暗闇労働譚 -異世界にもブラック企業はある-

@harusumi

《国を造るお仕事です》

第1話 



「うーん・・・君の学歴じゃちょっと・・・」

ネズミの様な顔をした男が、俺の顔を見ながら苦笑いしている。顔が細長くて逆三角形。見れば見るほどネズミ。何かあれば裏切るような、そんなずる賢い顔をしている。


「学歴!?異世界にも学歴って関係あるんですか!?」


ここは異世界の〝職業安定所〟だ。

学歴差別に驚いたものの、こんな現実的な施設がある時点で、この世界にも厳しい就職事情がある事は分かっていた。


「そりゃあね。魔法学校を通ったコは魔法関係の職に就くだろう?商業学校なら商売を始めるだろうし。・・・その点君は〝流れ者〟だろ?」

「うーん・・・そうなんですけど・・・」


流れ者。


ネズミの言う〝流れ者〟とは俺みたいな異世界転生者を指す言葉だ。この世界にとって、転生者は珍しい事では無い。

いろんな世界から、色んな奴がこの世界に転生して暮らしている。そういう奴らをこの世界の人間は、馬鹿にした感じで呼ぶのだ。


流れ者、と。


「学校も出てない。仕事もした事がない。家族もいないから働かないといけない・・・困るんだよね、流れ者は」

「あのさぁ?仕事を見つけてくれねーかな!」

流石にキレる俺。この世界の奴らは、流れ者を下に見ている。イラつくぜ。


「うーん・・・」

眉間に皺を寄せたネズミは書類の束をパラパラと捲り始めた。1枚1枚をしっかりと読んでいるのかは怪しい。これらは全て求人票だ。とても分厚い。

こんなにも仕事を欲している会社はあるというのに、俺の選択肢は少ない。


「何でもいいんだ!俺!働くから!」

俺は目を輝かせ、両手をグーにして力を入れた。カウンター越しのネズミの表情は変わらず、求人票をパラパラと読み飛ばしている。


「うーん・・・あっ、これなんかどう?」


1枚の求人票が目の前に提示される。

すぐさまそれをもぎ取るように、受け取った。


どれどれ、どんな仕事だ・・・?


この世界の学校には通ってないけど、この世界の文字は読める。話も通じる。こういった微妙に都合の良い感じが俺たち流れ者の特徴だ。

この世界の文字で書かれた求人票を読んでいく。


「ええっと、仕事内容は・・・〝国を造る〟仕事!?」


国を造る!?

この国を!?うおおおお!!!

めっちゃカッコいいじゃん!

そういうのに憧れるよ俺!


「やるよ!この仕事!やるやる!」

俺はとりあえず、ネズミに伝える。ネズミはハンコを持ってくると一旦その場を離れた。その間に俺は求人票を読み進める。


職場がどこにあるのか、とか労働時間、賃金などが書かれている。異世界って意外と現実的だ。

ま、そんなのどうでもいい。テキトーに読み飛ばしていく。なぜなら俺は、とりあえず働ければどこでもいい。金が必要。ただそれだけの事だ。ある日異世界にやってきて、生活する為には、金!


ばんっ!

ネズミが勢いよく、その書類にハンコを押す。それは紹介状と呼ばれるモノで、それさえあれば面接など無しに働ける事が出来るらしい。


「この書類持って、職場に行ってきな」

「ありがとな!職員さん!」


俺はウキウキ気分でネズミに手を振り、職業安定所を離れた。





魔法はあるけど自転車はない。

馬車はあるけど機関車はない。

馬車はタクシー的な感じで乗れるけど、俺には金がない。

そういうわけで、とぼとぼと職場まで歩いていく事にした。


職場は職業安定所からだいぶ離れた所にあった。職安はこの国の首都に存在している。職場は街から離れて、もうちょっと先に行かなければならない。紹介状と地図を参考に、ただひたすら歩いていく。


気温は快適だ。

この世界はずっと秋みたいな天気が続くらしい。心地よい涼しさのお陰で、1時間近く歩いても汗をかく事は無い。


(遠いなぁ・・・職場・・・)


都市部には噴水があったり、塔や城があって、馬の蹄が心地よく鳴る地面はレンガで敷き詰められていた。

綺麗な街並み。しかしそこから離れるにつれて、建物の規模は小さくなり、草木が現れて、自然と混ざり合っていく。

背の高い建物は無くなって、舗装されていた道は途中で途絶えた。草原のハゲた道を歩いた。


そして、小さな建屋の前に到着する。


(ここで・・・合ってるよな?)


