第2話

想像力が邪魔をする。


「腰が引けてんぞォ!根性はどおしたァ!」

親方が怒号を飛ばす。そんなこと言われてもなぁ・・・。


たぶん、そんなに高さはない。例えるならば田舎町にポツリと佇むコンビニの店舗の屋上。それぐらいの高さ。それぐらいの高さの場所に立つ俺と親方。


親方というのは、社長の事。大きな身体の不潔な男だ。不快だが仕事の勲章といってもいいだろう。


ある程度の高さ、サーフボード2枚分くらいの面積。足場はそれだけ。そんな場所に俺と親方は立って、作業をしている。


山を抜ける為のトンネル。

そのトンネルの上部にヒビが入ったというので、それを補修するために俺たちはやってきた。


ちなみに今日は入社初日だ。

早速、働かされているわけだな。


「シスル!何度も言わせんな!腰がひけてんぞ!」

トンネルの内側の高い位置を補修する為、組み立てられた狭い足場に立って、バランスを崩さぬように手を伸ばし、ヒビによくわからん泥を塗っていく。


手すりはない。

少し態勢を崩せば、転落する。

転落すれば、骨折はするだろう。打ちどころが悪ければ・・・死ぬかもしれない。そういう想像力が邪魔をする。


腰、引けるよ!怖えええ!


国を造る仕事!?

どこがやねん!ただのトンネルの補修作業じゃねーか!


こんな仕事・・・


「おいコラァッ!シスル!手際が悪いぞ!」


辞めてやる!




恐怖の泥塗りが終わる。

地上に降りて立ち尽くす俺。その隣で腕を組む親方。そしてその隣には魔法使いがいる。


「では、仕上げは私が」


魔法使いは俺らが持っている道具なんかよりも軽そうな杖をひょいっと振った。俺らがヒビに泥を塗った部分に向けて、地上から魔法で火の玉を飛ばして、泥を乾かす。

これが仕上げだ。


熱を帯びた泥が固まり、トンネルのヒビは完全に埋められた。

俺と親方の仕事の仕上がりの差は歴然としていた。


「ざまぁ悪ィなシスル」

「すげえ、親方・・・」

思わず、感心してしまう。


「それでは私はこれで・・・」

そういって魔法使いは再び馬車に乗り、去っていく。


「魔法使って帰るなんて楽な仕事だなぁ・・・」

「あれで、俺たちより貰ってんだぞ」

「何をですか?」

賃金カネだよ」


「へっ!?死に物狂いでやった俺よりも?あの馬車で来て、ちょろっと魔法を使った魔法使いの方が、金貰ってんすか!?」


「そんなもんなんだよ世の中」


嘘だろ・・・怖い思いをして、高所で作業したってのに。終わり際に馬車で来て地上から火の玉飛ばした奴のほうが金をもらってるだと!?





現場のトンネルから職場まで親方と歩いていく。よく分からない工具一式を持たされている。乱雑に麻袋に入れられて、俺はそれを紐で肩にかけている。もうすぐ肩が外れそうだ。


「やっぱ納得いかねぇ・・・」

俺は少し憤っていた。肩の痛みなど、どうでも良かった。

「金の話か?」親方は呆れた顔をしている。

「そうですよ。俺も親方も、あぶねー所で作業してさ」

「じゃあお前、魔法使ってみろよ」

「いや、そりゃあ出来ねーけど・・・」


「なら黙って働け」


「うーむ・・・」

じゃあ魔法使いは高所で作業が出来んのかよ、と言いたいが、親方は魔法使いじゃないし、やろうと思えば出来る仕事なのかもしれない。親方に抗議をしても無駄だ。


魔法は使える奴にしか使えない。手に職をつける、というのはそういう事なのかもしれない。俺も金貯めて、魔法学校に通うか?


獣道を歩く。

草原の背の高い草の隙間から、魔物が飛び出してきた。元はきっとオオカミだ。


「毛皮は高く売れるぞ。副業だな」


そういって親方は俺が持つ道具入れからハンマーを取り出して魔物と対峙している。


突如、バトル展開になってしまった。

労働の現実に直面してついつい忘れがちだが、ここは異世界だ。

自然が増えるにつれて、魔物も現れる。魔物ってのは、目を紫にした生物だ。許容量の魔力を吸ってしまった生き物は、魔物になってしまう。


元々攻撃的な狼が魔物になってしまったのもあるが、魔物になってしまった生き物はゾンビのように他の生物を襲う習性がある。


バウワウ、と吠えた瞬間に狼の目玉がグロテスクな感じで飛び出していた。親方がハンマーで脳天を叩きつけたのだ。

即死だ。

人を襲う獣であると分かっていても、可哀想だなと同情してしまう俺。グロっ!


