第68話
「な、なんだなんだあっ!?」
お調子者のロックはこう見えて目がいい。
彼はジッと遠くを見つめ……そしてあんぐりと口を開いた。
「でけぇ――でけぇオーガが来るぞっ!」
ロックの言葉に、即座に身構える。
ちらっと皆に目を配る。
ロックもゴルドもミミも、既にロックオーガとギリギリまで戦っていたせいで体力的に明らかにきつそうだ。
今動けるのは俺とムルベリー教官の二人だけ。
彼女の方を向くと、キリリとした表情を変えないまま頷かれた。
「私が対処する。皆、下がっていろ」
ムルベリー教官の言葉に、全員が下がる。
俺は念のためにドラフティングを使用し、あたかも軽業師のように木を上るフリをしながら樹上に立った。
よし、これで射線は確保できたな。
皆が固唾を飲んで見守っていると、そこにやってきたのは、三体の魔物だ。
まず、左右を固めるようにして立っている二体のロックオーガ。
そして彼らよりも三歩ほど前を胸を張って歩いているのは、ロックオーガより更に一回りも大きいオーガだった。
あれは……多分オーガジェネラルだな。
「なるほど、ロックオーガの数が妙に多いと思ったら……上位種に率いられていたというわけか」
どうやらこの森に出てくる魔物の量は、普段より多かったようだ。
たしかに思い返すと、道中何回もロックオーガに遭遇してたな。
妙に殺意高いなと思ってたら、そういうからくりがあったのか。
魔物は基本的に本能のままに生きている。
そんな魔物が唯一言うことを聞く存在が、自分より強力な同種の魔物――上位種だ。
金ランクのロックオーガが部下のように付き従っていることからもわかるようにオーガジェネラルはミスリルランクの魔物……つまりは、ミスリル冒険者パーティーで倒せるくらいの強さだ。
いくらムルベリーさんだからといって、相手にするには少々荷が重いだろう。
「良かろう、相手に取って……不足なしっ!」
ムルベリーさんとしてもきつい戦いになることはわかっているはずだ。
けれど彼女は辛そうな顔をまったく見せることなく、オーガジェネラルの下へと向かっていく。
見ればミミは弓をつがえ、ロックオーガを狙っていた。
……はぁ、やっぱりそうなるよな。
見ればゴルドとロックもやる気のようだ。
どうやら三人で二体のロックオーガを引き受けるつもりらしい。
となると俺は……うん、ここから二人組のサポートをするか。
戦力差を考えれば、しっかり援護射撃をすれば問題なく倒せるレベルのはずだ。
ぶっちゃけ土魔法しか使えないと言っていたことを軽く後悔し始めているが、こうなったら仕方ない。
誰一人やられることなく、土魔法だけで乗り切ってやるよ!(自暴自棄)
「GAAAAAAAA!」
「よし、私も……全力でいかせてもらうっ!」
まず最初に激突するのは、オーガジェネラルとムルベリーさんだ。
二人とも相手のことしか見えていないからか、真っ直ぐに最短に一直線にお互いの下へと向かっている。
ムルベリーさんの速度は、明らかに人間が出せる限界を超えている。
ミスリルランクなだけのことはあり、身体強化もかなりの練度で使いこなすことができるらしい。
……よし、これなら軽い土魔法でなんとかなりそうだな。
「アーススウェル」
俺は地面を隆起させる初級土魔法、アーススウェルを発動させる。
土を操作して、軽く出っ張りを作る魔法だ。
出っ張りを作る先は当然、踏ん張りを利かせながら全力疾走するオーガジェネラルのつま先だ。
「GAAA!?」
両者が交差する寸前、オーガジェネラルが突如生じた凹凸に足を取られる。
当然ながらそれで転ぶほど柔な体幹はしていないが、それでもつんのめるような形になって姿勢は崩れる。
そしてそれを見逃すようでは、ミスリル冒険者はやっていられない。
「おおおおおおおおおおっっ!!」
ムルベリーさんが扱うのは、両手サイズの直剣だ。
その柄の部分には宝玉が埋め込まれているので、何らかの魔法が付与されているのかもしれない。
大きな刀身がオーガジェネラルの胴体を狙って飛んでいく。
命中……が、浅い。
オーガジェネラルは転びかけた状態で咄嗟に上半身を捻ることで、無理矢理致命傷を避けてみせた。
しっかりと体勢を立て直したオーガジェネラルとムルベリーさんが、真っ向からぶつかり合う。
わずかに傷を負ったものの、オーガジェネラルの動きはまったくといってほどに鈍っていない。
ムルベリーさんが一対一で戦っていたらマズそうだ。
ここは適宜応援をする必要がありそうだな。
(ただ片方だけ見てるわけにもいかないんだよなっ!)
俺はダートスラッジを局所的に発動させてオーガジェネラルの踏ん張りを利かなくさせると同時、もう一方の戦場に目を向ける。
そこではロックとゴルドがそれぞれ一体ずつのロックオーガを受け持ちながら、ミミの援護を受けていた。
だが既に三人は全力戦闘をした後、やはり動きにはキレがなく明らかに防戦一方な状態になっている。
こっちの方が余裕はなさそうだ。
……しょうがない。
あんまり土魔法は得意じゃないんだがな……。
「アースピット」
ロックオーガがロック目掛けて棍棒を振り下ろそうとしたその瞬間、地面に大きなくぼみが生まれる。咄嗟に作ったので大きさの調整が利かず、底がかなり浅くなってしまった。
自分が踏ん張っていた地面が消えたロックオーガはわけもわからず、そのまま空中をもがきながら落ちていく。
「ロック!」
「ああっ、任せろっ!」
落とし穴の深さはロックオーガの膝下あたりまで。
けれど攻撃がキャンセルされた一瞬の隙を見逃さず……ロックのレイピアはロックオーガの右目を、見事に潰してみせたのだった。
ふぅ、これならなんとかなりそうで一安心だな。
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