普通の家みたいな木造のボロい小屋。

玄関の横には、確かにその会社の名前が書かれていた。


〝イセカイミラクル建設〟と手書きの立て札で書かれた会社名。


「イセカイミラクル建設・・・ねぇ・・・」


都市から離れたボロ小屋に構えられた会社。果たして大丈夫なのだろうか?

・・・しかし、流れ者の俺にはこの仕事しか無い。やるしかねぇ。やってやる。


国を造る仕事。

カッコいい限りだぜ!


顔を両手で軽く叩いて、気合を入れる。

会社の扉を開いちゃうぜ!入口の扉。引き戸だ。これをガラガラっとスライドさせちゃえば異世界社会人生活の始まりだ!





引き戸の取手に手をかけたようとした瞬間だった。


ー〝そう書いてあるだろうがァッ!クソボケェがッ!〟ー


カタカタと引き戸が少し揺れる。建物の内部から、大きな声が漏れ出した。


くしゃみを我慢して口を閉じたけど大きな声が漏れ出ちゃいました、そんな感じだ。


(怒号?)


誰かが、誰かを怒っている声のようだ。俺は少し怯んだけれど、考えてみりゃ俺が怒られているわけじゃない。

空気を読まずに引き戸をガラガラとスライドさせて、今度こそ気合を入れてボロ小屋の中に入る。


玄関を開けるとカビ臭さが鼻を刺激した。1階部分は吹き抜けで、どうやら倉庫になっているようだ。色んなものが積み重なっている。すぐ近くに階段がある。


「す・・・みません!」

恐る恐る、声を出してみる。


しばらくすると階段の方から、ずんずん、ぎしぎし、と音が鳴り、大男が降りてきた。


「ウチに用かい?」


大男はザ・パワー系と言った感じで、肌は焼けていて、髭はモジャモジャ。タオルで頭を隠してるけどおおよそハゲてる感じで、清潔感とは程遠い見た目であった。


後にわかる事だが、この男が社長である。俺はこの社長を親方、と呼ぶ事にもなる。


「えっとその・・・」そう言って俺は職安で渡された紹介状を大男に渡す。

「入社希望ってことかい?」大男はその書類を大して読まずとも俺の事を察した様だ。

「はい」


俺のその問いに対し、大男は紹介状を持っていない方の手を挙げ、親指以外の指を立てた。


「4人だ」


「4人?」


「今年になって、この会社を辞めた奴の数だ」

「は、ははぁ・・・」


そう言った瞬間に2階からドタドタと音が鳴り、階段を駆け降りていく。

ヒョロくて細長い男が現れたと思いきや、涙を流しながら出口へと駆けて行く。

「お世話になりましたァッ!親方ァッ!」

その細長い男が去った瞬間、大男の親指が上がる。


「たった今、退職者が5人になった」

「う、うーん・・・」


「根性ナシばかり会社に入りたがるもんでな。悪い事ァ言わねえ。根性が無ェなら帰ってくれないか?」

もうちょっとで怒りますよ。そんな顔を大男はしていた。もう退職者が出るのはウンザリなのかもしれない。


・・・ただ、なんつーか・・・。

俺は根性ある方だと思う。うん。それに、辞めていった奴らはあれだ。多分ダメな奴ら。そういう奴らと俺は違う。


「俺は違いますよ」


「みんなそう言うんだよ」


「ま、行動で示しますから。任せてくださいよ」

大男は正直、怖いけど、不潔な感じがあって正直そこまで完璧な雰囲気は無い。だから俺はこの大男の怖さなど知らずに、調子乗った発言が出来てしまうわけだ。行動で示す、と。


「フン。とりあえず上がりな」

「ありがとうございます」


2人同時に登れば、足元の木板が抜けてしまいそうな階段。それを登りながら、大男は俺の顔を見ずに語り掛けた。


「名前は?」



家老かろうシスルって言います」



紹介が遅れた。

シスル。

それが俺の名前だ。


「シスル!早速仕事行くからな」

「はいっ!」


忙しくなりそうだ。

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