第3話
作物だってそうだ。
ダメな奴ってのは、すぐに折れる。その点、俺は折れない。
俺は鋼の男だ。今日も元気に出勤する。出社2日目だ。るろうに荘を出て、1時間近く歩いて郊外のボロ小屋に到着。
イセカイミラクル建設の引き戸をガラガラと開いて階段を登って2階へ。2階の狭いスペースに事務所がある。
社員は・・・親方と俺だけ。
世の中気合いでなんとかなる!
挨拶で負けちゃいけねぇ!親方ァ!イキの良い新人が今日も出社しましたよ!
「おはようございます!!!」「うるせぇなボケェッ!」
俺の挨拶を怒号で返す親方。
・・・え?俺何かやっちゃいました?
◇
「シスル。行くぞ」
「は、はい・・・」
今日の親方は、機嫌が悪い。
2階から降りて、1階の工具置き場で必要な道具を持っていく。ハンマーとかそういう重いものばかりでうんざりする。
麻袋に道具を詰め込んで、袋を肩に掛ける。脱臼するレベルで重い。
「おい、紐忘れてんぞォッ!」
機嫌の悪い親方が俺を怒鳴る。
「ひぃっ!すみません」
「昨日教えただろうがボケ!」
「す、すんません!」
俺は慌てて、紐を道具袋に詰め込んだ。
「そっちじゃねえよボケ!」
「ひぃっ!」
「黄色じゃねえだろボケ!赤の太い紐だ!」
もーやだ、この職場・・・。いちいち怒鳴るなよクソ親方よ・・・。
「さっさとしろ、行くぞ」
「はい・・・」
萎縮する俺。会社を出て、今日は都市部の方へ向かう。
道中、会話はなかった。
親方の機嫌が悪い理由は、分からない。ただ、俺が道具の準備にもたついたことで怒りを増幅させたのは、間違い無い。
原因が分かることなら良いけど、不機嫌の理由が分からないと対処のしようもないわけで。鋼の俺、早速ポキっと心が折れそうです。
◇
「それ、腰に巻け」
親方にそう言われて俺は悪寒がした。
ここは王都の中央都市。その新たに建設される王城。様々な人達が城の建設に携わっていて、うるさい。
見上げるほどに高い。城。その建設現場。
そして、そこに来た俺たち。
親方に紐を腰に巻けと言われる俺。先程間違えて怒られた、赤い紐だ。
計算高い脳内マシーンが、演算してチーンと答えを出す。
「これは命綱・・・ですか?」
「当たり前ェだろ」
「そ、そっすよねー・・・」
違う方の紐を持って来てたら、もっと頼りなかったかもしれない。命綱をつけて、仮設の階段を登っていく。
「塔のてっぺんで、レンガを積み上げていく。それが今日の仕事だ」
「へい・・・」
階段を登り垂直に上がっていく。昨日のトンネルの高さがコンビニだとすれば、この王城はデパートって感じの高さだな。
うん、シンプルに怖い。想像力が働いてしまう。転落して、死ぬ俺。
王城の途中からキノコみたいに生えた塔。
塔の屋根にレンガを重ねていく、単純な作業。これが今日の仕事だ。
命綱を引っ掛けて、塔の屋根に登る。怖くて足元しか見えない。
「行くぞ、シスル!」
親方が投げてくるレンガを受け取り、レンガに泥を塗って屋根に載せていく。これを繰り返せばレンガ調の屋根が出来上がるわけだ。
最前線にいる俺。死の恐怖。
ちょっとだけ、下を見てみる。
地上にいる人がマジで小さく見える。ふははは!馬車も人もアリンコのようだ!踏み潰してくれるわ!
