの人の話を聞かながら、求人票の内容を思い出す。


この会社は商社だ。


ま、商社ってのはモノを仕入れてそれを売るって感じだな。自分達でモノを作ってる訳じゃ無い。自分たちでモノを作るのはメーカーと呼ばれる。


そして今回俺が売るのは・・・。


「君たちには、〝火魔石〟を売ってもらいます」


魔石だ。

その中でも、炎の属性を宿したもの。

というか、炎ほどの力はなくて、火だ。火の力を宿したビー玉みたいな石、火魔石。


これを上手に使えばアラ不思議、薪を擦らなくても火をつけることができる。ランタンの灯りも一発だ。まぁ、あれだ・・・俺の前世で言うところの、ライターだな。


そう、次の俺の仕事はこれ。

マッチ売りの少女ならぬ、ライター売りの若者って感じだ。


そして求人票の大切な部分、給料!

これは前職がクソみてーな給料だったが、この会社はやたらめったら給料が良い。最高だ。


※ただし売上による、とは書かれているけど。


「この火魔石は、売れば売るほど、あなた方の給料に反映されますよ。営業成績トップの人にはボーナスも支給します!」


湧き上がる部屋の中。

火魔石?

こんなもん売るなんて簡単じゃねーか!

やってやるぜ俺!





鞄の中に大量の火魔石を詰め込んだ。

ビー玉サイズのそれは200個はあるだろう。結構重い。俺たちはひとり200個、売らなきゃならねーみたいだ。

まぁ、すぐに売れて、この鞄は軽くなる。


この世界は魔法に溢れている。


そもそも、魔力という概念が存在し、空気中に見えないけれど漂っている。それは凄い薄い魔力らしいけど、それを生物が吸いすぎると魔物になったり、魔人になったりするらしい。


そして、その魔力を上手く扱えるのが魔法使い。


上手く扱えない人向けに存在するのが魔石。


魔石ってのは魔力が凝縮されているものだ。

人の生活に役立てられている。火の魔石なら火おこしに、水の魔石は旅先の水分に、雷の魔石ならば山の中で熊の撃退に。とにかく、色んなエネルギーを使用する場面で重宝されている。

こんなもん、みんな買うに決まってるじゃねーか!



「火魔石、いかがっすかー?」



街中の人通りの多い場所。

露店街。とてつもなく賑わっている場所だ。露店が軒を連ね、祭りの屋台みたいな感じだ。魚を持って歩く人、燻製肉を食べながら歩く人、酒の匂い。食品だけじゃ無い。アクセサリーや武器防具も販売されている。この露店街を歩けば生活には困らない、らしい。


そんな人通りの多い場所なら、火魔石を買ってくれる人は沢山いるはずだ。俺はそう思った。同じ考えの奴がぽつぽつといて、俺たちはテリトリーをなんとなく決めて、声を張り上げて、商売を始める。


「火魔石いかがっすかー!」

「時計回りに30回して反時計回りにするだけ!簡単に火が出せますよ!」

「1コ250エーツ!いかがっすかー!?」


全然、見向きもされない。

人が多すぎて、俺の声がかき消されている気もするが、そもそも眼中に無いようにも思える。


ちなみにエーツってのはこの国の通貨単位で、肌感覚で言えば俺の前世の通貨単位である円と何ら変わりはない。


いや、そう考えると、ライターに250円?高くねーか?


いやいや、でもこれは生活必需品のはず。需要と供給ってやつだ。売れるに違いない。声を張り上げるぞ、俺。


「火魔石いかがっすかー!」

「安いよ安いよ~ッ!」

「はい!買った買ったァ!」


あれ、なんだろう。

こんなにも人が沢山いるのに、声を出しても、張り上げても、誰も見向きもしない。

というか、見ようとしない。


俺はそんな不安を感じながら、街ゆく人と目があった。コイツなら話を聞いてくれそうだ。


「火魔石、いかがですか?」

話しかけられた男は面倒臭そうに答える。

「ごめんなさい、いらないです」

「生活必需品じゃないですか!」ぐいぐい行くぞ!俺!

「いやもっと安いの知ってるんで」

「え?」


「それに、メチャ売れ商会さんの売る火魔石って評判悪いですよね?」


「えっ?」


「発火事件とか、隣国から仕入れた粗悪品だとか・・・それで値段も高いし。良い噂、聞かないです」

「ええっ!?」

「すみません、もういいですか?」


その人は迷惑そうな顔のまま、そそくさと去っていく。


粗悪品?それで高い?

ライターで考えてみる。高くて、爆発する恐れのあるライター?



ちょっと待て・・・



こんな製品、誰が買うんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る