第65話


 迷宮でのマディの討伐が終わってから半月が経った。

 人の話題の移り変わりというのは激しいもので、ドラゴン討伐ぶりに始まった『戦乙女』フィーバー(二ヶ月ぶり二回目)もとりあえず一段落し、イラの街は平穏を取り戻しつつある。


 あちこちから『戦乙女』に一目会いにやってくるミーハー達も彼女達の姿を見るとおとなしく帰っていったので、俺も含めた街暮らしの人間達からするとようやく日常が戻ってきた感じがする。


 けれど日常が戻ってくることは、必ずしも何も変わらないということではない。

 世の中には変わらないものはない。

 変わらないように見えていても、必ずどこかに変化というのは起きているものなのだ……。




「ごめん……もう一度言ってくれないか? 多分俺の聞き間違いだと……いや十中八九……いや九分九厘……いや、百パーセント聞き間違いに違いない」


 たしかにここ最近耳掃除をしてなかったからな……聴力が落ちてるのかもしれない。

 じゃ……じゃなくちゃあんな文言が聞こえてくるはずがないんだっ!


「はぁ……往生際が悪いですよ、タイラーさん」


 俺が大げさに耳の穴をかっぽじるのを見て呆れた様子のミーシャが、これまたわざとらしいクソデカため息を吐く。

 正しいお言葉がやってくるのを待った。


「何度聞いても事実は変わりません――タイラーさんに金ランク昇格試験を受けるよう要請が来ています」


「ガッデム!」


 しかし残念、これが現実!


 この世界の残酷な真実に、俺は愕然とせざるをえない。

 世の中というのは、あまりにも理不尽だ。

 そして俺達の都合なんて、これっぽっちも考えちゃあくれないんだ……。


「どうやって不合格になればいいのか……」


「心の声漏れてますよ、タイラーさん」


 銀ランクと金ランクというのはまったくの別物と言っていい。

 銀ランクというのは実力が伴わないベテランでも経験や実績でなることができるが、金ランクというのは基本的に実力がないとなれない。

 実力至上主義の冒険者界隈で実力があると認められるとなると何が起こるか。


 ――『戦乙女』みたく何かと人に頼られることが多くなるんだよ!

 なるべく責任の二文字から逃げ続け『我が輩の辞書に責任の文字はない』を地でいっていたはずの俺が、どうしてこんなことに……。


 現実逃避していても事態は改善しないので、とりあえず話を聞かないと先には進めない。

 前向きに聞くのはいやなので、後ろ向きに聞いていくことにしよう。


「そもそも、どうして俺が? そんな特別な依頼を受けたつもりはないんだけど」


「まず第一に、タイラーさんはそれほどランクの高いものではないとはいえ、依頼の達成率は100パーセントです。それにこないだアイーダさんの指名依頼も無事に達成させましたし……ですがやっぱり一番の決め手は、こないだの『戦乙女』の指名依頼として達成された迷宮の調査依頼、あそこの共同探索者として名前を連ねていることが大きいですね」


「畜生、あいつらしっかり報告しやがって……」


 身体に『賢者の石』を埋め込み、ダンジョンコアを食って取り込んだあのマディを倒した功績は全て押しつけたつもりだったんだが、どうやら報告では俺も『戦乙女』と共に祭壇を抜け出していたあいつと共闘していたことになっているらしい。


 たしかにいくらか功績の肩代わりはしてもらえてるけど……自分達がオリハルコンに昇格して感覚が麻痺しているのかもしれないけど、俺銀ランクだから。

 らめぇ、そんなことしたら、金ランクになっちゃうううううううう!!


「とりあえず要請が来たからには受けないわけにはいかないか……場所はイラの街でいいのか?」


「いえ、隣にあるギロンの街ですね」


 ギロンの街は片道三日といったところだ。

 正直気は向かないが……今後も冒険者としてやっていくためには、やらざるを得ない。

 俺は断腸の思いで、金ランク昇格試験を受けるために、わざわざ隣街へ向かうことになってしまうのだった。




 ギロンの街にたどり着いた俺は、早速試験を受けるために指定されていた待ち合わせ場所にへとやってきていた。


「えー、それではこれより金ランク昇格試験を始める! 昇格試験の内容は近くにあるロックオーガを倒すことだ!」


 ロックオーガか……ガルの森で戦ったことはあるから、倒すだけなら問題なくできるが……さて、どうやって動くべきか。

 俺は目的地へ向かう馬車へ乗りながら、俺の脳内はとある思考で埋め尽くされていた。


 すなわち――いかにしてこの試験を不自然ではない形で不合格になるか、である!


 絶対に受かりたくない俺と試験官との戦いが、始まろうとしていた――。

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