第70話


「んー……」


 ぽりぽりと顎を掻く。

 そして無骨な天井を見上げ、周囲をぐるりと見渡してから、俺はもう一度ミーシャに向き直った。


「ごめん、もう一回言ってくれるか?」


「はい、おめでとうございますタイラーさん。金ランク昇格試験――合格です!」


「なんでだあああああああああっっ!」


 ダンダンッと思い切りギルドの受付を叩きながら、悲しみの叫びを上げる。

 けれど俺の雄叫びはギルドの中に虚しく響き渡るだけだった。

 目の前で暴れているのに、ミーシャの方はニコニコとした表情を崩さない。


「試験管のムルベリーさんからもお墨付きをいただいてるみたいです。ちなみに他の受験生達も今回は全員合格とのことです」


「うわあああああああああああああああっっ!!」


「アンガーエイプの真似をしてドラミングをしながら叫んでも、冒険者ランクは落ちませんよ。いい加減落ち着いてくださいタイラーさん」


 半狂乱になりながら胸を叩いても、何も変わらないことはわかっていた。どれだけ醜態を晒したところで、ランクはそう簡単に下がるものではないからだ。


 けれどどうにもやるせない思いから、俺は悲しみのドラミングをせずにはいられなかったのだ……。


(……けど俺が下手に力を隠して、誰かに死なれたら寝覚めが悪すぎる。となるとやっぱり……これで良かったんだよな)


