第63話


 マディの戦い方は、明らかに洗練されてきていた。

 おまけに憎たらしいことに、俺の戦い方まで真似し始めてくる。


 腕の剣を使いながら、細かく土魔法を使って隙を埋めようとしてくる。

 土の槍や土の剣を無視することもできず、そこに対応するためにある程度意識を割かざるを得ない。


 土が飛び交う中を、果敢に攻め立てる。

 一撃が重たい俺は、当てるために工夫が必要だ。


 小技の魔法を使い相手の動きを誘導し、視線やフェイントで相手の行動を誘導し、攻撃を誘発させる。

 カウンター気味に攻撃を放てば、威力に勝る俺の方に圧倒的に分があった。


 当然ながら俺も無傷ではない。

 マディの細かい攻撃の全てを捌ききることはできず、全身には傷が増えていく。


 致命傷は避けるように戦っているため、大きな裂傷にしか回復魔法は使わない。

 こっちは傷だらけだが、あっちは傷一つない。

 どう考えてもガス欠になるのはこちらが早い。


(一応手は思いついてるんだがな……)


 マディを倒すための策はある。

 けれどそのためには相手にとてつもない一撃を加え、更にリスクを取る必要がある。

 おまけに失敗すれば手痛い反撃を食らって、敗北コース一直線だ。

 だが……やるしかない。


(……っと、ドラフティングの効果が切れたか)


 身体の内側にあったわずかな浮遊感が消える。

 魔法戦をするなら再使用すべきだが……俺は作戦を遂行するために魔力を節約することを決めた。


 『魔導剣シャリオ』に魔力を流し込みながら、己の肉体を活性化させていく。

 気のせいか、身体の動きのキレが上がってきている。

 極限状態にあるが故か、相手の動きがどこかゆっくりと見えるようになってきた。


「シッ!」


 裏拳の要領で叩き込まれたマディの左の一撃を、剣の腹で弾く。

 すると俺の死角を衝くように土の礫が飛んでくるが、これを更に身を引っ込めることで防御。


 そこを狙って放たれた右の一撃を事前に読み、その位置に風の刃を置いておく。

 キンッという硬質な音を聞きながら、剣の腹を横にして叩きつける。


「おおおおおおおおっっ!!」


 マディの腹部を直撃した大剣をそのままフルスイングで振り抜き、思い切り吹き飛ばす。

 そのまま身体強化を使い、駆ける。


 まるでアスリートになったかのように、身体が軽い。

 全身の細部にまで意識が向き、躍動する筋肉から、筋繊維の一本に至るまで、身体の全てが手に取るようにわかった。


 駆けていき、倒れ込むマディに振り下ろしを叩き込む。

 マディは腕をクロスさせることで必死になって押さえ込もうとするが、勢いをつけた俺の振り下ろしの方が威力が高い。

 マディの腕がそのまま身体に食い込み、その上にのしかかるような形で剣が突き刺さる。

 勢いそのままに剣を腹に押し込み、地面に縫い付けるように突き立てた。


 そこで俺は――『魔導剣シャリオ』を手放した。

 そして即座に『賢者の杖』を取り出し、マディから距離を取る。


 十の指輪全てが輝き出し、発動用意を事前に調えていた俺が出せる最大の一撃を放つ。


 以前ふと気付いて、気になったことがある。

 ディスグラドと地球。

 二つの世界の星と関わり合いを持つようになったことで、俺の星魔法の性質は変わったのだろうか、という疑問だ。


 試してみると……気付いていなかっただけで、実はいくつかの変化を遂げていた。


 まず第一に、星魔法そのものへの適性が上がったことがあげられる。

 これは恐らく、母星を二つ持つようになったのが大きいのだろう。

 ディスグラドと地球それぞれの星の力を利用することができるようになったことで、星魔法を使っても消費する魔力が大きく減ったし、それとは逆に持続時間や効果時間の方は伸びていることがわかった。



 そして二つ目。

 母星を二つ持ち、二つの星を行き来することができるようになったことで、ディスグラドと地球の間に魔力のパスとでも言うべき道がつながった。

 そしてディスグラドと地球という二つの星が関係性を持つようになったことで、俺の身体自体もより星の影響を受けやすいものへと変わっていたのだ。


 以前と比べて明らかに魔力量が多いのも、恐らくはこれに原因があったのだろう。

 そして二つの星の影響を受けたおかげで、俺は前世の頃は使えなかった、ある魔法が使えるようになっていた。


 前世の頃はあれほど焦がれてたまらなくても使えなかった俺が、過去の未練を断ち切ってから使えるようになるのがわかるというのは、なんという皮肉だろう。

 だがこうしてラスボスを倒すのに、これほど相応しい魔法もないだろう。


「――メテオッ!」


 音速を超えて、音を置き去りにして飛来する隕石。

 プチメテオと比べてもサイズが大きく、人間大はあろうかという大きさの飛翔物が、寸分違わずにマディ目掛けて墜ちてくる。


「い――嫌だっ! 俺ガ――魔王ニなった俺ガ、こんなところで、終わるわけが――」


 赤と金の混じったような炎を宿し、流れ星のように尾を引きながら落下するメテオの魔法。 腹に剣を突き立てられ身動きが取れなくなっているマディは、慌てたように何重にも土の壁を展開していく。


