第80話


「ウィドウ」


「ん、何?」


「何かあったのか?」


「いや、食事をしているうちに、道場のこと、ちょっと思い出しちゃってさ……」


 ぽりぽりと人差し指で頬をかくウィドウは、どことなく気恥ずかしそうな顔をしている。

 なるほど、さっきの食事風景を見ていて、思うところがあったらしい。


 ウィドウの父親は、大神流という流派の道場師範をしている。


 彼女が大剣使いとして今もこうして現役冒険者として生き残ることができているのは、幼少期から父親に剣技を叩き込まれたからだと、ウィドウは何度も口にしていた。


「故郷に帰りたいのか?」


「え? うーん……別にそうでもないかな」


 ありゃ、そうなのか。

 俺はてっきりホームシックにかかっているとばかり思っていたが、どうやらそういうわけでもないらしかった。


「一応一年に一回、年末には道場に戻るしね。まあ去年は色々と忙しくて、帰れてなかったけど。手紙も最近は書いてないんだ。お母さんは欲しがるけど、お父さんは便りなんか送ってくる暇があったら仕事を頑張れってうるさいし」


「なんだかスパルタ……いや、教育熱心なお父さんだな」


 ギリシャそのものが存在しない世界でも通じるように、そう言い直す。


 新幹線や飛行機なんてものが存在しないディスグラドでは、一度離れた肉親と会うのには結構な労力が必要だ。


 各地を飛び回ることの多い冒険者なんかになってしまうとより大変で、馬車を乗り継いで帰るだけでも一ヶ月二ヶ月とかかることもザラ。


 その間も護衛や討伐の依頼をこなし金を稼ぎながらの旅となればかかる時間は更に増えるので、会いに行くだけでも一苦労なのだ。


 もしウィドウが原因でホームシックになっているなら、こっそりテレポートを使って故郷の近くにでも送り届けてあげようかと思ったんだが、どうやらその心配はないらしい。


「それなら何を考えてたんだ?」


「うーんと……実は先日、久しぶりにお父さんから手紙が届きまして」


 手紙なんか送ってくるなと言ってくるお父さんから送られてくる手紙。

 中に一体何が書かれているのか、俺にはまったく想像もつかない。


「そこに書いてあったのがさ……」


 若干前のめりになりながら話を聞いていると、ウィドウがうつむき気味だった顔を上げてこちらを見た。

 そして少しだけ目を見開いてから、


「いや……そっか、そういう手も……」


 何やら考え込んでいる様子で、ぶつぶつと言い始めるウィドウ。

 その表情がいつになく真面目なので、割り込んで話をする気にはなれなかった。

 自分の中でケリがついたのか、がばりと勢いよく顔を上げるウィドウ。

 彼女は大柄なので、俺と彼女の視線は平行に交わっている。


「もしさ、もし……タイラーは私が困っているって言ったら、助けてくれる?」


「ああ、もちろんさ。俺にできることなら、だけどな」


 ウィドウが何かに困っているというのなら、力を貸すのはまったくもってやぶさかではない。

 彼女は剣技を教えてもらってるから俺の剣の師になるわけだし、ウィドウの作る飯は美味いしな。

 それに何より……かわいい女の子が困っていれば見過ごせないのが、このタイラーという男だ。


「か、かわわっ!? わ、私なんてがさつだし身体も大きいし……」


 どうやら俺の心の声が漏れ出していたらしい。

 だが何一つ嘘は言っていない。


「ウィドウはかわいいぞ。俺は大柄な子も好きだ!」


「タイラーって……変わってるね」


 たしかにキャメロン王国では、女の子は自分より小さい方が……という男は多い。 

 だが俺はかわいい女の子なら小柄大柄関係なく好きだ。

 ウィドウはかわいいんだから、もっと自信を持っていいと思う。


「ただ、俺だって別になんでもできるわけじゃない。無理なら無理って、正直に言うぞ」


「うん。でもこれはきっとタイラーにしかできないことなんだ。こればっかりはエルザ達にも頼めないし、それに私の知り合いの中でも、タイラーにしか頼めない」


 そんな風に言われたら、やらざるを得ないじゃないか。

 大丈夫だよな?

 とてつもない難易度の依頼をこなすとかじゃないよな?


「私が、頼みたいのは……」


 ちょっとばかし戦々恐々としながらウィドウに聞いてみると……彼女からのお願いは、想像の斜め上からフライングチョップをかましてくるような、まったく想定していないものだった――。








 一週間後。

 諸々の準備を済ませた俺は、ピシッとしたスーツ姿でウィドウの隣に立っていた。

 スプレーも使って髪もしっかりと立てており、自分で言うのもなんだがそこそこ男前になったと思う。


 目の前にいるのはウィドウの父親である大神流師範のダツラさんと、その妻であるアヤヒさん。

 二人の前に直立不動で立っていた俺は……直角に身体を曲げ、


「ウィドウさんとお付き合いをしている、タイラーと申します!」


 と、そう告げるのだった――。






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やりこんだゲーム世界にダンジョンマスターとして転生したら、攻略に来る勇者が弱すぎるんだが ~こっちの世界でも自重せずにやりこみまくったら、難攻不落のダンジョンと最強の魔物軍団が出来上がりました~


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