第66話
「まず自己紹介をしておこう。私の名はムルベリー、ギロンで活動している者なら知っていると思うが、こう見えてミスリルランクの冒険者だ。普段はソロで活動させてもらっている」
「「「よろしくお願いします!」」」
ムルベリーさんは、炎のようなという表現が似合う苛烈そうな女性だった。
燃えさかる炎のようにゆらゆらと揺れる真紅の髪に、意志の強そうな真っ赤な瞳。
着ている革鎧も真っ赤で、着ている鎧下まで赤く染め上げられている。
鎧の素材は、恐らくレッドワイバーンあたりだろうか。
にしても、ソロのミスリルランク冒険者か……ソロってだけでずいぶんと珍しいのに、それでそこまで上に上がれるってのは相当な実力者だ。
なんで対して報酬も出ない試験官の仕事を引き受けたのか、疑問に思うくらいにな。
「ロックオーガについての説明は事前にしておいた。ゴルド受験生、おさらいを」
「はい、ロックオーガというのは……」
先ほど聞いた説明を、ゴルドといういかにもな感じの重戦士がなぞっていく。
思い出しながらなのでたどたどしくはあったが、そのごつい見た目とは裏腹に説明は非常に丁寧だった。
ロックオーガというのは、岩のように硬い皮膚を持っているオーガの上位種のことを指している。
オーガ単体での討伐難易度は大体銀ランクの下位の方で、ロックオーガの討伐難易度はそれより一つ上、金ランクの下位の方ということになる。
「よし。先ほども言ったように、現在我々が向かっているのはギロンの街を東に向かったところにあるオニキスの森だ。ロックオーガ以外の魔物も多いが、それ以外の魔物は私が切り伏せる。つゆ払いは任せておけ」
ムルベリーさんの勇ましい言葉に、ぴゅうっと後ろの方にいるキザな感じの受験生が口笛を吹く。あいつはたしか……ロックだったか。
ロックは彼女にぎろりと睨まれて、ぺこぺこ謝っていた。
「質問をよろしいでしょうか、ムルベリー試験官」
「なんだ? 言ってみろ、ミミ受験生」
ミミと呼ばれていた女性の弓使いが、ピンと弦のように伸びた背を伸ばしながら尋ねる。
「どうして金ランクの昇格試験で、金ランクの魔物を倒さなければいけないのでしょうか?」
あ、それは俺も思った。
普通こういうのって、銀ランク上位の魔物を楽々倒せるかとかで判断した方が楽そうに思えるんだけど。
「金ランクでは下から数えたくらいの強さのロックオーガをまともに相手取ることができれなければ、今後金ランクとしてやっていくことなど不可能だから……ということで大昔にそう決められたからだ。私は再三もう少し基準を弛めるべきだと言っているんだが、上の方にいるギルドのジジイ達というのはなかなかに頭が固くてな……」
なるほどな……ミスリルランクの冒険者っていうのはある程度上の立場の人とも関わることが多いから、色々と闇を見ているのだろう。
やっぱりランクアップなんてするべきじゃないな。
でも話を聞いている感じ、このムルベリーさんはすごくまともそうな感じの人だ。
やっぱり人の第一印象というのは、本当に当てにならない。
「タイラーも何か質問はないか?」
「あ、はい問題ないです」
重戦士のゴルド、軽戦士のロック、弓使いのミミ、そして魔術師である俺の四人が今回の昇格試験の受験生ということになる。
まず最初に四人でロックオーガを倒し、その後に一対一で一回ずつ戦うらしい。
ちなみに一対一の場合は必ずしも勝つ必要はなく、善戦ができればそれで問題がないということだった。
というわけでまず最初に全体でブリーフィングだ。
当然ながらその会議には、ムルベリーさんも聞き耳を立てている。
「この中で行くと、俺がタンクになるだろうな」
厳つい顔した善良者のゴルドの言葉に、ロックが頷く。
「タンク兼アタッカーになるだろうね。うん、僕もそれでいいと思うよ。まったく……それにしてもなんで昇格試験に僕の名前と同じ魔物を狩らなくちゃいけないのか……」
これから戦うロックオーガと名前が被っているからか、ロックはどこか元気のない様子だった。
俺も戦う魔物がタイラーオーガだったら、あいつみたく自然な感じでやる気をなくせただろうに。
「身体強化があるのである程度弓は引けますが、ロックオーガの外殻を貫通してダメージはそこまで通せないと思います」
「だったらやっぱり、俺の一撃とタイラーが肝になってきそうだな……」
俺はふむふむと、適当な感じで頷いておく。
当たり前だが、他の三人の熱量は高い。
銀ランクと金ランクでは、受けられる依頼の報酬が大きく変わる。
もちろんその分だけ命の危険が高いのも間違いないが、稼げる額は倍以上にはなるのだ。
一般的に冒険者として余裕のある生活のできるラインが金ランクって言われてるくらいだからな。
実際問題、適当にオークを狩ってる俺は『収納袋』と魔法があるからなんとかなってるだけで、普通の銀ランク冒険者は装備の更新で汲々とした生活を送っているやつも多い。
正直適当にやりたいんだが、それが許される空気感じゃない。
ムルベリーさんも熱血系っぽいし、これはなかなかに厳しそうだ。
「一つ言っておくと、俺が得意なのは土属性だ。なので魔法の威力にはあまり期待しないでくれ、ロックオーガに傷をつけられるかどうかも怪しい。ただ、落とし穴作りなら任せてくれ」
俺にはまったくやる気はないが、この空気を台無しにして不合格を勝ち取りに行くほど人間をやめているわけではない。
彼らが不合格になったせいで死んだりしても、寝覚めが悪いし……。
とりあえずギリギリ銀ランクで通用するくらいの魔法だけを使って、この試験を乗り切るしかあるまい(乗り切るというのは、当然落ちにいくということだ)。
つゆ払いは任せろというムルベリーさんの言葉は誇張でもなんでもなく、彼女は出てくる魔物を次から次へとばっさばっさとなぎ倒していく。
番のロックオーガを相手にしてもまったく手こずることもなく、俺達が通った跡には一太刀でバラされた魔物の死骸が並ぶばかりであった。
「……お、見つけたぞ」
ムルベリーさんが指さす先には、一匹で岩の上に腰掛けているロックオーガの姿があった。
それを見て、ゴルド達は目配せをしながら頷いた。
なんとなく空気感にあてられたので、俺も目だけ合わせておくことにする。
「よし、それではこれより試験を開始する。まずはお前らで、ロックオーガを倒してみせろ。倒し方は問わない」
「頼んだぜ、タイラー」
「ああ、任せておけ」
俺は時間をかけてゆっくりと魔法を練る振りをした。
そして別にする必要のない長ったらしい詠唱(うろ覚え)を小声でブツブツと呟き、そしてカッと目を開く。
「アースピット!」
魔法が発動すると同時、皆が敢えて音を出しながら動き出す。
中でも金属で補強された鎧を着ているゴルドの音は特に大きく、すぐにロックオーガも俺達に気付いた。
そしてこちら目掛けて全速力で走り出し……
「グラアアアアアアア……アアアアアアッッ!?」
俺が作り出した落とし穴に、ものすごい勢いではまるのだった――。
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