第64話
結局あの後、俺は半日近く眠っていたらしい。
アイリスはその間ずっと律儀に膝枕を続けてくれていて、そして残る『戦乙女』のメンバー達は第四階層の調査に精を出していたということだった。
俺が眠っている間に行われた半日にも渡る調査で、この迷宮の調査はひとまず一段落ということになった。
というか迷宮自体を完全に踏破してしまったから、これ以上はすることがないのだ。
この迷宮は全四階層で構成される、比較的規模の小さな迷宮だった。
そしてあのマディとか言うやつはラスボスで、第四階層の最奥にある祭壇で待ち受けている魔物だったようだ。
祭壇をどれだけ探しても、ダンジョンコアは見つからなかった。
マディが言っていた通り、ダンジョンコアを取り込んだんだろう。
そして迷宮の機能の一部を使えるようになったからこそ、あんな風にアイアンゴーレムを生み出すことができるようになったんじゃないだろうか。
まあそれが事実かどうかをたしかめる術はないんだけどな。
この迷宮は、既にダンジョンコアを失っている。
つまり既に、迷宮としての活動は終わってしまっているのだ。
第三階層のように魔物が湧いてこない階層があるのは、攻略された迷宮で良くあることなのだという。
結局マディがなんだったのかは、最後までわからずじまいだった。
ダンジョンコアと『賢者の石』にはなんらかの関係があるのだろうし、あいつの言っていた魔王という発言も気にかかる。
そもそも最奥で待ち受けるはずのラスボスがなんで勝手に出歩くのかもわからないし……なんとなくだが、これら全てにはなんらかの相関があるような気もする。
けれどそこらへんの詳しい事情は、知っても損しかなさそうなので、俺はノータッチを決め込むことにした。
触らぬ神に祟りなしと、昔の人はよく言ったものだ。
さて、そうして無事マディを倒し迷宮から戻ってきた俺達だったが……当然のように、大騒ぎになった。
今回は迷宮から魔物が溢れるかもしれないという世間の不安や、他の領地からの窺うような視線、それに領主直々の指名以来というトリプルコンボもあったので、以前のドラゴン騒動よりも更におおごとになっているようだ。
……え、なんで他人事なのかって?
そんなの俺がいつもの(功績を『戦乙女』に全部献上する)をやったからに決まってるんだよなぁ。
だがアンナやアイリス達が悲しむので、全てをばっくれてほとぼりが冷めるまで日本に待避することはしなかった。
できる男というのは、二度と同じ過ちを繰り返さないものなのさ。
「いやぁ、なべて世はこともなしってことかねぇ……」
俺はギルドに併設された看板のメニュー表を見て、にやりと笑う。
半額、半額、四分の一、半額。
目につく限りのメニュー、全てが通常であればあり得ないほどの割引がされている。
現在、イラの街は再び熱狂の渦に包まれている。
いつゴーレムの軍勢がやってくるのだろうかと、街で暮らす人達は漠然とした不安を抱えていた。
けれどその恐れが領主への不満や他領への逃亡へとつながる前に、全てを『戦乙女』が解決してくれた。
最近イラの街の内外でファンクラブ会員数が激増中の彼女達が綴った、新たな伝説の一ページ。
それに対して報いなければ、街の人達がどんな反応をするかはまったく想像もつかない。
というわけで今回は領主とギルドマスターが話し合いを重ねた結果、『戦乙女』は晴れてオリハルコンランクに昇格することになった。
これでこの街をホームにする、初めてのオリハルコンランクの冒険者が出たことになる。
当然ながら街は以前のあれが自治体でやる小規模祭りだったかと思うほどに、ドデカい騒ぎになっている。
どこへ言っても人で賑わい、そこに商機を見た商人達は領地をまたいでイラの街で商品を放出し、他領でファンクラブになったけれど一度も『戦乙女』を見たことがないという謎ファン達も、今回ばかりは彼女達を一目見ようとイラの街に押しかけている。
あちこちで謎の賭けが行われ、怪しげな物品がそこら中で売られ、衛兵達は必死になって飛び回っている。
まあ中でも嬉しいのは、どの店でも『戦乙女』の昇級にあやかって割引セールをやってることだな。
今回は領主とギルドの連名でタダ酒まで出ているので、財布の紐も緩む緩む。
緩んだところで半値なので、通常の倍食べたって酒代が浮く分安く上がる。
そんなの、飲まない理由がないというものだ。
「よっこらしょっと」
『飲み放題!』という看板が提げられた樽からワインをジョッキに注いでから、鳥の魔物であるホロ鳥の香草焼きをつまみにちびちびと飲んでいく。
いやぁ、『戦乙女』様々だなぁ、本当に。
……え、俺はどうなったのかって?
決まってるだろ……銀ランクのままだよ!
今回ばかりは『戦乙女』に全ての功績を押しつけなければ、俺の平穏なだらだら冒険者生活が破綻してしまう。
俺は誰でも知ってる有名冒険者なんかになりたくない。
こうして安酒を飲みながら味の濃い早死にしそうな肉料理で腹を満たすことができれば、それだけで十分なのである。
「ふうぅ~~」
「あら、良いご身分ね。私達がどれだけ駆けずり回ったのかも知らずに」
ギギギギギ……と壊れたゼンマイ人形のように首を回すとそこには、額に青筋を立てながら器用に笑みを浮かべているアイリスの顔があった。
本当に怒っている時に、人は怒り以外の感情をその顔に浮かべるという。
そういえば前にもこんなことがあったような気がする……。
前言撤回。
できない男タイラーは、同じ過ちを繰り返す愚かな男のようだ。
「いいから……来なさいっ」
いつものように耳を引っ張られるかと思って身構えながら目を閉じていると……むにゅんと柔らかい感触がやってくる。
恐る恐る顔を開けると、そこには顔を赤らめながら自分の両腕で俺の腕を挟み込んでいるアイリスの姿があった。
恥ずかしがっているからか少しだけ頬が赤くなっていて、上目遣いでこちらを見つめるその瞳は少し潤んでいるように見える。
「膝枕くらいなら……いくらでもしてあげるからっ!」
「お、おぅ……」
されるがままに腕を掴まれギルドを後にする俺。
店を後にした瞬間、ギルドの中からとんでもない量のヤジと怒号とが響き渡ってくる。
そりゃあいきなり皆の前であんなことしたら、こうなるだろ……こいつ、まさか俺の嫌がることを、的確にやっているのか?
「もうっ……皆待ってるわ、早く行きましょっ」
「おう、そうだな」
今回もまた色々と迷惑をかけちゃったし。
一度地球に戻ってお礼の品も買ってきたから、皆に渡さなくちゃいけないし、ちょうど良いタイミングだろ。
いや、しかし……。
「なぁ、アイリス」
「な、なに?」
「目立ってるんだけど……腕、組まなくちゃダメ?」
「ダメよ、家につくまで絶対このままなんだから」
「さいですか……」
がっちりと腕をホールドするアイリスの顔は、ゆでだこみたいに赤くなっていた。
そんなに恥ずかしがるなら、最初からしなきゃいいだろうに……。
人目は気になるが、ここで腕を振り払えるほど冷酷な男じゃない。
後のことを考えると、既に今から憂鬱だ。
まあそれでも、アイリスの温かい感触は決して嫌ではない。
なので俺は彼女と歩調を合わせ、いつもより少し歩幅を小さくしながらパーティーハウスへと向かうのだった――。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第三部はこれにて完結です!
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