時折吹く風で落ちてしまわないかと、ビビる。手と足を震わせながら、レンガを積んでいく。ここは異世界。ドラゴンや怪鳥が空を飛んでいる事もある。多分、出会ったら風圧で飛ばされて死ぬわ。俺。
その作業に慣れて来た時だった。
「おい!シスル!」親方が俺の名前を呼ぶ。
「なんすか親方」
「慣れたか?」
「ま、まぁ・・・」
「周り、見てみろ」
「え?」
そう言われて、恐る恐る、俺は高いところから景色を見渡してみた。
ここは、異世界。
中世ヨーロッパ的な景色が広がる。
今俺が積み上げているレンガ造りの建物や屋根がたくさんある。その街の景観はとても綺麗だ。
前世の世界の記憶、景色を思い出す。
ガラス張りのビル。
サラリーマン。
通勤電車。
あの世界も、この世界も、当たり前にある景色を造っている人がいる。今の俺もそのうちのひとり。
そうだったよな。
国を造る仕事だったよな、これ。
怖ぇけど・・・辛いけど・・・。
「どうだ?これが国を造る仕事ってもんだぜ」
親方が俺に問う。
「んーまぁ、悪くはねぇっす」
怖いけど!そんなキザな台詞が飛び出してしまう状況だった。きっと俺が命綱をつけて、積み上げたレンガ・・・異世界の雰囲気作りを手伝っているはずだ。
「ラスト4つだ!頑張れ!」
そういって親方が俺に向かってレンガを投げる。
その時、小声で、親方がこう言ったのが聞こえた。
ーあっ、ヤベ。
それが聞こえた瞬間。俺の視界にはレンガが飛び込んできて、直撃し、倒れた。そして身体は死は引き寄せられるように、重力に従って俺は屋根から転落した。その瞬間、意識が飛ぶ。
再び目を覚ますと、俺は宙吊りになって、高いところからぶら下がっていた。いやマジで漏らすよ俺。
命綱あって良かったァ~!
◇
「悪ィな!」
「ぃゃぁ・・・」
言葉が出ない。宙吊りになって、なんやかんやあって、仕事は終わって、長い階段降りて、地上についた。親方は半笑いで俺に謝って来た。階段の登り降りで筋肉が疲れただけじゃない。まだ足が震えている。
「いやほんとに・・・死ぬかと・・・」
「な?紐間違ってなくて良かったろ?」
親方は俺の功績だ!と言わんばかりだ。そもそもアンタがレンガを投げ間違わなければ、俺は宙吊りにならなかったわけで。
「ま、まぁそりゃ・・・」
俺は呆れてものが言えなかった。
◇
そう言うわけで。
これ以上のない臨死体験をしちまった俺にとって、恐怖心ってのは日々薄れていく。
相変わらずゴミみてーな肉体労働で辛い日々を送るが、死への恐怖だけは克服していった。
怖いのは親方の機嫌ぐらいだ。
それでも辛いことには変わりない。
明くる日も翌る日も重い工具を携え、遠方まで行く。色んな仕事をした。架け橋の補修、魔物の罠の設置、都市部の配管。魔法学校の窓拭きをやった日もあった。
最初に思ってた、こんな仕事辞めてやる!は、少しずつ薄れていた。
この仕事でやっていけるかもしれない。そんな事を思った矢先。
奴隷みたいに働かされていただけなんだと、気付かされたんだ。
「はい、1ヶ月分の賃金な!」
「あざす!親方!なんか今日は機嫌いいっすね」
「あったりめぇよ!賭場で大勝ちしたからよ」
親方が俺に麻袋を渡す。中には金が入っている。じゃら、と音が鳴った。ウキウキ気分で、るろうに荘に帰る。
「シスル!機嫌良さそうだね」
廊下でセイタに出会った。セイタもご機嫌な顔をしている。
「今日は給料日だからな!」
俺は点高く、賃金の入った麻袋を見せつけた。
これほど・・・分かりやすいフラグも無かろう。開けるまでもなく、セイタが突っ込んだ。
「え・・・なんか少なくない?」
◇
麻袋の中に雑に詰め込まれた硬貨を取り出していくと、袋の底に紙切れが入ってあった。紙には給与明細と書かれている。
給料は6万A《エーツ》だった。
あ、エーツってのはこの国の通貨単位の事だ。
肌感覚では、前世の円と同じだ。つまり、俺がこの死に物狂いで働いた1ヶ月の給料は、6万。
多いのか?少ないのか?
俺は給与明細を読み解いていく。
基本給与20万エーツ。
道具使用料マイナス8万エーツ。
えっ?マイナス?
会社の道具を使うと、マイナスなの!?
事務所修繕費マイナス5万エーツ。
ファっ!?事務所の修繕費を引かれるの!?
許せねぇ・・・。
許せねぇ・・・よ。
これ、計算したら差し引き7万エーツじゃねえか・・・。
1万ミスってやがる。
親方は確かに数字が苦手だ。
でも、金はきっちりもらわないといけねぇ。
「シスル!それ以前の問題だよ!」知らぬ間に俺の部屋にいたセイタが突っ込んだ。
「それ以前?」
「だって僕、酒場で6日間バイトしただけで、6万エーツは稼げたよ」
「え?マジ・・・?」
や、辞めてやる・・・マジで!!!
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