「さっ、持って帰るぞ。シスル。持っていけ」

「ええっ!」


血とよく分からない汁と異臭。そこそこの重さの魔物の死体を担ぎながら職場に戻る。最悪だ。道具も持ってんのに。親方、人使い荒くね?


「親方・・・これも仕事ッスか?」

「うるせえな生意気ナマ言ってんじゃねえよ!」


怒鳴る親方に、ビビる俺。怖え。





「ほら、引っ張れ」

「うげぇ・・・」


仕事を終え、魔物の死体を持ち運んで、会社の1階倉庫に安置。すぐさま親方はナイフで魔物の身体を切り込み始めた。毛皮だけが売れるから、肉片や臓器などと毛皮は分けなければならない。

魔物の肉は食べられない。美味しくないらしいし、食べ過ぎて仕舞えば人間も魔人になっちまうからだ。


狼というか、最早犬だ。動物の毛皮を剥いでいく。ヒジョーに精神的に来る。1時間以上の作業を終えて、綺麗な毛皮が出来た。魔力を帯びていて、魔法耐性がある毛皮。高値で引き取ってくれるらしい。


「よし、じゃあ、今日の仕事は終わり」

「親方、毛皮ソレどうするんですか?」

「今から市場に持ってくンだ」

「へぇ・・・そうですか・・・」


俺が苦労して、運んで、グロい思いして剥ぎ取った毛皮、それを売り飛ばして、親方はその金をどーするんですか?


そんな事、聞けなかった。





イセカイミラクル建設。そのポツリと佇む建屋から歩く事1時間。都市部の方に戻った先に、これまたボロいアパートがある。


ー〝るろうに荘〟ー


そこが俺の棲家だ。俺たち異世界転生者はこの世界において〝流れ者〟と呼ばれている。


金も持たず、家族もいない。ある日ぽつんとこの世界に現れる存在。なのに言葉は通じるし読み書き演算ぐらいは出来てしまう、都合の良い存在。


そんな俺たちはまず、この世界の住人として暮らしていく必要がある。

生きていく為には、雨風を凌がなければならない。犬に犬小屋、鳥に鳥小屋があるように、人間にも棲家が必要だ。ある日ぽつりと転生して来た人間に家はない。


なので、るろうに荘がある。


そう言ったヤツらをとりあえず保護してくれるような、そんな保護施設と言った方が正しい。異世界の福利厚生はなんだかんだで弱者には優しい。それ故に、流れ者は見下されているのだ。


ボロいアパートの扉を開け、共同の廊下を歩いて、右手の102号室に傾れ込むようにベッドに倒れる。

眠い・・・けど、寝れねぇ!身体が痛すぎる!全身筋肉痛だ。


今日、1日の事を思い出す。

職業案内所に行って、仕事紹介して貰って、イセカイミラクル建設に行って、初日から高所作業でトンネルを補修して・・・それで、魔物を運んで、解体して・・・いや疲れたよ。


疲れたのに、疲れすぎて筋肉痛で痛ぇし・・・手が血生臭い・・・。つうか・・・


(イセカイミラクル建設って名前・・・ダセェ・・・)


ダサい社名。キツい仕事。仕事じゃないような仕事。おっかねぇ親方。


寝転びながら、低い天井を見ながら、俺は思う。


辞めるか?会社?


まぁ、まだ・・・1日だよな。こんなんで諦めてたまるかよ、俺。


そんな1日の振り返りをしている俺の部屋の扉を豪快にノックする音が聞こえる。ドンドン!ドンドン!ガサツな音。





るろうに荘の住民は、コイツの事しか知らない。おねショタで言うところのショタみたいな風貌の流れ者。セイタだ。寝ようと思った所に呼び出されて、俺とセイタは外に出た。


「シスルは仕事見つかったの?」

「ああ」

「凄いね!」

「凄かねーよ。肉体労働しんどい」

「えー、頭使うよりはいいじゃん」

「お前なぁ・・・」


セイタはおそらく未成年だ。コイツには主人公感がある。きっと、国を救う活躍をする異世界転生者としてコイツの物語は始まるのだろう。

俺には、おそらく、それが無い。だから、働くしか無い。俺じゃあ世界は救えない。


「シスルは前世で何やってたの?って・・・僕たちまだ転生して来たばかりだよね」

「そうだな」


この世界に来た転生者には、よー分からん謎のルールがあった。

それは、記憶についてだ。

聞いた話によると前世の記憶は、この世界での生活が続くにつれて、鮮明になっていくと言う事だった。


俺たちは転生したてホヤホヤなので、前世の記憶なんてない。おそらく、1日、1日を進めていけば、きっと分かってくるのだろう・・・。



「ま、頑張ろうよシスル」

「簡単に言ってくれるなよ」



前世の記憶は無い。

けれど、楽な仕事なんて無い。

それだけは、昔から知っている事だった。

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