第55話


 翌日。

 屋敷でぐっすりと眠り英気を養った俺たちは、再び迷宮へと入っていた。


 この洞穴の構造は、入り組んでいて非常にわかりづらい。

 行くところ行くところで道が枝分かれしていて、行き止まりになることも少なくない。


 ただ、迷宮の探索自体にそこまで神経をすり減らす必要がないのは助かる。


 歩いてるからもちろん疲れは溜まるけど、ゴーレムが通れるくらいに幅がデカいから閉塞感もないし。

 それにゴーレムは足音も大きいから、奇襲なんかを受けることもないからな。


「罠もないし、ゴーレムが来るのは簡単に聞き取れるし、することがなくて暇だよぉ」


「こら、気を抜かないの。そう油断させておいて引っかけるつもりかもしれないじゃない」


 ある程度規模が大きな迷宮には罠がある。

 これは冒険者にとっての常識(らしい)。

 ポピュラーなのでは落とし穴や毒矢、珍しいものでは転移罠や魔力を吸い取る罠なんてものまであるらしい。

 なんでも罠を解除して、罠に使われている素材を売って生計を立てているやつもいるというのだから、世界というのはなかなかに広い。


 しっかし……本当に広いな。どこまで続いてるんだろうか。

 俺一人だったら、間違いなく道に迷っていたな。

 なんせ自慢じゃないが、駅前の地図を見ても目的地につけないくらいだし。


「えっと……うん、そろそろ地図も埋まってきてます。概算ですが七割程度は埋まってるかなぁかと」


 マッピングは完全に『戦乙女』に任せている。

 ちなみに『戦乙女』での担当は、アイリスとルルの後衛二人だ。

 ずっと薄暗い空間で地図とにらめっこするのは疲れるだろうと思い、明かりの魔道具を貸し出している。

 周囲の魔力を取り込んでくれるため魔石の消費の必要がない、前世の頃に流行っていたハイグレード型だ。


「しっかし良く書けるな、こんな細かいの」


 ルルの手元を見ると、びっしりと迷宮の地図が書き込まれた紙がある。

 集合体恐怖症の人間が見ればうわっと声を出すほどに小さい線がぐねぐねとうねっていた。

「基本的には敢えて小さめに書き込んでおくのがコツですね、余白を多めに取っておかないと後で新しい道が出てきたときに困るので」


「正確な地図はまだできてないはずだから、私達がいの一番に作れば権利で大儲けできるわね」


「儲かるもんなのか?」


「ええ、結構な額になるはずよ。領主様直々の指名依頼だからギルド側もケチったりもできないだろうし」


 ルルと合作で地図を作っているアイリスが、俺の知らない迷宮の世界を説明してくれた。

 今回のようにまだまともに踏破されていない迷宮の場合、一番最初に情報提供をしたものに色々な権利が渡るようになる。

 正確な地図が作成できたのなら、その情報を冒険者ギルドに売りつければかなりの額になり、更にその正しさが証明されれば以後ギルドが販売する地図が売れる度に、作成者に小銭がチャリンチャリンと入ってくる仕組みらしい。


「よし、それならこの第一階層の地図も埋まってきたし、そろそろ第二階層に進みましょうか」


 実は第二階層に続く階段は、既に見つけている。

 けれど今回『戦乙女』の指名依頼受けたのはあくまでも迷宮の調査であるため、なるべく地図を埋めたり、罠やボスの位置を確認したりする必要があるのだ。



「ボスのアイアンゴーレムを倒して、さっさと第二階層に進みましょう」


 エルザの言葉に、俺を含めた全員が頷く。

 ボスというのは迷宮の階層によって出現することのある、階層の魔物達より一等強い力を持つ魔物のことである。


 迷宮で次の階層に進めるパターンというのは、三つある。


 一つ目がボスを倒さなければ先に進めないパターン。

 二つ目がいるけれど別に倒さなくても先に進めるパターン。

 そして最後が、そもそもボスがいないというパターンだ。


 今回の場合は、このうちの一番最初にあたる。


 階段の前に、冒険者達の行く手を阻むかのようにゴーレムが立っているのだ。

 そこで待ち受けているボスこそが銀級魔物では最上位の強さを持つという全身を鉄でできたゴーレム――アイアンゴーレムだ。



 地図を頼りに階段のある場所へとやってくると……いた。


 黒っぽい鉄で全身ができている、アイアンゴーレムだ。

 歩き回っている他の個体とは異なり、階段の前でジッと立ち続けている。


 モノアイがこちらの姿を捉えたが、動く様子はない。

 階下への階段を守るボスは、基本的にかなり接近しなければ動くことはないらしい。


(ん、あれは……)


 前回確認をするためにサッと立ち寄った時には気付かなかったが、その足下には革の鎧や錆びた剣なんかがうち捨てられている。

 恐らくやられた冒険者達のものだろう。


 アイアンゴーレムは決して弱い相手ではない。

 浅層のボスがこいつとなると……奥深くには一体、何が待ち受けているのだろうか。


 ……っと、今はそんなこと考えてる場合じゃないな。

 集中集中。


「皆、準備して! ルルが詠唱を始めたら――行くわよ!」


「「「了解!」」」




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