第77話
そのままミニゴと自分を鍛えながら間引きを終え、屋敷へと戻る。
当然ながら、人影らしきものはまったく見えない。
人間達が暮らしている地域は、エリアが三つほど離れている。
まったく人間が住んでおらず、来づらいわりに稼ぎにならないという冒険者としては致命的な事情も手伝って、俺の屋敷の周囲に人がやってきたことは今まで一度もなかった。
なのでこれ幸いと、ここで好きなように暮らさせてもらっている。
後々バレたらどうなるのかは、怖いから考えていない。
「一応採取もしてくか。いつものやつ頼んだ」
「んごっ!」
ミニゴの両手には、ゴーレムと同様人間を模した腕がついている。
こいつはサイズが小さいこともあり、普通の二本足のゴーレムと比べてもかなり器用な作業ができる。
ただのゴーレムは基本的に戦うか土木に使うくらいしか用途がないが、ミニゴは普通に採取や素材の剥ぎ取りといった細かい作業も可能なのだ。
このあたりに生息している薬草類は、比較的癖のあるものが多い。
ギルドで売っても、二束三文にならないようなものばかりだ。
なのでそれとなくギルドで見ても、俺の家の地域における依頼を俺は一度も見たことがない。
しっかり遠心分離や抽出ができれば使いでのあるものも多いんだが、そのあたりの錬金術分野に関する知見もこの三百年で大分消えてるからな。
(しかし、やっぱりなんでこんなことになってるかは見当もつかないんだよな)
人間の暮らしている領域が明らかに前より狭くなっている。
俺はこの屋敷やイラの街からそこまで大きく離れたことはないが、ミーシャやエルザ達からざっくりと聞いた感じでも、キャメロン王国の版図は以前と比べるまでもない。
その原因は、少し考えればすぐにわかる。
このディスグラドの世界において、魔法を始めとしたあらゆる技術のレベルが三百年前と比べると明らかに落ちている。
にもかかわらず魔物は以前と変わらず存在している。
というか強力な魔物の中には寿命がエルフよりはるかに長いやつも多いので、魔物は全体で見れば強い個体が以前より増えているわけだ。
そんな状況じゃ、そりゃあ人間側も押されるに決まっている。
今後のことを考えるとちょっと大変かもしれないが、おかげで俺の屋敷がこの世界の人間に見つかることがないわけで……不幸中の幸いって言っていいんだろうか、これ?
たとえ街を治めている人間が大量の大規模開拓を始めたところで、俺の屋敷が見つかるよりも俺の寿命が尽きる方が早いだろう。
(うーん……俺が死ぬ前に、アンナやルル達に魔導書でも渡しておくか)
ただ俺は自分が目立ちたくないだけで、別に人類に滅んでほしいと思っているわけじゃない。
目立っても問題ないくらい死が近づいてきていたら、今後の人類のために魔術の奥義を記した魔導書でも残すことくらいはやぶさかじゃない。
そんな爺くさいことを考えてしまうのはやはり……この屋敷にやって来ているからだろうか。
採取を終え、適当にルル製の『収納袋』の中身を満たしてから屋敷に戻る。
ミニゴが応接間でタブレットを見始めたところを見てから、自室へ。
前世の俺が作ったゴーレム達は軽く修理をすれば今でも現役なやつらばかりなので、家の中はわりと清潔な状態を維持できている。
現代日本のお掃除ロボットとは違い風魔法の魔道具を使えば細かい汚れなんかも取れるため、俺が何かをする必要はない。
書棚へ向かい、日本から持ってきたゲーミングチェアーに腰掛ける。
魔法に関する技術書が並んでいる中にゲーミングチェアーというのが最初は違和感だったが、これにももう慣れた。
あちこち移動して文献を探したりするから、キャスターがあって動きやすい方が助かるのだ。
三百年前のディスグラドにもエルゴノミクスみたいなもんはなかったし、正直長時間座っててもこっちの方が楽だしな。
どっしりと構えている椅子も悪くはないが、何事も適材適所である。
「ふぅ……」
前世の俺の骨は、既に砕いて捨てている。
自分の骨を荼毘に付す時は、流石に微妙な気持ちになったな。
こんな経験をしたのは、世界広しといえど俺だけに違いない。
死にたくないと魂と肉体の量的な移動について研究していた俺は、死について考えることが多かった。
だが星魔法を使い転移ができるようになっても、当時の俺は異世界に転移・転生するところまではいけなかった。
まさか異世界に転生するとは思ってもいなかったがな。
異世界へのテレポートができている今なら、理論の構築も可能な気もするが……俺はそちらの研究は、あまり進めるつもりがない。
やってもろくなことにならないだろうということがわかっているからさ。
(こう考えると、魂と肉体の間にある密接な関係があるのも、よく理解できるよな)
前世の俺は、今の俺と比べても、なんというかその……めちゃくちゃガツガツしていた。
誰より結果を出すことを求め、とにかく生き汚かった。
何よりも死を嫌悪しながら必死に研究を続けている、今の五百倍くらいエネルギッシュな人間だった。
今の俺から見ればわかるが、あれは明らかにマッドなサイエンティストの領域に片足を突っ込んでいた。
「まあ適当にやるのが一番さ」
たしかに俺が本気で何十年と研究に打ち込めば、転生の秘法を生み出すことができるかもしれない。
だがそこで得られるメリットとデメリットを天秤にかければ、明らかに後者に傾く。
俺のせいで世界大戦が起きたり最強の軍事国家が興ったりするというのは洒落にならないからな。
今の俺に、あの頃のようなガツガツとした欲望はない。
人の一生は、あまりにも儚い。
だが儚いからこそ人の命は尊いのだ。
人は死ぬからこそ、人たり得る。
不老不死なんてものを持ち込んでも、いいことはない。
「それに今は、やらなくちゃいけないこともあるしな」
俺は自分に言い聞かせるようにそうつぶやくと、机の上に並べられている研究資料に目を通し始める。
そこに並んでいるのは――メルレイア師匠が残した万能の魔道具である『賢者の石』に関する論文だ。
俺がいない間に世界に新たに生まれていた迷宮、そして『賢者の石』を体内に取り込んだマディという存在。
この世界に起こっている新たな変化には、間違いなく『賢者の石』が関わっている。
現在俺は空いた時間を使い、『賢者の石』の解析を進めていた。
その上でどうするかは一旦棚上げしている。
迷宮は人の生活に根付いているし、全てを壊した時に経済全体に与えるダメージも想像がつかないからな。
ただ一応、こいつの原理原則くらいは知っておかなければいざという時の対処もできない。
マディのような存在が現れても対処ができるように、また別のことに『賢者の石』を悪用されたりすることがないように、対策を講じておく必要がある。
この世界にあまり影響は残したくないが、こればっかりは俺の仕事だろうからな。
え、なんでそんなことをするのかって?
そりゃあ――師匠の不始末をなんとかするのは、弟子の務めだからさ。
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