第87話


「タイラー、ちょっといい?」


 他のメンバー達が全員自室に戻った後で、エルザにそう話しかけられる。

 俺としても今後のことを考えるなら、リーダーの彼女には話しておきたいところだった。


「単刀直入に聞くんだけど……あなたウィドウと付き合ってるの?」


「付き合ってないぞ」


 それは自信持って言える。

 ウィドウの両親に彼氏のフリはしたが、それ以降別に何か具体的に仲が進展したわけじゃない。

 以前より距離が近くなったのは間違いないけど、別に付き合ったりしているわけではないのだ。

 だからライザ達の考えは早急すぎると思うんだが……考えてみれば『戦乙女』は今までそういった浮名をまったく流さなかった女性だけのパーティーだ。

 そんなところに突如として現れた異分子の俺のせいで、パーティーに不和が生じてしまっている。


「タイラー、あなたならわかってると思うけど……『戦乙女』は今、かなり危機的な状況にあるわ」


「そうなのか? たしかに喧嘩はしてるかもしれないが……」


「ウィドウが日がなぼーっとしててまともに集中し続けることもできないだけでも依頼達成に支障が出るのに、そこにアイリスとルルとの不仲が発生すればどうなるか……わかるでしょ?」


 大きくため息をつくエルザ。

 たしかに、ウィドウが現状のまま今まで通りに活躍できるかどうかと言われるとちょっと微妙かもしれない。


 何せウィドウは今の俺から見ても明らかにぽやぽやしている。

 まずは彼女をなんとかしないといけない……一度ウィドウときちんと話をしなくちゃいけないな。


「パーティーを同性で固める『男の浪漫』の気持ちが、少しだけわかったわ」


「あそこはミミっていう女の子の射手が入ったぞ」


「え、そうなの!? 後で詳しく聞かせてちょうだい……ってそっちも気になるけど、今はそれはそれとして。とにかくタイラーには、『戦乙女』をこんな風にした責任を取ってもらうわよ」


「責任……って言われても……」


 男達を寄せ付けない高嶺の花であった『戦乙女』。

 それが男の俺が原因で喧嘩をしている現状は申し訳ないとは思っているが……責任ってどうやって取ればいいんだよ。

 いや、悪いとは思ってるから、依頼をこなすとか魔道具を作るとかであれば普通にやらせてもらうだけども。


「何、簡単なことよ」


 エルザはそう言って、なんでもないことを言うように、いつもと変わらぬ口調でこう続けた。


「ウィドウもアイリスもルルも、全員もらっちゃいなさい」





「タイラーが全員と付き合う。全部をまとめて一発で解決する唯一の方法よ」


「なっ……」


「というかもう、それしかないのよ」


 エルザは俺に諭すような口ぶりで続けた。


 俺のせいでウィドウがポンコツになり、アイリスとルルが不機嫌になっている現状。

 これを根本的なところで解決する方法は一つしかない。

 つまりそれが、俺が誰かと付き合うこと。


「でも単純にタイラーが誰か一人と付き合うだけだと、禍根が残る可能性がある……というか私の見立てでは、絶対に禍根が残るわ」


 ただもし実際に俺が特定の一人と付き合った場合、事態がより悪化してしまう可能性がある。

 俺と付き合っているメンバーとそれ以外のメンバーで不和が起こる可能性が高いと、エルザはそう睨んでいるわけだ。


「仮に失恋をしても、そのショックから立ち直ることはできるでしょう。でもそれって、半年後? それとも一年後? そんなのを待ってる時間は今の私達にはないわ。オリハルコンランクになったばかりの私達は、力を合わせて頑張っていかなくちゃいけない。痴情のもつれで連携が乱れて戦闘に負ける……なんてことがあってはならないのよ」


 エルザの言い分も理解はできる。

 たしかに古今東西、痴情のもつれが原因で本来であれば上がれたはずの階段を上ることのできない冒険者の数は多い。


「でも失恋って、そんな大げさな……」


「さっきのアイリス達を見ても、本当にそう言える?」


「……」


 俺は……アイリスやルルが俺のことを憎からず思ってくれている、ということには気付いていた。

 ひょっとすると……と思ったことも、正直何度かあった。

 そして俺はそのたびに自惚れるなよと自分を戒めてきた。


 だが、もしかすると俺の存在は彼女達にとって……自分で想像していた以上に、大きくなっていたのかもしれない。


「ルルは師匠的な意味合いも多いでしょうからちょっと微妙なところだとは思うけど……少なくともウィドウとアイリスはあなたに明らかに惚れてると思うわ」


 アイリスとウィドウが……俺のことを、好き?

 本当にそうなのだろうか。

 だが今の俺に、自分達のことを客観視できている自信はない。

 俺より長いこと彼女達を見てきたエルザの言葉は、きっと正しいのだろう。


 であれば俺が考えるべきは、その上で俺がどんな選択をするかだ。


 誰か一人を選ぶ。

 そしてそのせいで、誰かが傷ついて『戦乙女』の関係に亀裂が入る。

 それは嫌だな、と思った。


 俺は『戦乙女』にいるメンバー全員のことを気に入っている。

 最初は脅されて依頼に同行したはずなんだが、気付けばここは俺にとっても大切な居場所になっている。


 アイリスとウィドウのことは、もちろん好きだ。

 女性としても、その……魅力的だと思う。

 衝撃の言葉を自分なりに反芻する。


 俺は彼女たちのことが……好きだ。

 性的な目で見たことがないかと言えば嘘になる。

 なんなら修行する時のウィドウとかちょっと薄着過ぎじゃないって思ってたし、魔法を教える時のアイリスやルルが無防備過ぎて少しいけない想像をしてしまったことも一度や二度ではない。

 それなら俺が取れる行動は、決まっている。


「答えは、決まったみたいね」


「……ああ」


 腹のすわった様子の俺を見て、エルザが笑う。

 そこにいるのはいつもパーティーハウスの中でだらけきっている残念美人ではなく、オリハルコンランクの冒険者パーティーである『戦乙女』のリーダーを務める女傑だった。


「行ってくる」


「あ、一ついいかしら? 私もいい加減、他の男達からの誘いにはうんざりしてたのよね。もし上手くいったら、私も一緒に面倒みてくれない?」


「ただでさえパンクしそうなのに、これ以上ややこしくしないでくれません?」


「ふふっ、それじゃあこの話の続きは、また今度ね」


 不穏な言葉を残すエルザに背を向け、俺は居間を後にするのだった。

 恋愛方面では無双なんてできやしなかったアラサーにはちょっとばかし荷が重いよ。

 とりあえず一旦エルザのことは忘れておいて、まずはしっかりとアイリス達と話をしなくっちゃいけないな。





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やりこんだゲーム世界にダンジョンマスターとして転生したら、攻略に来る勇者が弱すぎるんだが ~こっちの世界でも自重せずにやりこみまくったら、難攻不落のダンジョンと最強の魔物軍団が出来上がりました~


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