 残った魔力でドラフティングを使い空に避難した俺は、降り注ぐ星がその質量をマディへとぶつける瞬間を見届けた。

 一瞬のきらめき、そして――


 ゴオオオオオオオッッ!!


 まるで世界そのものを吸い取ってしまうほどの強力なバキューム機が大気を吸い込んでいるような音が轟き、それに少し遅れる形で衝撃波がマディの周囲をバキバキと音を立ててへこませていく。

 ドラゴン相手に放ったプチメテオが嘘のような威力に、思わず俺の顔がひくついた。


 土埃が収まるのを待たず、俺はそのまま地面に打ち付けられているマディの下へ飛んでいく。

 残念ながらマディと共に隕石の落下を受け止めた『魔導剣シャリオ』は完全に壊れており、その破片が爆心地を中心にして飛び散っているだけだった。


 上手く剣を避ける形で当たってくれていたようで、マディの上半身は完全にはじけ飛んでいた。下半身も千々に散り、そこらに落ちている土と見分けがつかなくなっている。

 だが……


「やっぱりこれでも、壊せないか……」


 『賢者の石』はまったくの健在であった。

 傷一つついた様子もなく、キラキラと虹色の光を瞬かせている。


 ここまでの攻撃を食らえば流石にマディもすぐの再生は難しいらしい。

 けれど完全に倒しきれてはいないようで、まるで元あった場所に戻ろうとするかのように、千々にちぎれ飛んだマディの肉体が『賢者の石』目掛けて集まろうとしていた。


 当然ながら、もうあいつと戦うのはごめんだ。


 俺は地面に無造作に転がっている『賢者の石』を拾い上げる。

 そして自身の魔力を流し込んでから、それを増幅させる。


 『賢者の石』には不慮の事故を防ぐための安全装置として、所有者権限が存在している。

 まあそこまで大層なものではないのだが、新たな持ち主を認識させるためにはこいつを自身の魔力に馴染ませる必要があるのだ。


 すると『賢者の石』は問題なく俺を新たな持ち主として認めてくれた。

 己の生命の危機を感じたからか、マディだった欠片達の動きが心なしか速くなった。


 残念だったな。

 『賢者の石』はたしかに万能の石だが、少なくともただ魔物を強化させるために使うには過ぎた代物だ。

 それに師匠の置き土産を……お前なんかに渡してたまるか。


 俺は『収納袋』に『賢者の石』を入れ、そしてこちらに向かってくるマディの欠片達に手を向けた。


「じゃあな」


 そして魔力を練り上げ、広範囲を炎で焼き尽くすフレアテンペストを使い、周囲に残っているマディの残骸達を焼き上げる。


 欠片も残さず焼き切ったつもりだったんだが……よく見ると、何か赤い宝石のようなものが残っていた。


 これは……マディの核の破片か何かだろうか?

 まあ一応は素材になるだろうし、持っていっておくか。


「おっとと」


 しゃがみ込んで核を手に取ろうとすると、思わず立ちくらみがした。

 メテオを放ったことで、俺の魔力は既にすっからかんだ。

 立ちくらみに寒気……完全に魔力欠乏症の症状が出始めている。


 まあ、限界を超えて魔力を使ったからな……こうなるのも当然のことではある。


「ちょっとタイラー! タイラー!」


 ぼうっとしていると、遠くからアイリスの声が聞こえてくる。

 強烈な眠気に瞼を擦っていると、気付けば彼女は俺のすぐ近くにまでやってきていた。


「タイラー、あんたまた無理して、私達のために……」


 さっきからなんだかあったかいと思っていたが、どうやらアイリスに手を握られていたようだ。

 それに身体もぽかぽかしている。どうやら抱きつかれているらしい。

 なんだか良い匂いがしてくるような気もするが、感覚が曖昧になっているせいなのかよくわからない。


「悪いアイリス、疲れたからちょっと寝るわ……」


「膝枕? それとも添い寝?」


「ひざまくらで、たのまい……」


 なんとも情けない一言を絞り出してから、俺はそのまま意識を失った――。

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