第60話


 転移魔法が使えなくなるのは、可能性として考えなかったわけじゃない。

 言うても俺が死んだより先の未来技術で作られた施設だ、何が起きてもおかしくはないしな。


 魔法を発動前に霧散させる魔導ジャミングなんかも、実用レベルには達してなかったけど理論だけならあったはずだしな。



「ン? 今度はゴーレムじゃなくテ、ニンゲンがワいたのか?」


 目の前に現れたのは、少なくとも一度も見たことがない魔物だ。


 その見た目は、人間によく似ている。サイズは小柄で、大体アイリス達と同じくらいだ。

 見目が下手に人に似ているが故に、その異様さがより目についた。


 皮膚の上には、強引に接合したように土がついている。

 土の鎧を身に纏っているような感じなのだが、土自体の粘度が低いからか少し身じろぎをする度にボロボロと土がこぼれ落ちていく。

 けれど崩れた時には既に下からまた新たな土が生まれていて、鎧が維持され続けているようだ。


 こいつ……絶えず土魔法を使い続けてるのか?

 一回硬化させりゃいいだろうに、なんて非効率な魔法の使い方を……。


「マァ……食えれバなんでもいいカ」


 その爛々と光る瞳には、狂気を孕んでいる。

 どうやら言語を解するだけの知能はあるらしい。

 迷宮の異常の原因は間違いなくこいつだろう。


 というかこいつ……どこから湧き出してきた?


「ヘルファイアプラスウィンドバースト――フレアテンペスト」


 既に臨戦態勢に入っていた俺が、いつでも発動できる状態にしていた魔法を発動させる。

 赤と緑の宝玉が光り、炎と嵐が混ざり合いながら火災旋風を巻き起こす。


「ぐうあああアアあっっ!!」


 耳障りな叫び声が聞こえてくる。

 喉の奥にも土が入っているのか、声はどこかくぐもっていてざらついている。


「ちィっ、こいつ――っ!」


 土男がグッと右の腕を上げ、何かを引き起こすような動作をした。

 すると地面が動き出し、そのままぐにゃりと土の壁を生み出す。


 見た目からも明らかだったが、やはりこいつは土魔法使いのようだ。


 暴威を振り撒き続けているフレアテンペストを、土の壁が防いでいる。

 どうやらかなり硬く作られているようだ。

 短時間であれとなると、土魔法の練度はかなり高いと見ていいだろう。


 それなら次はもう少し破壊力か貫通力のある魔法を――。


「シイィィッ!!」


「――なっ!?」


 背後から突如として聞こえてくる声に、急ぎ首だけを動かす。

 するとそこには、土の壁の向こう側にいるはずの土男の姿があった。


 男が振りかぶって放つのは右腕の一撃。

 ドリルの形に変形している腕が、回転しながらこちらへ迫ってくる。


(嘘だろ、こいつ……迷宮を潜ってきたのかよ!?)


 通常迷宮は魔法でいじれないようになっている。

 床の土を変形させることはできても、その中に潜行するようなことは土魔法でもできないはずだ。


「サンクチュアリ」


 俺が選択したのは、迎撃ではなく防御だった。

 相手の攻撃手段が完全に判明しているわけではない現状では、何より攻撃を食らわないことが肝要だからだ。


 聖属性の白の指輪が輝き、聖属性魔法のサンクチュアリを展開。

 振り下ろされた右腕の一撃を受け止める。

 回転させることで攻撃力を増している土のドリルの一撃を、結界はたしかに防いでみせた。

 しかし――


 ギャリギャリギャリギャリッ!!


 衝撃自体は受け止めることができたものの、そのまま高速回転を始めるドリル。

 先端に集約された貫通力が、サンクチュアリにギシギシと悲鳴に似た音を発させる。


 ものすごい勢いで結界を削るドリルを観察しながら、削られた先から魔力を追加していく。 そこまで速度はないが、このままだとそう遠くないうちに魔法は破られるだろう。

 防御を貫く手段がある以上、防ぐことより躱すことを意識した方がよさそうだ。


 けれど俺は魔法が破られるギリギリまで、サンクチュアリを維持し続けた。

 パリィンッとガラスが割れるような音が鳴り、結界が破れその欠片が散っていく。


 そのままドリルが俺目掛けて飛んでくる――ことはなかった。


「んごっ!」


「させないっ!」


 他の奴らも、当然俺と土男の戦いを黙って眺めていたわけじゃない。

 皆意識を集中させ、割って入るタイミングを窺っていた。


 俺と土男の間に割って入ってきたミニゴが、ドリルを当てるために伸ばしきった右腕にアッパーを放つ。


 そして完全に俺に注意が向いていた土男の背後から、ウィドウが襲いかかった。

 完全に意識の空白をついた一撃だ、土男にこれを避ける術はなかった。


 ミニゴの一撃が、右腕を弾き飛ばす。

 そしてウィドウの一撃が、男の背中を大きく裂いた。


 こちらから見える腕の断面はで少し湿った土のような茶色で、血が流れている様子はない。

 血液が流れてないってことは、恐らくゴーレムのような個体になるのだろう。


「ちいいイいっ!!」


 腕が取れ、背中に大けがをしても男に苦痛の色はない。

 恐らくはスライムやゴーレムと同様、身体の中にある核を傷つけない限り倒せない身体の作りをしているのだろう。


「な、ナんで……なんで俺がツくってないゴーレムがここにいる! 俺はボスモンスターを超えたボスモンスター! 俺が神デ、神は俺ダ!」


 男はそのまま大きく飛び上がった。

 するとすぐに、先ほどまで頭があった位置にアイリスの放った矢が飛んでくる。

 狙いを外したアイリスの舌打ちの音が聞こえてきた。



 ていうかさっきからこいつ、何を言ってるんだ……。

 支離滅裂だし、さほど知能が高いわけではなさそうだな……と考えていると、突如として男が頬を膨らませる。


 そして口裂け女のようにありえない開き方をした口から、何かを吐き出した。

 あれは――核か?


 すると核の周囲をぐるりと囲むように、、地面が淡く輝きだす。

 そして見たこともない魔法陣が空中に現れると、核がズブズブとダンジョンの内側へ潜っていく。


「出でヨ、アイアンゴーレム!」


「――おいおい、嘘だろっ!?」


 咄嗟に横に飛んだ俺のローブに攻撃がかすり、思わず身体が持っていかれそうになる。

 威力の乗った一撃を放ってきたのは、突如として迷宮に出現したアイアンゴーレムだった――。

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