第88話


 俺は自分の考えをまとめながら、ゆっくりと廊下を歩いていた。

 向かう先は二階にあるアイリスの部屋だ。

 彼女に魔法を教える際は基本的に俺の屋敷で行うことが多かったため、階段を上がるの事態実はほとんど初めてだったりする。


 二階建てのパーティーハウスは結構な広さがあるが、アイリス、ルル、ウィドウの三人が二階に住んでいる。


 ちなみに残る二人は生活用の部屋も多い一階に住んでいるため、ハプニングが起こるのは大抵の場合一階であることが多い。


 ウィドウは用事があるらしく今日は家を空けているので、いるのは残りの二人だけ。

 階段を上がる時のギシギシという音で、俺がやってきているのは彼女達には丸わかりになっているだろう。


(しっかし、大変なことになったな……)


 先ほどのエルザの言葉を思い出しながら、ぽりぽりと頬を掻く。

 あまりにも成り行きが想定外すぎて、流されるがままといった感じだ。


 ただ、このままじゃあいけない。

 俺は俺の意思を、しっかりと伝えなくて、行動しなくては。


 アイリスの部屋は……っと、たしかここだな。

 ドアの見た目が同じなので、事前にエルザから教えてもらわなくちゃわからなくなるところだった。

 こんこんと二回ノックをしてから、


「入ってもいいか?」


「……うん」


 ドアを開いて中に入る。

 少し甘めの柑橘系のような香りがふわっと漂ってくる。

 もう何度も嗅いだことのある、アイリスの香りだった。


 彼女の部屋は、普段からつっけんどんしているのとはギャップがありいかにも女の子といったテイストになっていた。

 部屋の中にはいくつものぬいぐるみやクッションが置かれており、全体的にピンクを基調として壁紙も貼り替えられている。


 アイリスは部屋の奥に置かれているベッドの上に座っていた。

 赤色のパジャマに着替え、体育座りをしてこちらを見つめている。

 明かりの魔道具の光度を絞っているからか部屋の中は薄暗く、アイリスの表情はこちら側からでは見えない。


 とりあえずベッドの手前のカーペットの上に座る。

 手触りがとても良い。

 ペルシャ絨毯のような高級な感触だ。かなり高かったんじゃないだろうか。

 お金には余裕があるから、使うものも一級品なのか……っていかんいかん。

 余計なことを考えて現実逃避してる場合じゃないぞ、俺よ。


「……」


「……」


 いつも俺とアイリスが話をする時は基本的に彼女のマシンガントークに俺が合わせるようになるんだが、今回はアイリスが口を開かないため、二人とも口をつぐんだままだ。


(しかし、どう切り出せばいいのか悩むな……)


