第86話
針のむしろ、という言葉がある。
八方塞がりという慣用句がある。
どうしてこうなったと陽気な顔をして踊り出すアスキーアートがある。
現在の俺は、正しくそんな状況に置かれていた。
「……(じとーっ)」
俺のことをいつもより薄めでじーっと見つめてくるアイリス。
睨むというほどではない白眼視するような視線は、人によってはご褒美と感じることもあるかもしれない。
だが特殊な性癖を持っていない至ってノーマルな俺からすると、別に普通に居づらいだけである。
ウィドウの両親との顔合わせから二日が経過した。
ダツラさん達は俺やウィドウ達と話をして満足したのか、来た時より上機嫌で道場へと戻っていった。
「今度ラテランの近くまで来ることがあったら、ぜひ寄って行きなさい。大神流名物百人組み手でしごいてあげよう」
物騒な言葉を残しながらとある置き土産を残してダツラさんは帰っていた。
ただまあ、それは関係ないので今回は一旦置いておくことにする。
これで恋人のフリも一段落して、全てが万事元通り……というわけには、当然いかなかった。
その変化の原因は、俺とウィドウの関係性の変化にある。
俺の方は以前よりウィドウを身近に感じることが増えたかな、というくらいの些細な変化だったんだが、彼女の方の変化は劇的だった。
というか、様子が明らかにおかしくなっているのである。
俺と話すと急に挙動不審になったり、面と向かって稽古をしようとすると急に顔を真っ赤にしてどこかへ消えてしまったり……何かありましたと全身で表現しているような状況だ。
そんなことになれば、流石に『戦乙女』のメンバーも何かあったと気付く。
エルザ達に問い詰められた俺は早々に事情をゲロることになり……そしてコーナーで差をつけるほどの瞬足で何が起こったのかがバレたのである。
ウィドウに聞かないのは彼女達なりの気遣いなんだろうが、その心配りをちょっとでいいから俺にもしてくれませんかね……?
そしてウィドウを除いて『戦乙女』が揃い踏みになっている状況で説明をし、彼女たちの言葉を待っているというのが、今の状況である。
「……」
アイリスは何も言っていない。
表情も話を聞いている最中とまったく変わっていないが、何一つ変化がないというのが、彼女が感情を殺し不機嫌になっている何よりの証明だった。
「なるほどねぇ……」
ふむふむとしきりに頷いているエルザ。
テーブルを人差し指でコツコツと叩きながら考え事をしている様子の彼女の機嫌は……悪くはない、のかな?
不機嫌というより、考え事をしているといった風情だ。
「タイラーさんがウィドウさんと……」
ルルはフードを目深にかぶり、表情を見せないようにしていた。
ただ声音から考えると、少し悲しんでいる様子ではある。
「別にいいんじゃない、両親公認なわけだし。剣士と魔術師で相性も良さそうだし?」
この中で唯一なんとも思っていなさそうなのがライザだ。
彼女は純粋に、俺とウィドウのことを祝福している様子だ。
ただ別に俺とウィドウは付き合っているわけではないから、その反応が正しいのかと言われるとちょっと微妙なところではある。
「ダメよ」
とアイリス。
ルルもこくこくと首を縦に振っていた。
エルザはそれを見てため息を吐き、ライザはのんきに机の上に置かれている円形のプレッツェル(俺が持ってきたやつ)をポリポリとかじっていた。
「何がダメなの? ウィドウも明らかにタイラーのこと好きみたいだし、二人ならお似合いのカップルじゃ……」
「ダメなものはダメなの!」
「そうです、タイラーさんは皆のタイラーさんじゃないですか!」
「いや、俺は俺のものだと……」
「「タイラー(さん)は黙ってて(ください)!!」」
「あ、はい……」
どうやらこの場では、俺には人権はないらしい。
なんで俺の話で俺が蚊帳の外なの?(素朴な疑問)
俺を放っておき、ライザとアイリス達の議論がヒートアップしていく。
ライザがウィドウと俺が付き合うのに賛成なのは少し意外だったが、ルルが強硬に反対するのはもっと意外だった。
別にフリをしていただけだし、実際に付き合っているわけじゃないからそこまで気にすることはないと思うんだが……。
「別に以前と同じままで何も変わってないだろ? ダツラさん達と再会した時にでも、やっぱり合わなかったんで別れましたって言えばいいだけな気がするし」
「甘いわ! そうやって外堀が埋められて気付いたら時既に遅し、優柔不断なタイラーがなんやかんやで断り切れずにずるずる行っちゃう未来が見えるわ!」
「そんなことあるわけ……」
と思ってちょっと俺もアイリスの口にした通りの未来を想像してみる。
たしかに……なんやかんやそうなる未来は十分にありえそうだ。
「はいはい、皆一旦落ち着きなさい」
パンパンと勢いよく手を叩いて、エルザが議論を強引に切り上げさせる。
まず彼女はこちらを向いて、
「タイラー、何も変わらずってわけにはいかないのはあの子の態度を見ればわかるでしょ? ウィドウはうちの大切なメンバーよ、彼女の今後のためにも、しこりを残さない形にしなくちゃいけないのはわかるでしょ?」
「それは、まあ……」
たしかに今の俺とまともに話ができない状態のままでは、ウィドウの普段の冒険者生活にも支障が出かねない。
俺がいるとパーティーハウスでしっかりと休めないとなれば、気軽に来ることもできなくなってしまう。
「アイリスとルルも落ち着きなさい。今すぐタイラーが取られるわけじゃないのよ?」
「そ、それは……」
「たしかにそうかもしれません……」
「一旦、アイスブレイクの時間を取りましょう。話をするのは一度頭を冷やしてからでもお遅くないわ」
エルザの言葉に従い、小休憩を取ることになった。
なんだか想像していたより大事になってきたんだが……俺のせいで話がこじれて『戦乙女』が解散とかなったら、笑えないぞ……いやマジで。
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やりこんだゲーム世界にダンジョンマスターとして転生したら、攻略に来る勇者が弱すぎるんだが ~こっちの世界でも自重せずにやりこみまくったら、難攻不落のダンジョンと最強の魔物軍団が出来上がりました~
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