 身体強化を使いながら胸を叩いていると、心が落ち着いてきた。


 俺が助けを出さなければ、教官やロック達の身は危なかっただろう。

 今回はムルベリー教官が骨を折っただけで済んだが、ロックオーガとオーガジェネラルが徒党と組んでいたのだから、死人が出ていてもおかしくはなかったのだ。


 俺が金ランクに上がるだけで彼らの身の安全が守れたのだ。

 悔いはないさ。


「ふぅ……よし、少し落ち着いた。金ランクになるとどうなるのか教えてくれ」


「はい、ですがその前に……ギルドカードをいただけますか?」


「ああ、わかったよ」


 これ以上往生際悪く土俵際で粘り続けるのは流石にダサいと思ったので、大人しく銀のギルドカードを渡す。

 すると代わりに、金のギルドカードを手渡された。

 ちなみにどちらともメッキなので、そこまで重さはない。


 それから金ランク冒険者の説明を受ける。


 簡単に要約すると、金ランクに上がると報酬と危険度が上がる代わりに、色々と制限がつくようになる。


 たとえば金ランク以上の冒険者は、ギルドが斡旋してくる強制依頼と呼ばれる断ることのできない依頼をこなさなければいけなくなる。

 つまり金稼いでんだからギルドの言うことも聞けと言われているわけだな。


 これが嫌だから今まではのらりくらりとかわしてきたんだがなぁ……。

 強制依頼を何度も受けさせられれば、流石に実力を隠しきることが難しくなる。

 そして力が持っているとわかれば、そのまま色々と仕事を押しつけられるようになるだろう。


 力こそパワーなディスグラドでは、力を持っている人間がそれを振るうのは義務だ、という脳筋思想が未だにまかり通っている。


「……とまあこんな感じです。何か受注していきますか?」


「いや、いいや。オーク討伐してきたから、魔石の買い取り頼んだ」


「はいはい、タイラーさんは変わりませんね、本当に……」


 仕方ない子供を見つめるお母さんの眼差しで見つめられながら、いつものようにオークの魔石を売却する。


 金ランク以上でなければ受けられない依頼は多いし、その分報酬も多い。

 ただやはり高ランクの依頼を受けようとすると、イラの街を出る必要もあるので時間がかかる。


 何度もやって懲りたが、長期間の依頼は何度も行ったり来たりしてつじつまを合わせるのが面倒だからやりたくないんだよな……。


 そもそも遠出するのも面倒だし、俺はランクが上がっても今の生活を続けるつもりだ。

 流石にオークとゴブリンの討伐しかしていなければ、ランクが金より高くなることもあるまい。


 魔石の買い取りを済ませそのままギルドを出て『可能亭』に帰ろうとすると、見知った顔と出くわした。


「おいタイラー、お前金に上がったんだって? 一杯やっていかねぇか、同輩としてよ」


「お前の奢りならいいぜ、マッガス」


 金ランク冒険者のマッガスだ。

 丸太みたいな腕で馬鹿でかい斧を振り回す、正真正銘のパワーファイターだ。

 どこからどう見ても酒場の娘の尻とか触りそうながさつ男だが、こう見えて意外と気の利く男だったりする。


 俺はこっちでタイラーとして生活をするようになってからは、基本的にオークだけ倒して最低限しか稼いでこなかった。


 同業者のほとんどが魔術師のくせに適当に依頼をこなしている俺のことを馬鹿にしていたが、そんな中でもマッガスは俺の実力を認めて適度な距離を保って付き合いをしてくれていた。

 おかげでこいつは、イラの街で数少ない俺の友人の一人だ。


「お前金あるだろうが……まあいい、昇格祝いで奢ってやるよ」


「よっしゃ、愛してるぜマッガス」


「相変わらず調子の良いやつだな、お前は……」


 一番安い酒と料理を頼み、ご相伴に預からせてもらう。


「しっかし、逃げ続けてたお前もようやく金ランクか……とうとう追いつかれちまったな」


「安心しろ、お前らならすぐにミスリルに上がれるさ」


「へっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか……まあ現実は厳しいわけだが。ミル、エールおかわり!」


 グビグビとエールを飲み干しながら、マッガスが難しそうな顔をする。


 マッガスの所属している金ランクパーティー『男の浪漫』は斧・大剣・刀使いという前衛三人のパーティーだ。

 全員がマッガスクラスの巨体で、なかなかに強力な身体強化を使う。


 おかげで接近戦なら負けなしではあるんだが、前衛三人であまりにもバランスが悪いため遠距離攻撃を得意とする相手との相性がすこぶる悪い。

 そのおかげで依頼の達成率がなかなか上がらないらしく、ギルドからの評価値を稼げていないらしい。


「魔術師でも入れればいいんじゃないか?」


 前衛三人の力は、それこそミスリルランクの冒険者と比べても遜色はない。

 なのであとは苦手な部分を潰せる後衛をしっかりと入れることができれば、ミスリルランクへ上がることも視野に入るはずだ。


「金ランクの魔術師は基本的に唾つけられてるさ……お前みたくな」


「……は、俺が? 一体誰にだよ?」


「お前……わかってないとは言わせねぇぞ?」


 わかってないって……何のことを言ってるのかさっぱりなんだが?

 もうちょっとわかるように説明してくれません?


「まさかあの『戦乙女』がお前を引き抜くとはなぁ……俺の方が先に目をつけてたっつうのに、美人にコロリといかれちまいやがって」


「おっさんBSSはやめろって、流石に需要がなさすぎる」


「びーえす……?」


 頭を捻らせているマッガスから話を聞かせてもらう。

 どうやらこのイラの街の冒険者界隈では、俺は『戦乙女』に唾をつけられているという認識がなされているらしい。


 ……うーむ、なるほど。

 仲は良いし、『戦乙女』の中には師も弟子もいるから合ってはいる……のか?


 最近妙に絡まれることが減ったと思ったら……あのゴーレム野郎の一件以降はそんな風に皆の認識が変わっていたからだったのか。


 まあそれは置いておくとして、なるほど、遠距離攻撃の使い手か……ってあれ、待てよ?

 たしか一緒に試験を受けた弓使いのミミって、ソロって言ってたよな?


「マッガス、いい話があるんだが。実は昇格試験の時、ギロンの街でソロの弓使いと知り合いになった。今は受かって金ランクになってるはずだ」


「――なんだと!? 詳しく聞かせてくれ、タイラー!」


 マッガスは気の良いやつだし、実際まだまだ上に上がれる逸材だと思っている。


 またギロンに行くのは正直面倒だし、そもそもミミがむさいおっさんグループに入るかもわからないが……友人のよしみだ。話を通すくらいのことは、してやろうじゃないか。








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