 今回は俺が勇気を出して話をしなくてはいけない場面だ。

 頭の中を整理しながら、覚悟を決める。

 俺とアイリス達の関係性を変える、そのための覚悟を。


「――俺はアイリスのこと、好きだぞ」


「……なっ!? なななな、何を突然言い出してるの!?」


 こういうのは、恥ずかしがったら負けだということは知っている。

 堂々とこっぱずかしいことを言えるくらいではなくてはダメだ。


 アイリスのことが好きか嫌いかと言われれば、もちろん即座に好きと答える。

 最初のつんけんとした態度の頃はまったく打ち解けられなくて苦労することも多かったが、彼女は一度自分の内側に入れた人間に対しては非常に優しい。

 一緒に遊びに行ったら楽しいし、俺以外の男に対しては変わらずけんもほろろな態度を続けているところも、なんというか、ちょっとだけ優越感みたいなものを感じてしまう。


 アイリスが誰かと付き合ったと聞けば、きっと俺は悲しんだに違いない。

 ひょっとすると今彼女が味わっている痛みは、そういった類いのものなのかもしれない。


「アイリスは俺のこと、好きか?」


「そ、それは、その……」


 アイリスはもにょもにょと口を動かしてから、足を勢いよくバタバタと動かした。

 ホットパンツのような短めのパンツから、白い太ももが見える。

 薄暗いせいで真っ白な彼女の肌が光を反射して、非常に目の毒だ。


 俺は開き直って、ガン見することにした。

 覚悟が決まりきったせいで、頭のネジが外れてしまったのかもしれない。


「好き……」


「つまり両思いって事だよな?」


「……うん」


 いつもと違いとげとげしさのない、しおらしいアイリスがこくっと小さく頷く。

 近づいていき手を取ると、彼女はきゅっと細い指先で握り返してきた。


「一つ、言っておかなくちゃいけないことがある」


「なに?」


「俺はウィドウやルル達も好きだ。こんな状況だから包み隠さずに言うけれど、『戦乙女』の皆のことを普通に女の子として見ている」


「それは、正直皆気付いてるわよ。湯上がりの皆と鉢合わせた時とか、顔真っ赤にして目も合わせられなくて、あまりにも露骨だもの」


「そ……そんなことないと思うけど?(震え声)」


 悲しいかな、俺の女性経験値は低い。

 もちろんゼロではないが、その記憶すら高校の頃のうすぼんやりとしたもの。

 非公式ファンクラブのメンバー数が五桁に届こうとしていると噂の『戦乙女』の皆を前にすれば、平静を保っていられるわけがない。

 そんな風にバレているとは予想外だ……なんかハズいな。


「俺は『戦乙女』の皆が好きだ。ウィドウやルルも好きだ、彼女達を悲しませたくない」


「どうするつもりなの?」


「全員と付き合う」


「そ、わかったわ」


「もちろんお前の言いたいこともわか……ええええええええっっ!?」


「なんでタイラーが一番驚いてるのよ」


「いや、だって……」


 まさかそんな簡単にオッケーが出ると思ってなかったから……。

 え、いいの?

 自分で言うのもなんだけど、結構自分勝手なことを言ってるって自覚はあったんだけど。


「誰か一人を選んだら角が立つものね。自分で言うのもなんだけど、ウィドウにあんたと付き合われたら平静を保てる自信がないもの。いざという時に援護しようとする手が緩む可能性もゼロじゃないし」


「そ、そうなのか……」


 エルザの懸念は、当たっていたわけだ。

 たしかにアイリスは、結構嫉妬深いというか、一途すぎて若干メンヘラ入り気味というか、とにかく気持ちの強いタイプだ。

 だからこそこんな風にあっさりとお許しが出るとは思っていなかったわけだけど……。


「豪商や貴族なら複数人の妻を娶ることなんて普通のことじゃない。正直これを表立って認めたくはないけど、タイラーは私一人で縛り付けることができないくらいすごい人だもの」


 そ、そんな風に思ってくれてたのか……なんか感動だ。

 アイリスが正直に自分の気持ちを伝えてくれることってあんまりないからさ。

 普段は結構あまのじゃく的なところがあるから、こっちが察知しなくちゃいけないことが多いし。


「それに……」


 いつもの調子を取り戻した様子の彼女が、立ち上がりベッドの縁に座り込む。

 すぐ隣にいる俺に寄り添いながら、ぴったりとその身体をくっつける。


 アイリスと触れ合っているところが、ジンジンと熱を持っている。

 更に熱くなるが、それでも握られた手は離さなかった。


「『戦乙女』の皆なら……いいわ。皆、仲間で戦友で……私の家族みたいなものだから」


「……そっか」


「あ、でも他の女の子はダメだからね? 特にあのアンナとかとそういう関係になったら……その時はタイラーに教わった風魔法が火を噴くかも」


 冗談に聞こえない物騒な言葉を、にっこりとした笑顔で口にするアイリス。

 もしかして……また選択を間違えたのだろうか?


 ――否。今回ばかりはこれが唯一の正解だと自信を持って言える。

 これこそが、これからも彼女達と一緒に居たい俺の選択なのだから――。






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やりこんだゲーム世界にダンジョンマスターとして転生したら、攻略に来る勇者が弱すぎるんだが ~こっちの世界でも自重せずにやりこみまくったら、難攻不落のダンジョンと最強の魔物軍団が出来上がりました~


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