第72話
【ミミ、『男の浪漫』に電撃加入!】
【むさいおっさんに紅一点、パーティークラッシャーの誕生か!?】
俺の脳裏に、時折視界に入ってくる下世話なネット記事みたいな見出しが浮かぶ。
俺としても念のためくらいに思って聞いてみただけだったんだが……まさかいきなりオッケーが出るとは、流石に想定していなかった。
「どうしてなのか、一応聞いてもいいか?」
「どうしてって……そもそも聞いてきたのはタイラーさんじゃないですか?」
「いや、俺はミミが断る前提で考えてたから」
「なんつぅ野郎だ!」
「血も涙もねぇのかお前は!」
刀使いのギャンブル中毒者オルゴスと大剣使いの娼館狂いのシビャクのヤジが飛んでくる。
そんなでかい声出して、せっかくオッケー出してくれたミミの気が変わったらどうするんだよ……女のは繊細なんだぞ。
粗野な言動してミミに嫌われても知らないぞと耳打ちしてやると、二人ともビクッと身体を震わせ、口元に指で×を作った。
おっさん二人のお口ミッフ○ーは、もはや罰ゲームである。
「俺達は大歓迎だ、よろしく頼むぜ」
「はい、よろしくお願いしますね、マッガスさん」
マッガスとミミが握手を交わす。
マッガスの方が一回り身体が大きいのと、ミミが育ちが良さそうなまっすぐな背筋をしていることと相まって、プリンセスとそれを攫いに来た野獣みたいになっていた。
「あれ、ていうかミミはマッガスのこと知ってるのか?」
「はい『男の浪漫』の噂はギロンの街まで轟いてますからね……色んな意味で」
言外に含んでいるものがあるような口ぶりだが……なるほどな。
たしかに考えてみると、マッガス達はこの周辺地域ではかなりの有名人になる。
強さに関しては本物なので、勇名も轟いているはずだ。
ミミの反応から察するに、それ以外も色々と噂されてそうだけどな。
ちなみにだが、地域に根付いた冒険者として名が知れているやつらは、金ランクであることが多い。
イラの街には『戦乙女』、ギロンの街はムルベリーさんと一応ホームを据えている高ランク冒険者はいるが、彼女達は王国各地から依頼を受ける性質上、各地を駆け回ることも多いからな。
「それにせっかくタイラーさんが勧めてくれたってことは、悪い人達じゃないってことですもんね?」
「ああ、あそこの二人は素行に若干問題はあるがそこはリーダーのマッガスがしっかり押さえてるしな。付き合ってみれば案外普通の奴らだぞ」
「私としても現状特定のパーティーはいませんし、ひとまずお試しで加入させていただければと思うんですが……どうでしょうか?」
「ああ、それで構わない。一度組んでみないとわからないことも多いしな」
というわけで早速、ミミが『男の浪漫』にお試し加入をして、ギロンの街で一緒に依頼をやってみることになった。
オニキスの森でのロックオーガの討伐依頼を受けるらしい。
マッガス達なら問題なく倒せるだろう。
せっかく仲介したんだし、上手くいってくれるといいな。
俺は一人、ギロンの街をぶらつくことにした。
以前は昇格試験を受けたらすぐにイラに戻ってしまっていたので、観光をするのは実は初めてだったりする。
紹介した手前、ミミと『男の浪漫』が上手いことやれているか、気にならないと言えば嘘になるが……彼らが一人前の冒険者なのは知っているし、これ以上は出歯亀というやつだろう。
「とりあえず適当に食っていくか」
ドラゴン討伐や迷宮踏破の一件で、現在俺の銀行口座には慎ましやかに生活をすれば何もしなくても生きていけるくらいの金が入っている。
ただ俺は以前と変わらず、自分が依頼で稼いだ額だけを使うやり方を続けていた。
宵越しの銭は持たねぇ(ただし口座残高あり)というニュー江戸っ子スタイルである。
やっぱり金銭感覚がバグってしまう方が怖い。
ただ今回は金ランクとして護衛依頼を受けたため、懐はほくほく。
そこまで物価が高くないギロンの街で食べ歩きをしても、一日で使い切るのは難しいだろう。
そう思えばこれが、俺が金ランクとして受けた初めての依頼になるんだな。
オーク討伐は常設依頼だから、厳密に言うと違う気がするし。
「おじちゃん、こっちの揚げ物一つちょうだい」
「あいよっ! 銅貨三枚な」
二つ買うからと銅貨五枚に値切ってから、食べながら歩き始める。
買ってみたのは、肉の揚げ物だ。
食ってみると、鶏肉のような味と食感だ。
比較的淡泊な味というか……。
こってりとした油が脂分を補ってくれているようで、なかなか悪くない。
これで銅貨三枚なら、安い方だろう。
ちなみに俺を見ても、お行儀が悪いなんていうやつはいない。
むしろ俺も私もという感じで皆露天へと向かっている。
時刻が夕暮れだからか、人の数も増えあちこちから良い匂いが漂ってきている。
二本買ったのは失敗だったかもしれないな……これなら色んなものをちょっとずつ買った方が良かったかもしれない。
この世界では、家で料理を自炊する人の数はそこまで多くなかったりする。
薪の値段が高かったりするから、下手に作るより外で一気に作られたものを食った方が安く上がったりするからだ。
栄養バランスなんて概念もないし、味の濃い外の店が好きという人も多いんだろう。
「よし、じゃあこの揚げパン一つ」
「あいよ、銅貨二枚だ」
今回は値引き交渉はせず、そのまま買う。
かぶりつけば、口の中でじゅわりと油が広がっていった。
ギロンの街の近くにはアブラナのように種から油が取れる草が自生しているため、油の値段は比較的リーズナブルだ。
ちなみにこの野草は結構繁殖力が高いため、王国全体で見ても油は高級品ではなく庶民でも使える日常品寄りの品目だったりする。
そんな事情もあり、ギロンでは揚げ物を出している店がそこかしこにある。
ただ……串揚げ二つと揚げパン一つで、もういっぱいになってきたな。
腹がいっぱいになったわけじゃないんだが、油の許容量がオーバーしそうな感じというか……前はこんなんじゃなかったはずなんだけどなぁ。
最近年々、油ものがきつくなってきていると実感する。
串カツの食べ放題で腹がいっぱいになるまで食べても平気だったあの頃が懐かしい……。
今では俺も立派なアラサーである。
(揚げ物ばっかりってのも良くないのかもな。ちょっと休憩がてら、スイーツでも食いに行くか)
店を探してみるが、どこもかしこも出しているのは揚げ物揚げ物揚げ物だ。
もうちょっとさっぱりした食い物が食いたい!
暗くなり始めた中でもしっかりと吟味をするため目を皿のようにして歩き続けることしばし。
疲れを感じるか否かというあたりのラインで、ようやく女性受けの良さそうなちょっとこ洒落たカフェを発見した。
早速中に入ってみる。
上品なドアベルの音に気を良くしながらカウンター席に座り、適当に注文をする。
喉が渇いていたので、果実水と焼き菓子を頼ませてもらう。
二つ隣の席に人がいるので、失礼にならない程度にちらっと顔を見る。
するとそこには……。
「あの、もしかして……ムルベリーさんですか?」
俺達の試験を担当してくれた試験官である、ムルベリーさんの姿があった――。
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